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Deviant ー妖魔転生ー  作者: 是色
第四章 暗躍
38/100

4-7


 表のコネを手に入れたので、次は裏のコネを手に入れようと思う。


 あの日、ご隠居さんの屋敷から帰った俺をむかえたマルグリットに、ご隠居さんとの話をしながら貰ったハンカチを見せると、かなり驚かれた。

 この国の市民ならまだしも、俺が森に住むゴブリンだという事を考えると有り得ないほどの高待遇だったようだ。

 やはり、少しは気に入られたと思っても良いのかも知れない。

 だからと言って、それに期待すると痛い目を見るのは分かりきっているので、たいした意味は無いが。

 まぁゴブリン相手でも好意を持ってくれるような貴族が存在すると分かっただけでも収穫はあったかな。

 表のコネとしては大きすぎる気がしないでも無いが、トラブルが起きた時にはったりをかませるのは魅力的ではあるし。

 使いすぎれば面倒な事になると思うので、頻繁には使えないとしてもな。


 それで裏のコネだが――。

 実は、フェリシアはこの街の裏社会に顔が利くらしい。

 死なせてしまった暴狼レイジウルフを食いながら暴狼レイジウルフの骨と皮をどこかで売れないかと話していたところ、フェリシアが知り合いにこう言う物を金に変えてくれる知り合いがいるので任せてくれないかと提案してくれた。


 間抜けな話だが、俺は魔獣の素材で作った商品を置いてある店にでも行けば、簡単に暴狼レイジウルフの骨と皮を金に換えられると思っていた。

 だが実際には、専門の業者以外は魔獣の素材を買い取ってくれないらしい。

 流通経路を保護する為だと考えると、理解できなくも無い。

 例えば俺が魔獣を乱獲してきて加工業者に安く流せば、本来の流通経路に大きなダメージを与えるだろう。

 一時的ならともかく、慢性的に続けば商品はダブつき、値段を安くしなくちゃならなくなるはずだ。

 商品が安く買えれば消費者は嬉しい?

 そりゃあ嬉しいだろうが、物の値段には理由がある。

 生産、加工、流通、販売、そのドコカがぼったくってるんでなければ、高額でもその値段は適正だと言って良い筈だ。

 なのに物が安くしか売れないとなれば、商人達は大いに困るだろう。

 技術的な問題の解決で値段が下がるなら誰も損をしないかもしれない。

 しかしそれ以外の方法で値段を下げるってのは、どこかで無理をするって事だ。

 生産物の品質を下げて生産量を増やす?加工の精度をあまくして加工速度を早くする?商品を運ぶ時の危険を無視して流通力を上げる?それとも、人件費そのものを安くする?

 そうやって値下げ合戦を繰り返せば、そのしわ寄せは至る所に広がり、最後には市場が破壊される。

 後に残るのは、粗悪品で客を騙す業者か、従業員に無理をさせて自滅する店ばかりだ。

 公民の教師がシニカルに笑いながら授業で語ってた時は、そんな事になるのかねぇ?なんて思っていたが、後でネットで調べてみれば思い当たる話が多くて、笑うに笑えなかった。

 まぁ前世の話なので、この世界でも当てはまるかどうかは分からんがな。

 それでも少なくとも本気で商売をする気が無いのなら、下手な安売りはしないほうが良いだろう。

 そして、被差別種族のゴブリンでしかない俺が商人に絶対必要な物である“信用”を得る事は難しいので、商売をする気も無い。

 だから市場に無駄な混乱を引き起こすようなマネは控えるべきだ。

 下手をすれば、商人達から敵だと認定されかねないからな。


 ……話がそれたな。

 なんにせよ、魔獣の骨や皮を買い取るのは狩人村のような場所以外では専門の業者に頼むほかにはなく、業者に売る場合でも密猟や盗品なんかを警戒してか、身分のしっかりとした相手でないと買い取らないようだ。

 金がすぐに必要って訳ではないんだが、後々の事を考えると違法な業者とつなぎが取れるのはありがたかったので、フェリシアに頼んだところ次の日には金貨の入った小袋も持ってきた。

