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「随分と機嫌が良いみたいですけど、なにか新しい発見でもありました?」
五日振りにゆっくりとした時間が取れるのか、朝食の後にマルグリットがそう聞いてきた。
さて、どこまで話たもんかな。
魔法の研究をするという名目で大量にあった本を読ませてもらったので、俺の機嫌が良いとなれば研究に何らかの進展があったんだろうとマルグリットは思っている筈だ。
ここで何の成果も上がっていないと言うのは簡単だが、そうなるとマルグリットの中でなぜ俺が機嫌が良かったのか、と言う疑問が残るだろう。
マルグリットの俺に対する好感度は、頼りになる相手ってのが根幹にあるからなぁ。
いらない疑念を抱かれると、無駄に好感度が下がりそうだ。
まぁ人間社会への足がかりと言う役割はほとんど終えたし、魔法の知識を得る為の窓口と言う役割も、リサから得た“前任者達の記憶”のお陰で必要なくなったので、多少好感度が下がったとしても問題は無いんだがな。
しかし、多少きつめだが美少女と言っても良い女の子に好かれてるんだから、わざわざ嫌われる必要もねぇよなぁ。
雪のように白い肌と、腰まで届く金髪に切れ長の碧眼。野暮ったい服装のせいでスタイルは分かりにくいが、手足は細く長く、胸もそれなりにある。
多少天然の入った魔法オタクと言う点を差し引いても、かなりレベルは高い。
俺が人間だったらとっくに手を出しているところだが、ゴブリンが人間の女に手を出したら、どうやったってゴブリンが悪者になるだろう。
人間社会で生きていこうって言うんなら、それはマズイ。
だが、好感度を維持したいからと言って、全てを話すのも問題があるんだよなぁ。
マルグリットに話した事は、他のヤツラに筒抜けになると考えた方が良い。
別にマルグリットがスパイをしていると疑っている訳じゃあないんだが、意外と抜けているから誘導尋問にはあっさりと引っかかりそうなんだよな。
それに、イルメラの心を読む固有魔法なんて例もあるんだ。この世界では自分の頭の中だけの情報でさえ秘匿できないんだから、情報は漏れる物と考えた方が安全だろう。
口止めをしておいた『自在工房』と『万能ツール』の事も、全体像はともかく、情報の断片くらいならすでに洩れていると思う。
ソコから正解を導き出せるかどうかは解析者の腕次第だが、はなっから知られる事は覚悟していたので問題は無い筈だ。
それでもあえてマルグリットに口止めしたのは、俺はこの情報を知られたくないと言う意思表示の為だ。
知られるのは仕方がないとしても、それを利用しようとするんなら、俺と敵対する覚悟はしておけって言う意思の、な。
まぁそんな状況ではあるが、何もかも秘密にしていれば余計な憶測をうみかねないので、知られて困らない事は話しても構わないだろう。
『精神感染』のような他人の精神を操る魔法は禁忌の魔法に分類されているみたいだし、『亜空間倉庫』は使える事を知られるとかなり警戒されると思うので話していないが、『無限再生』と『風使い』なら話しても問題はないと思う。
「書庫の本を読ませてもらって、ちょいと思いついた事があったんでな。試してみたら固有魔法を二つ習得できた」
「へぇぇ!それってどんな?どんな仮説なんです?!」
あ、やべ。魔法に関しては食いつきが良いんだよなぁ、マルグリットは。
どうしよ。「それは秘密だ」なんて言ったら、しばらくは機嫌が悪くなるかもしれない。
「あー、それはだな……」
仕方がねぇ。まるっきりのでっち上げでは破綻しかねないから、適当に読んだ本の内容を引用しながら、リサから得た“前任者達の記憶”や前世の知識を気取られないように注意して、話を作るか……。
記憶の主達は発想こそぶっ飛んでるが理論が破綻している訳ではないし、前世の知識にしてもこの世界の物事に置き換えれば何とかなるだろう。
……ちなみに、俺の機嫌がよかったのは固有魔法の所為じゃあない。前任者達の記憶から得た知識で作った二つのアイテムが、完成したからだ。
一つは、狼型魔動人形のショウトラ。
魔法の道具にはいくつか種類があるんだが、その一つに“核”が存在する魔法の道具がある。
そして、その“核”の中には、生き物が死んだ後に残す、特殊な魔力を原材料にしている種類の物もあった。
通常、生き物が死ねば魔力の大半は拡散してしまうんだが、稀にその特殊な魔力を留めている事がある。
実は俺もすでに出会っていた。
魔法の盾に使った群れ狼や、恐狼の死骸に感じた違和感がソレだ。
なので、試しにしまいっ放しだった魔法の盾を『亜空間倉庫』から取り出して細かく解析してみたところ、盾の物とは別の魔力を感じとる事ができたので、それを盾から分離させた。
後は、その魔力を精製すれば魔法の道具の“核”ができるはずなんだが、“前任者達の記憶”に面白い技術があったのでそちらも試してみた。
死骸になぜ“核”となる魔力が残っているのかは不明だが、残された魔力には残留思念のようなモノが宿っているので、たぶんそれが原因じゃないかと俺は思う。
この残留思念は精製する事で消えるんだが、精製があまいと消えきらなかった残留思念が悪さをして、勝手に動いたり持ち主に害をなす、呪われた道具になるらしい。
今回参考にさせてもらった記憶の主は、ここに目をつけた。
ならば程よく精製する事で、自分で判断して動く魔法の道具は作れないか?と。
