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Deviant ー妖魔転生ー  作者: 是色
第四章 暗躍
37/100

4-6


 マルグリットに言われて乗った馬車が到着したのは、郊外にある大きな屋敷だった。

 生垣に囲まれた広い庭は手入れがされていて、屋敷の方も派手ではないが金のかかっている雰囲気がある。


 話は通っているのか、馬車を降りると屋敷の入り口に立っていた男に、庭の片隅にある東屋あずまやに案内された。

 マルグリットからは、退屈している貴族の一人が俺に興味を持ったので話し相手になって欲しいと言われたんだが、冷や汗をかきながら視線を合わせようとせず、更にくれぐれも失礼の無いようにと念を押されたって事は、たぶんそう言う事なんだろうなぁ。

 話す相手はトーラス辺境伯か、辺境伯に信頼を置かれている相手。

 そして、この話し合いの結果次第で俺の今後が決まるのだろう。


 一応、こうなる可能性も考えてはいたんだが、実際になってみるとかなり憂鬱だ。

 前世の記憶の中にある、大学受験の時の面接以上に胃が痛くなってくる。

 上手い事、相手が俺の価値を認めてくれれば、この街である程度自由に動く事ができるだろう。

 だが、失敗すれば抹殺か、良くて一生飼い殺しってところだな。


 ぶっちゃけ面倒くさいんだが、穏便に人間社会に根を張るには避けては通れない道だ。

 穏便じゃない方法だとかなりの人死にが出るからなぁ。

 見ず知らずの他人の命なんて、どうでもいいと言えばどうでもいいんだが、死なせる必要が無いのならわざわざ死なせる事も無い。

 問題は、俺がそう思っている事を、相手が理解してくれるかどうかなんだけどな。 


「待たせたかな?」


「なぁに、呼びつけたのはワシの方だから気にする必要は無い」


 東屋の椅子に座っていたのは、白髪頭の爺さんだった。

 皺だらけの顔に友好的な笑顔を浮かべているが、それは表面だけだろう。


「そう言ってくれるとありがたい。

 俺の名はニグレド。

 人間の礼儀には疎いんで、無礼があったら許してほしい」


 と言いつつ、向かいの席に座ってみる。


「それも承知しておる。森から出てきたばかりの者に礼儀なんか求めんよ。

 ワシは……。そうさなぁ、今は仕事を全て息子に任せて気楽な隠居暮らしをしているので、ご隠居とでも呼んでもらおうか」


 言葉通り、爺さんの雰囲気に変化はなかった。

 許可もなく椅子に座ったら少しは怒るかと思ったんだがこの爺さん、かなり度量が大きそうだ。

 腹ん中でどう思っているかはおいといて、多少やらかしてもこの場では問題無さそうだな。

 実際、この国の貴族の礼儀作法なんて知らないので、本当にありがたい。


 しかし、ご隠居、ねぇ。

 って事は、引退した重鎮か、先代の辺境伯ってあたりか?


「ねぇねぇ!レドちゃん!アタシは紹介してくれないの?」


 話を始めようとしたら、どこからとも無く現れたリサが声を上げた。

 馬車に乗る前から姿を見ないと思ってたんだが、オマエ、どこから現れた?