 コレで、つつましく暮らせば一つの家族が一年は働かずに暮らせるんだそうだ。


 皮の傷は『自在工房ワークショップ』で繕っておいたし、捕まえてきてた暴狼レイジウルフの中でも大きな個体だったのでいい金になったと思ったのだが、フェリシアに言わせるとこれでも買い叩かれたらしい。

 もちろん、フェリシアでなければもっと酷い値段になったに違いない。

 しかし、予想なら専門店での買い取り価格と同じぐらいの値段で買い取って貰える筈が、実際には何割も安かった。「こんなはずじゃ、なかったのにぃ」と嘆くフェリシアから聞き出すと、こんな事を言われたようだ。


 ――こいつはお前の友達の所に転がり込んでいる、黒いゴブリンから手に入れたんだろう?


 ――どうせ、狩人村では相手をされなかったから、ウチに持ってくるハメになったんじゃないのか?


 ――こんなもんだな。これでもお前の顔を立てて値段をつけてやったんだ、嫌なら他へ行きな。


 フェリシアには詳しい事情を話していないので、反論もできなかったんだろうなぁ。

 へこんでいるフェリシアを見るとかわいそうな気がしないでも無いが、これも勉強だと思うしかないだろう。相手も商売だから、安く買おうとするのは当然だしな。


 それにしても驚いたのは、ソイツラの情報網だ。

 妖精を連れた黒いゴブリンが街に入ったって情報から、森で黒いゴブリンに助けられたマルグリットの家で俺が世話になっている事や、マルグリットの友人であるフェリシアが俺から荷物を預かった事を想像するのは難しくないとは思うが、電波による連絡手段のないこの世界で、ほんの数日前に起こった些細な事を知っていると言うのは、結構凄いんじゃないだろうか。

 ただ、相手が知り合いや被差別種族のゴブリンだと思って買い叩いたのは、失敗だと思うんだよなぁ。

 お陰で、交渉する時の手札が増えた。ありがたい事だ。



 ・



 フェリシアに教えてもらった建物は、ごちゃごちゃとした裏道の更に奥にあった。

 一見すると普通の民家。しかし、裏口を教えられたパターンで叩くと、案内されたのは薄暗い地下室だった。


「ようこそ、トーラスの闇へ」


 そう言ったのは、地下室で俺を待っていた中年の男だ。見た目はどこにでも居そうだが、ねっとりとした視線の所為で妙な迫力がある。


 しっかし、この地下室と言い、この男と言い、案内した傷だらけの大男と言い、なんとも演出過剰だこと。こんな不便な場所で商談も無いだろうに。

 まぁ怪しい雰囲気で相手をおどかして、後の交渉を有利に進めるってのはよくある手ではあるわな。


 だが、そんな茶番劇につきあう気はない。


「面倒なんで、挨拶抜きで商談に入らせてもらおうか?」


 フェリシアの一件があるので、友好的に接する必要が無いのは気楽で嬉しいねぇ。


「……なんだと、この野郎」


 中年男が顔を真っ赤にするが、舐められたままで交渉するのも馬鹿らしいので更に煽ってやろう。


「立場の弱い相手なら、足元を見てもいいんだろ?」


「おい、ガズ!やっちまえ!!」


 頭に血を上らせて真っ赤になった中年男が、俺の背後に立つ大男に向かって命令をする。

 椅子に座ったまま振り向くと、大男が拳を振り上げていた。

 しかし、振り下ろされたソレを、俺は片手で受け止める。


「なんだと!?」


 身長で倍近く、体重差は三倍以上の相手の一撃だが、軽いなぁ。

 裏社会の用心棒でコレか。

 だったら並の兵隊くらいなら、どうとでもできそうだ。


「あ゛っ、う゛っ」


 大男が苦痛に声を上げる。


 ほぉら、早く反撃しないと、もう少しで拳がつぶれるぞ。

 もっと楽しませろよ。

 せめて、ご隠居さんの相手で溜まったストレスくらいは解消させてくれ。


「テメェ、こんな事してただで済むと思ってんのか!?」


「ただで済まなきゃどうする?コイツ程度なら何百人連れてきたってかまわねぇぞ?」


 拳を握りつぶしてそのまま壁に投げつけてやると、頭でも打ったのか大男は動かなくなってしまった。


 脆過ぎてつまんねぇなぁ。


「……ゴ、ゴブリン風情が良い度胸だな。

 妖魔の分際で、人間の街で好き勝手できると思ってんのか?!」


「ははは!