のちに“人形使い”と呼ばれたその前任者に倣って、俺も群れ狼の魔力から魔動人形の“核”を作り出し、ありあわせの材料で体を作った。
他人から得た記憶を頼りに『自在工房』で魔法を模倣するのは大変だったが、完成したショウトラはその苦労に見合う出来だ。
暴走する事もなく俺の指示通りに動くのは当然として、目にも留まらぬ速度で精緻な動きを見せたのには驚いた。
これなら上手くすれば、動力要らずの工作機械も可能かもしれない。
今後の課題の一つだな。
そしてもう一つは、恐狼と戦う為の武器。恐狼の骨から作り出した黒い戦槌だ。
こちらは、魔法の武具職人の記憶を使わせてもらった。
武具も、魔法の道具と同じく作り方は一つじゃなかった。錬金術師の手によって作られた道具や、魔力の宿る素材で作った武具、あるいは特定の種族の名人であれば……、例えばエルフの工芸品の中には高い魔力を持つ魔法の道具があるし、ドワーフの鍛冶屋が作る武具や細工物には、低い確率でだが意図せず魔力が宿る事があるらしい。
今回は更に、製作する時に新しい概念を付け加えてみた。
物質は全て原子からできている、と言う概念だ。
武具職人の持つ固有魔法には、俺の『自在工房』のように物質を自在に加工する魔法もあるらしく、魔獣の骨の形状を変化させて武器や防具に加工したりもしているようだが、骨は所詮骨でしかないので、同レベルの魔力の宿った鋼と比べれば強度は落ちる。
しかし、骨を元素レベルで見ると、答えは違ってくる。
骨の中で、と言うか、人体の中で最も強靭な元素は何かといえば、やはり炭素だろう。
そう、ダイヤモンドを構成している元素だ。
ただ、炭素だけでよければ肉や皮などにも存在するが、こちらは宿る魔力に問題があった。
魔獣の骨が生物としての強度以上の硬さを持っているのは、魔力が作用している為だと考えて良いだろう。
ソレがどのように作用しているのかは分からないが、俺の経験と“前任者達の記憶”を見る限り、部分部分によって宿る魔力の質が違うようだ。牙や爪に宿る魔力は鋭く鋭利に作用し、骨や皮に宿る魔力は強固で強靭に作用する、と言う具合に、だ。
なので、硬さと強度を必要とする武器には、骨から抽出した炭素が必要となる。
魔力を精製すると死骸に残る魔力も操作ができるようになったので、骨から炭素を分離する時に魔力も一緒に抽出してやれば、宿る魔力は更に高濃度になっていった。
後の問題は、この炭素をどう加工するかだった。
詳しい事は忘れてしまったが、煤の固まりも炭素なら、ダイヤモンドも炭素だ。
炭素を高温高圧下で結晶化させるとダイヤモンドが出来上がるという話は覚えているが、ただのダイヤモンドではハンマーで殴れば砕けるくらいにもろいというのも動画で見た事がある。
炭素繊維やカーボンナノチューブなんて物の存在は知っていても、構造までは知らない。仮に知っていたとしても、『自在工房』で一つ一つ原子を組んでいくのは現実的じゃない。
だから、とにかく強固な構造になるように、勘で炭素を変質、融合させていった。
勘と言っても、叫兎の小剣やウルフフェイスバックラーを作り上げた勘なので、馬鹿にはできない。
しかも、ダイヤモンドやカーボンナノチューブの存在も、意識しての事だ。
何度も試行錯誤した結果、完成したのは恐ろしく硬い物質だった。
なにしろ恐狼の骨でも細い物ならば両断できた強化発動した切裂き兎の小剣でも、傷一つつけられなかったくらいだ。
ここまで強固で魔力も高いと加工も大変だったが、幸い、作ろうとしたモノがシンプルだったので、なんとかなった。
外見は俺の身長と変わらないほどの長さの棒状の柄に、ハンマーとピックの付いた小さめの槌頭。しかし、貧相な見た目に反して、その威力はしゃれにならない。
試しに石を全力でぶん殴ったら、文字通り消し飛んだ。
その威力の理由は、本体の強度と魔力で強化された俺の筋力、そして、写し込んだ恐狼と切裂き兎の魔法式のお陰だろう。
恐狼の固有魔法は、物体の重量を操作するモノのようだ。
魔法式自体はほとんど理解できなかったが、発動させるとほとんど重さを感じなくなったり、逆に恐ろしく重くなったりした。
切裂き兎の方は、攻撃が当たった瞬間に運動エネルギーを全て衝撃波に変換して相手に叩きつける事ができるように調整を施してある。
元々超音波を発生増幅させ、それを制御収束させて切断力を発生させていた固有魔法なので調整事態は難しい事もなく、本来なら拡散してしまうエネルギーや反発力さえも衝撃波として攻撃力に加算できるようになった。
コイツなら、恐狼にも致命傷を与える事ができる。……といいなぁ。
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「……と、まぁかなり継ぎ接ぎの理論だが、結果が出てるんであながち間違ってはないと思う」
「なるほど……」
強引な説明なので破綻していないだけであちこち理論が飛躍しているが、なんとかマルグリットは納得してくれたようだ。
実際このとおりに実践してみても結果はでないと思うので、俺に質問をしないでくれると嬉しいなぁ。
たぶん、その頃には今喋った事の大半を忘れていると思うし。
「あ!」
俺の怪しい理論を頭の中で纏めようとしているのか、マルグリットはブツブツと呟きながら考え込んでいたのだが、ふと顔を上げると何かを思い出したかのように大きな声を上げた。
「どうした?」
「……ニグレドさん。今日の午後はお暇ですか?」




