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泣きやまないマルグリットを宥めつつ、家に入って居間で話を聞く。
あー……、マルグリットとフェリシアの話をまとめるとだな。
猟師村で保護されたマルグリットは、事情聴取を受けた後、トーラスの街に帰還した。
本来なら、生きて帰ってきた事を喜ばれる筈なんだが、魔獣の生息する森で一月以上も生き延びた事と、事情聴取でゴブリンに助けられたと話した事で、少々まずい方向に話が転がったらしい。
――ゴブリンと一月も一緒に居て、何も起こらなかったはずがない。
一応、俺の教えたとおりに検査をしてもらって処女である事は確認できたので、ゴブリンに汚されていない事は証明された。
しかし、噂ってのは一人歩きするもんで、その後もなにかとあったらしい。
そして一番ダメージが大きかったのが、噂が大きくなった事での婚約破棄だった。相手が貴族だったので、噂が広まっただけでも問題になったみたいだ。
婚約相手はそれでも婚約の継続を望んだようだが、家の方が許さなかったって話だ。
マルグリットは仕方が無いと寂しげに泣き笑いを浮かべていたが、フェリシアは「あんな、マリーの為なら家を捨てるとも言えない玉無しなんて、忘れちゃいなさいよ」と辛らつだった。
そんな感じで色々と重なって落ち込んでいたマルグリットをフェリシアが慰め、最近では少し落ち着いてきたんだが、俺が顔を出した事で、感情が一気に爆発したようだ。
マルグリットの話を聞いている間中、ソファの隣に座って親身に話を聞いてやる。
相槌を打ち、問われた事は全肯定、泣き崩れれば頭や背を撫でてやった。
マルグリットの中で、俺の存在がより大きくなるように。
っとまぁ表面上は、予想外の事態に困惑しながらもマルグリットに同情しているように見せてたんだが、内心では、思ったよりも予定通りに運んでいて安心した。……マルグリットには可哀想な事をしたかなぁとは思いつつも、な。
周りから嫌がらせでもされて心が壊れたり、恋人でもできて俺の事を忘れている可能性も考えていたんだが、これなら色々とお願いをしても聞いてもらえるだろう。
ちなみに、俺がマルグリットに対してなにかを仕掛けたって訳じゃあないぞ?ただ、こうなるのは予想ができていただけだ。
マルグリットには、俺が秘密にして欲しい事以外は正直に話しておいた方が良いと言い、更に、良かったらで構わないので、俺が街に行った時に過ごしやすいように、俺がマルグリットを助けた事も広めておいてくれと頼んでおいた。
マルグリットはその通りに動いてくれたんだろう。
結果的に、年若い娘が一月以上ゴブリンと生活していたと言う部分だけが誇張され、スキャンダラスな噂が広がった訳だ。
これがどの程度の醜聞になるかまでは分からなかったが、多少でも周囲の人間に疎まれれば、相対的に俺に対する依存心は高まるので問題は無かった。
もっとも、俺の事を話さなかった場合は、ソレはソレでマルグリットにとってあまり良くない無い結果が待っていたとも思うんだけどな。
なにしろ一月以上単独で、魔獣の潜む森の中を生き延びた事になるのでこれも不自然だ。色々な憶測を呼ぶ事になるだろう。
そうなると俺も予想ができないので、最悪の場合は魔女狩りのような事になったかもしれなかった。
ゴブリンに共同生活を強制されたって言うのなら被害者だが、完全武装の一団が全滅するような森の中を一人で生き延びたんなら、不気味な存在に思われかねないからなぁ。
と、言う訳で、あくまでマルグリットを守る為の助言が、こう言う事態を引き起こしたに過ぎない。
婚約者に関しては想定外だったが、まぁ、婚約破棄はお互いにとっても良かった。
マルグリットに男がいたら、俺に対する依存心を強くできないので、どうにかする必要が出てきてしまう。
俺もできれば穏便に事を進めたいから、ナニもする必要がなくなったのは嬉しい事だ。
その分、マルグリットに対する責任が重くなったが、俺の用事が済んだら、適当な男でも見繕って押し付けてしまえばいい。
なんなら、元婚約者を唆して、元の鞘に収めるのも良いだろう。
手間は増えるが、そのまま放っておいて恨まれるよりかはましだ。強い敵よりも、足を引っ張る味方のほうが厄介だからな。
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「落ち着いたか?」
「ええ、取り乱してしまってすいません」
泣き腫らした目のマルグリットが、フェリシアの入れたお茶を飲んで、吐息をはいた。
「気にするな。辛けりゃ泣いたって良いんだ」
フェリシアは、気を利かせたのかお茶を運んだ後、また部屋を出て行った。
マルグリットと二人っきりにしてくれる程度には、俺の事を信頼してくれているようだ。
「すいません……」
マルグリットはほんのりと頬を染め、うっすらと笑みを浮かべて、またカップに口をつける。