「ああ、すまん。コイツが俺と契約してくれている、妖精のリサだ」


 悪いが、今回は本当に余裕がないんだ。頼むから大人しくしていてくれ。


「お爺ちゃん、よろしくぅ!」  


 リサがいつもの調子で挨拶すると、爺さんが椅子から立ち上がって、俺の頭の上を飛んでいるリサに優雅に話しかけた。


「初めまして、お嬢さん。お目にかかれて光栄です。

 このような場で名を名乗るのも野暮なもの、どうぞわたしの事はご隠居、とお呼び下さい」


「これはご丁寧に。

 では、ご隠居様。わたくしの事は、リサと呼んでいただいて構いませんわ」


 そうしたら、リサはこれまた優雅に言葉を返す。


 なんだろう、もの凄く置いて行かれた気がする。


「きゃは!レドちゃんが困ってるから、アタシはちょっとお出かけしてくるねぇー!」


 呆然としている俺の気配を察してか、リサは早口でそう言って、返事も待たずに飛んで行ってくれた。


 ありがたい。

 あのまま会話が続いていたら、俺は完全に置いてきぼりになっていただろうからな。


「ふむ。初めて見たが、妖精と言うのは奔放なものなのだね」


「……ああ。アイツは、いつもあんな感じだ」


 リサのお陰で、緊張は解れたがどっと疲れた。

 だが、ここからが本番だ。気持ちを切り替えよう。


「それでご隠居さん。俺のナニが聞きたい?」


 俺がそう言うと、爺さんは苦笑いを浮かべた。

 本当なら色々と探りを入れたいところだが、俺に会話の主導権を握る権利は無い。

 立場は(・・・)分かっている(・・・・・・)から、とっとと話を始めてくれ。


「率直だな。

 なに、老人の暇つぶしに、きみの冒険でも語ってくれればいい」


 苦笑いのまま、爺さんは柔らかく答える。

 相手を気持ちよく喋らせればそれだけ口は軽くなるし会話の誘導もしやすくなるのは分かるが、たった二言三言で不貞腐れている俺を喋らせたくなるこの爺さんの雰囲気が恐ろしい。

 正体は分からんが、政治の世界で長く生きてきた人間ってのはまず間違いないんだ。

 だったら、人の心を掌握したり操作したりってのが俺より遥かに上手いのは当然だわな。


 しかしだ。

 ……ああクソ、本当に面倒くせぇ。

 折角力を得ても、所詮個人じゃ大きな組織()には敵いやしない。

 だから、自分より上手の相手に()会話と言う名の()取調べを受ける()羽目になるんだ!


 泣き言にしかならないが悔しいねぇ。俺にまとまった戦力でもあれば、もう少しましな状況で話もできたんだがなぁ。

 急いで失敗するのも馬鹿らしいが、できるだけ早く、危険かもしれないと判断したくらいでは手を出せない程度の戦力を、手に入れたいもんだ。


 ――――でも、まぁ、なんだ。

 それにはまず、目の前のこの爺さんをどうにかしないとな。

 すでに放置はできない程度には力を見せているから危険だと思われれば排除の方向に行動するだろうし、単に便利だと思われただけなら囲い込まれて飼い殺しにされるかもしれない。

 だから「捨てるには惜しいが、鎖に繋ぐのは危険。それでいてこの国にとって有用で、この国に所属していない方が都合が良い」ってな感じに、俺の価値を売り込まないとなぁ。


「なら、俺が生まれた集落を追い出されたところから始めようか……」



 ・



 話はあまり脚色せず、『精神感染メンタルウィルス』や『亜空間倉庫ストレージ』と言った絶対に秘密にしておきたい事以外は、ありのままに話した。

 マルグリットには秘密にしておいてくれと頼んだ事も含めてだ。

 リサとの出会いに関しても、マルグリットに話した時とは違って嘘はつかない。

 この爺さんには、俺が身を守る為なら人間を殺せると言う事を知っておいて貰った方が良いからだ。


 それでも、さすがに妖精との契約に関する話と俺がチンピラを食った部分はぼかしてある。

 契約に関してはリサに秘密だと言われたので喋れないし、チンピラ共(・・・・・)()襲ってきた(・・・・・)ので(・・)皆殺しにして(・・・・・・)死体は(・・・)魔法の鞄に(・・・・・)放り込んで(・・・・・)暴狼レイジウルフの餌にした事になっている。


 重要なのは、嘘をつかない事だ。

 ここは敵地。どんな仕掛けがあるか分かったもんじゃあない。

 目の前の爺さんが、『読心』や『嘘感知』のような魔法を使える可能性だってある。

 そうでなくても、そう言った魔法を使えるヤツが近くに隠れていないとも限らない。

 まぁそれでも、『読心』は森を出てからずっと『精神感染メンタルウィルス』で作った精神体に防壁役をさせているので大丈夫だと思うし、『嘘感知』の方も嘘さえ(・・・)言わなければ(・・・・・・)感知されない筈なので、これで問題は無いだろう


 ――――さぁ、爺さん。一人で中層の魔獣と戦い、捕獲まで可能とする戦闘力は十分に価値があるだろう?