 お貴族様への挨拶なら済んでるからなぁ。オマエラみたいに何人死んでも兵士共が騒がないようなヤツラなら、俺も遠慮をする必要はねぇんだよ」


 そう言ってやると中年男が絶句した。


「オマエラには暴狼レイジウルフの素材を買い叩かれたし、少し俺の力を解らせる必要があるよなぁ?」


 さぁ、用心棒はコイツだけじゃあないんだろ?

 殺しゃしないからさぁ、もっと連れて来いよ。全員叩きのめしてやるからよぉ。


 敵対する訳には行かないから殺せないのがかったるいが、やっとむかつく人間をぶん殴ってもお咎め無しになったんだ。

 見世物になって溜まったストレスと、ご隠居さんの前で猫かぶってたストレスを解消する為の生贄サンドバッグを、さっさと連れて来いよ!


「待った!悪かった。手を、引いてくれ」


 はぁ?

 おいおいおい、これからって時に水を差すんじゃねぇよ。

 こんな寸止めの生殺しで終わりって、酷すぎるんじゃないか?

 せめてもう二、三十人くらいは殴らせてくれよう。


 ……しかし相手が負けを認めた以上、続けたら俺が悪者になるんだよなぁ。


「えー!もぉ御仕舞いぃ?」


 頭の上で寝っころがって話を聞いていたリサが、俺の気持ちを代弁する。


「勘弁してくれ。

 あんたを舐めてたのは謝る。暴狼レイジウルフの件も、上に話して必ず詫びを入れさせるからよぉ」


 ここまで言われて引かなきゃ、大事になるよなぁ。

 気晴らしのために、今までの苦労を水の泡にするのはバカらしいか。


 ……少し、やりすぎたかな。

 コイツラが俺を品定めする気でいたのは分かっていたが、ナニかされても本気で敵対する気が無かったのは、今になって分かった。

 追加の用心棒を呼ばなかったり、中年男がマルグリットやフェリシアの安全を盾に脅してこなかったのが、その証拠だろう。

 法の及ばない弱肉強食の世界で、仲間がやられたのに黙って引き下がるなんてのは余程の事だ。


 たぶん、魔法使い協会の件とご隠居さんとの件を知った事で、判断したんだろうなぁ。

 暴狼レイジウルフの件で負い目があり、力では勝てず、社会的にも抹殺できない。

 そんな相手とはまともに喧嘩なんかせずに、品定めしつつ対応を考えて、利益を引き出した方が良いと俺でも思う。


 しかし、いきなり俺が横柄な態度をとったので段取りがおかしくなり、殴られ役の大男が失神した時点で中年男は品定めを中止した。

 本来なら、もう少し会話で探りを入れるつもりだったんだろうが、いきなり面子を潰されるような事を言われて、つい用心棒をけしかけてしまったってところじゃないかな?

 暴狼レイジウルフを何匹も手玉に取るような相手だと警戒していたのに、現れたのは背の低いゴブリンの俺だ。

 拍子抜けして侮ったとしても、おかしくはない。


 これなら、最初から喧嘩腰にならずに、もう少し言葉で責めた方が遊べたかなぁ?

 まぁ、最低限の目標である“裏社会で程よく暴れる事で、俺の危険性を示す”って事は、できたと思うので良しとするか。

 これで、俺を舐めたチンピラがちょっかいをかけて来る事は無いだろう。


 だが……。

 ああ、クソ!結局、ストレス解消にならなかったな。

 それどころか、中途半端に止められて余計にストレスが溜まっただけだ。

 酔っ払ってポカするのが怖かったんだが、今夜は酒でも飲んで憂さ晴らしでもするかな。


「良いだろう。商売の話を、始めようか」



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