「ゴブリンさんは、私が森を出た後は、どうしてたんですか?」
「俺か?俺は…………」
前もって作っておいたストーリーを語る。
多少膨らませたが、あらすじは概ね事実と変わらない。ただ、いくつか教えたくない事は省いているが。
例えば、前世の記憶を利用した装備品と新たに手に入れた二つの固有魔法、そして恐狼の事等だ。
今はまだ、マルグリットの中で俺は“妖魔だが命の恩人”と言う程度には思われている筈だ。
もしかしたら、“頼りになる恩人”位まで、好感度は上昇しているかも知れない。
しかし、理解しがたい知識や本来持ち得る筈の無い固有魔法を持っていたり、魔法使いの自分ですら全力でも手傷を負わせるのがやっとの魔獣を討伐するようなバケモノに、恐怖しないという保障は無い。
同じ理由で、故郷を滅ぼしたとも言っていない。
けりがついたと言ったが、後は追及されないように強めの言葉で濁した。
マルグリットがダークヒーローに憧れるタイプなら面白おかしく語ってやったんだが、腹の底はまだ見えないものの理性はかなり強固な感じなので、復讐を自慢げに語るのは、悪い印象しか与えないだろう。
会話は大体、俺の想定どおりに進んだ。
面白おかしく話して興味を引き、強さと優しさに憧れを持たせ、適度に弱みを見せて同情を引く。俺の実態?細かい事は気にするな。
「ああ、そう言えば、コイツも紹介しないとな。おい、リサ。出てきていいぞ」
説明が面倒だったので、服の中に隠れているように頼んだリサに声をかける。
「レドちゃん、おっそーい。あんまり暇だったから眠っちゃったじゃないのよー」
不機嫌そうな声で文句を言いながら、のそのそとマントのあいさから顔を出すリサ。
役者だねぇ。
どうせ今のやり取りを聞きながら、俺の考えている事を覗いて、そのギャップを楽しんでいたんだろうに……。
「フェ、フェアリー!?」
マルグリットはリサを見て、驚きの声を上げる。
「そ!アタシ、フェアリーのリサ!レドちゃんと契約したの、よろしくね?」
リサが可愛らしく振舞うが、正体を知っている俺としては寒気しか感じられない。
勿論、表に出したら台無しなので、表面上は中の良いパートナーを装っているが。
「リサは、俺が街道で盗賊に襲われそうな所を助けてくれてな。
俺のナニが気にいったのかは解らんが、契約を持ちかけられて、助けられた借りもあるんで契約する事になった」
大嘘なんだが、本当の事など言える訳が無いので仕方が無い。
嘘はばれた時に一気に立場が悪くなるから嫌いなんだが、他に手が無い時には、できるだけばれ無いように考えてつく事にしている。
リサが楽しそうに飛び回って俺の頭の上に乗っかると、マルグリットの目が僅かに険しくなる。
お?嫉妬か?俺に対して独占欲を持ったんならいい兆候だ。
痛てっ!はいはい、すいませんねぇ。
調子に乗って悪ぅございました。だから頭の天辺を拳でグリグリするのはヤメテ。
「凄いですね。
フェアリーに見初められるなんて、さすが、ニグレドさんです」
ありゃ、声が冷たい。
良い兆候なんだが、ここら辺はさじ加減が難しいんだよなぁ。
「聞いた話では、妖精の契約者ってのは結構なステイタスらしいんだがピンとこなくてなぁ。
そんな事より、覚えているか?」
ナニを、とは言わない。
「……本気で、人間の国に住むつもりなんですか?」
森の集落の事もあるので住むかどうかは分からなくなったが、人間社会とのある程度の接点は、絶対に欲しい。
「ああ。今すぐに、とは言わないがいずれ、な。
だが準備は今からする必要がある。その為にお前の力を貸してくれないか?」
マルグリットの手をとり、目を真っ直ぐ見据えて、真摯に頼む。
小細工は使わない。
今まで積み上げてきたものが今、試される。
ココで「はい」と言わせれば、俺の勝ちだ。
「……はい」
マルグリットが目を伏せて承諾した。その頬は紅く染まっている。
……たしかに、この態勢は少し照れるな。まるで、プロポーズでもしているみたいだ。
ふう。あー、緊張した。
条件はクリアしたつもりだったが、やはり不安もあった。
何しろこの面だ。恋をすればアバタもえくぼなんて言葉もあるが、真っ黒な悪鬼面でどこまで信頼を得られるか分かったもんじゃぁなかったからなぁ。
命を助け、二人っきりで共同生活し、再会の約束をして別れ、離れている間に人間不信になるような出来事があり、再会時に優しくされる。
ベッタベタな黄金パターンだが、これで確実に女が落ちるのは相手が顔の良い男限定の話だろう。
それ以外なら“良い人”で終わるのが関の山だ。
「ありがとう」
マルグリットを抱き寄せ、優しく抱きしめる。マルグリットは一瞬体を硬くしたが、すぐに力を抜いて俺に身を任せた。
体の関係にまで行くとまた別の問題が出てきて面倒なんだが、対人距離の近さは頼み事のしやすさにつながる。
面倒な事を頼む時はできるだけ距離が近い方がいい。
「……早速で悪いんだが、少し頼まれてもらえるか?」