 『自在工房ワークショップ』で他人の固有魔法をいじれるところまでは話してないが、魔獣の素材を自由に加工できるのは職人としても価値は高い筈だ。

 敵対すれば親や兄妹ですら皆殺しにする狂気は、鎖に繋ぐ事の危険性を示唆している。

 下手に囲い込んで問題を起こされるよりは、必要な時に呼び出して、便利に使った方が良いと思えるだろう。


 この国に入って(表立っては)一度も人間に対して敵対的な行動をとらず、貢物まで用意した。

 これで俺が理性的であり、人間に対して敵意を持っていないと分かって貰える筈だ。


 そして、この国は人間の国で、俺は人の範疇にも含まれない妖魔と蔑まれるゴブリンだ。

 人じゃあないんだから、表立って俺を雇う事はできないよな?

 だからと言って、理性的で敵意もなく貢物まで用意した俺を奴隷のように所有しようとすれば俺が逆上しない訳が無い。


 ついでに言えば、不本意だが“妖精に選ばれた存在”と言うステータスまである。

 扱いは、難しいよなぁ?


 上手く懐柔されてやるつもりはないぜ? 

 こちらから(・・・・・)()敵対する気(・・・・・)()ないんだから(・・・・・・)余計な欲は(・・・・・)引っ込めて(・・・・・)、お互いにとって(・・・・・・・)都合の良い(・・・・・)判断を(・・・)しようじゃ(・・・・・)ないか(・・・)


「ワシもゴブリンとは何度も剣を交えてきたが、きみほどの勇者は見た事がないな。さすがは妖精が選ぶだけの事はある」


 褒められて悪い気はしないが、勇者ってのは何だかなぁ。

 しかし、ゴブリンと剣を?ドコでナニが起こったら、貴族とゴブリンなんかが戦うような事になるんだ?


「森の外にはゴブリンは居ないみたいだが、いったいどこでゴブリンと戦ったんだ?

 アンタもマルグリットを雇った貴族のように、森の中に魔獣でも狩に行ったのか?」


 トレットン子爵のように森の中で魔獣狩りなんかしてれば、森の中でばったりって事も無くは無いんだろうが……。


「そうした事もあったが……。

 何十年も前の話だが、ゴブリンの集団が森の外にまで出て来た事があってね。

 良く、討伐隊を率いて追い回したものだ」


 ああ、そう繋がるのか。

 言う事聞かなきゃお前もそうなるぞ、――って感じでもなさそうだな。

 そう言う未来もあるって可能性を提示した上で、俺がどんな反応をするか見ようとしているのかな?


「馬鹿なヤツラだ。おおかた、集落からはじき出されでもしたんだろう」


 俺もそうだったんであんまり偉そうな事は言えないが、わざわざ森の外に出たって事は、森の中に居られなくなったから人間の村を襲って家畜でも奪おうとでもしたんだろう。

 それがばれて殺されたんなら、自業自得だ。


「いや、そうでもない。ゴブリン達は徒党を組んでいてね。

 つたないながらも、軍のような組織まで作り上げていたんだよ」


 はぁ?ゴブリンが、軍?アイツラに、そんな規律を求めるのは……。


 いや、俺が殺した前の長のような力があれば、不可能ではないのか。

 もしあの長のような魔法を使える奴が、面倒がらずに周囲の集落を吸収して、大きな集団を作り上げていたなら可能性はある。


「それなら、なおさら間抜けな話だ。

 組織を作るだけの知恵がありながら、人間と敵対する事の意味も分からないなんてなぁ」


 軍を作ったのは固有魔法の力かもしれないが、数は力だと理解できているんなら、自分達より遥かに数の多い人間の力を侮るのは愚か過ぎるだろう。


「ふむ。では、君ならどうするね?」


「森ん中で楽しくやるさ。それだけの力が有るなら、そう簡単には死なずにすむだろ」


 前世の記憶がなければ、そう言う生き方も悪くは無い。

 

恐狼ダイアウルフを倒すだけの力があるのなら、十分ではないかな?」


 爺さんには恐狼ダイアウルフを殺した事も話してある。

 話した時には素の表情を垣間見れたが、氷のようなそいつも一瞬で消えてしまった。

 あまりにも相手のペースだったので揺さぶりをかけてみたんだが、失敗だったかもしれない。


「アレは、上手い具合に罠にはまってくれたからなぁ。

 あんまり俺の力とは言いたくないね」


 もちろん、恐狼ダイアウルフを殺せるだけの罠が張れるって言う意味でもあるが。

 ちなみに、どんな罠かは教えていない。『亜空間倉庫ストレージ』の事を教える気も無いしな。


「それに、俺一人が強くたって意味が無いんだ。

 信頼できる仲間がいなけりゃ、囲まれるか寝込みを襲われて終わりだろ?」


 結局のところ、個人では大量の物量にはかなわない。

 たとえ最強の攻撃力と無敵の防御力、そして無限の体力を持っていたとしても、食わず眠らず水も空気も必要としないバケモノでも無い限り手はあるし、そんなバケモノだったとしても、数に任せたトライアンドエラーを繰り返せば穴は見えてくるだろう。

 勿論、物量にも限界はあるが、俺が強ければそれに対抗して敵も力をつけて強くなる。

 最終的には国や、人間種族そのものが俺の敵になるかもしれない。

 だから敵と戦うのではなく、俺を守れる集団が必要になる訳だ。


「ならば、君もあの(・・)ゴブリンのように軍を作るというのかね?」


 冗談めかしているが、素の表情を知っている今では隠れた鋭さが見えてしまう。


「軍、か。そんなモノを養っていくのは面倒くさいねぇ」


 規律で縛って、いつでも戦えるように鍛え上げ、そいつらを食わせるための金を調達する。

 考えただけで嫌になるな。


 爺さんがアノ(・・)ゴブリンと言ったって事は、一匹のゴブリンがその軍を率いていたって事だろう。

 どんな固有魔法を持っていたんだか知らないが、随分と無駄な事をしたもんだ。

 力に踊らされでもしたのかねぇ。いや、踊らせたのはダークエルフか?

 まぁどちらにしろ、それだけの力が有るのならもっとやりようもあるだろうに。

 馬鹿が大きな力を持つもんじゃあないよなぁ。


「面倒か!ははは、君は面白い事を言うな」


 おいおい、爺さん。顔は笑ってるけど、声に殺気が混じってるぞ?


「俺は好きなもん食って、適当に遊びながら、年をくって死ぬまで楽しくやりたいだけだ。

 別に、偉くなりたいだとか、誰よりも強くなりたいとか、そんな事はどうでも良いんだよ」


 偉くなりゃなっただけ責任がつきまとうし、誰にも負けないんなら最弱だってかまやしない。

 力で勝てなくたって、戦術や戦略でハメりゃ良いだけだしな。

 だから、他所に(・・・)攻め込ま(・・・・)なければ(・・・・)養って(・・・)いけない(・・・・)ほどの(・・・)軍隊なんて(・・・・・)必要ない(・・・・)

 俺が(・・)欲しいのは(・・・・・)快適な(・・・)環境を(・・・)維持(・・)するのに(・・・・)必要な(・・・)防衛力(・・・)だけだ(・・・)

 心の底からそう思っているので、爺さんがいくら殺気立とうともナニも怖くは無い。

 逆にここで恐れを抱いたら、この爺さんは確実に俺をしに来るだろう。


 ここが正念場だ。


 時間だけが過ぎる。爺さんは笑顔のまま殺気を増大させ、俺はそれを涼しい顔で受け流す。


「……そうか。それならば、ワシの所に来ないか?君がよければ、他の者達と同じ待遇を約束しよう」


 体感では結構な時間が経ったと思うんだが、実際はどうだか分からない。とにかく、爺さんは満足したのか俺を試す事をやめて、勧誘しだした。

 なんとなくだが、利用としようとするような不快な気配が無いので、本気で勧誘されている気がする。


「ありがたい申し出だが誰かの下につくのは好きじゃないんでね。

 それに貴族様の傘下に入ると、しがらみが多くて面倒臭そうだ」


「はっ!また面倒か!君は、本当に面白いな」


 素気無く断ったのに、爺さん……。いや、ご隠居さんはまた笑い出した。

 ただ、今度の笑いには嫌なモノを感じない。もしかしたら、本当に気に入られたかな?


「すいませんねぇ。性分なんで」 


 そんな事がある訳ないか。


「まぁ、いいだろう。君の好きにしたまえ。

 そうだな、なにか困ったことがあったら、これを役人に見せるといい。上手く取り計らってくれるだろう」


 そう言って渡されたのは、刺繍の入った白いハンカチ。刺繍された家紋は、街のあちこちに飾られている旗にあるのと一緒だ。

 って事は、このご隠居さんは前の御領主様で正解だったって事か。



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