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宿場町を通り抜け、“辺境の都”トーラスの街に入り、街の入り口で調べてもらったマルグリットの家に向かう。
トーラスの街は砦や宿場町よりも発展していて、道は土ではなく石畳、街並みも華やいでいて市民レベルでも飾れるだけの余裕があるようだ。
扉や窓で、細かな細工を施された格子戸や色とりどりの布がガラスの代わりをしている物の、それ以外はテレビで見たヨーロッパの古い街並みとあまり変わらないような気がする。
うーん、城壁の時にも思ったんだが、こうやって実物を見ると迫力があるなぁ。マルグリットが自慢する気持ちが分からなくも無い。
なんかこう、合成建材の家には無い、“人の手で作り上げた”って迫力があるんだよねぇ。
前世じゃ海外旅行には興味がなかったけれど、今なら自分が育った文化とは違う国を観光するって言う楽しみ方も理解ができそうだ。
と、言っても今の俺はゴブリンなので、この世界を観光して回るのは普通の人間以上に大変なんだがな。
ただ面白い事に、宿場町やトーラスの街でも砦と同じ様な事が起こると思ったのだが、俺以上に俺の周囲を飛び回るリサが目立ったのか、嫌悪や侮蔑よりも、嫉妬と羨望の目が多かったような気がする。
あまりにもあからさまだったので、気弱そうな男を捕まえて話を聞いたところ、リサの話していた妖精の出てくる御伽噺は有名な話らしく、妖精に祝福された俺の事が羨ましいと言っていた。
……俺にしてみれば、とり憑かれた様なもんなんだがなぁ。
確かに“契約”後は少しばかり魔力も増えたようだし、退屈しのぎに話をしてみれば、話題も豊富で面白い話も聞けた。
しかし“妖精の騎士”なんて称号もあるようだが、その称号を受けた内の何人が契約の真実を知っているんだろうか?
力と栄誉の代償が、自分の頭の中身を娯楽番組として提供する事と、妖精の仕掛けるマッチポンプ的な冒険だと。
例えば、リサが話てくれた物語の騎士は?
武者修行の旅に出た騎士が、民を害なす魔獣や盗賊を退治し、さらわれた姫を助け出し、危機に陥った国を立て直す。更には大恋愛の果てに姫と結ばれて、騎士は王となった。
その全てを妖精が仕組んでいた事を、騎士は知っていたんだろうか?
魔獣を操り、盗賊を誘導し、国に対して不満を持っていた貴族を焚きつける。
別に妖精が居なくても、魔獣や盗賊は人を襲い、貴族は反乱を起こしたのかもしれないが、騎士が知っていてリサを放置していたのなら大した腹黒さだ。
まぁ、騎士が知っていたとしたら面白みも半減するだろうから、たぶん知らなかったんだとは思う。
リサの話ではすでにその騎士は死んでいると言うので、確かめようは無いんだがな。
幸いな事に、“契約”として決められた事は守るようにしているらしいので、俺が邪魔をするなと言った以上、リサは俺の行動を邪魔するような事は無い筈だ。
助言で俺を誘導する可能性はある……、いや、先ず間違いなく誘導してくるとは思うが、それは俺が気をつけていれば良いので大丈夫だろう。たぶん。
それに、リサの助言も悪い事ばかりではない。
俺の行動を見聞きして楽しんでいる以上、俺が確実に破滅する状況なら、最善の助言を与えてくれるだろう。
ゲームの駒があっさりと死ねば、面白いも何も、あったもんじゃないからなぁ。
もっとも、それを期待して温い判断ばかりしていれば、リサに呆れられて、最悪の状況で捨てられるのは間違い無い。
実際にどうなるかは分からんが、リサの享楽的な性格を考えれば、そうなると思って行動した方が安全だ。
まぁどれだけ嫌がったところで、契約を切ってリサを自由にしたら、俺には破滅しか残っていないのでどうしようもない。
リサがナニをやらかしてくれるか想像したくないが、俺の行く先々で住人に嘘を吹き込んで俺を襲わせれば、それだけで俺には致命的だからなぁ。
・
マルグリットから貰った身分保障に書かれていた住所は、トーラスの街の割と中央よりを示していた。
到着した地番には、当然家がある訳だが……。
そこには二階建ての、周りに比べてもあきらかに大きな家が建っていた。
マルグリットは一人暮らしだと言っていた。俺がトーラスに来たら家に泊めてくれるとも言っていたので、下宿と言う事は無いだろう。つまり、この一軒全てがマルグリットの家のようだ。
妙に世間ずれしていない感じもあったが、もしかしたら金持ちのお嬢様だったからか?
しかし、そんなお嬢様が何故、危険な森に?
……いや、率いていたのは貴族だったから無理がきいたと考えると、それほどおかしくは無いのか。
マルグリット自身、若い女だと言っても、恐狼相手にダメージを与えるほどの魔法使いなんだしな。
こんな所でぐだぐだ考えていても仕方が無いから、とりあえず呼び鈴でも……って無いのか、ノックをしよう。
扉を軽く叩くと、目の詰まった良い音がした。
「どちらさん?」
少しして、言葉と共に扉が開く。
しかし、予想に反して出てきたのは栗色の髪を短くした、活発そうな女だった。
「……あんた、誰?」
オマエこそ誰なんだ?
年齢はマルグリットと同じくらいだが、マルグリットを知的クールとするなら、こちらは体育会系熱血派と言った感じで、マルグリットとは似ても似つかない。
「俺は……。その前に、ここはマルグリットの家で間違いないんだよな?」
家を間違えていたら、間抜けすぎる。
「そうよ。だったらなに?マリーに外人の知り合いなんて居なかった筈だけど!?」
ああ、帽子のお陰で俺の顔が良く見えないのか。
黒い肌を見てこの国の人間じゃないと判断したようだが、他の国にはこんな肌の人間が居るのか?
「マルグリットに聞いてないか?俺は、彼女を蒼の森で助けたゴブリンだ」
ニグレドと言う名前は、マルグリットと別れてからつけた名前なのでここでは名乗らない。
もし、この女がマルグリットに「ニグレドって人知ってる?」なんて聞いても、知ってる筈が無いからな。
帽子を脱いで顔をさらすと、女はぎょっとして身を引いたが、すぐに興味津々の表情で顔を寄せてきた。
「へー、キミが!あたしからも礼を言っとくね。
あたしはフェリシア、マリーの親友よ」
近い近い近い近い!キスでもする気かこの女。
暑苦しいが見てくれは悪くないから、その気があるなら受けて立つぞ?
と、言うのは冗談だが、本当にキスができそうなくらいに近いな。
しかも、嬉しそうな顔をしながら俺の目をじっと見てきやがる。
俺の顔が怖くないのか?
マルグリットを取り込む上で親友ってのは邪魔になりそうだが、こう言う邪気の無いタイプは排除しにくいな。
いっその事、コイツごと取り込むか?
少なくとも俺に対する好感度は、初対面だってのに高そうだ。
自分で親友って言うのなら、マルグリットの為にと言えば動かしやすいだろう。
しかし、ソレもこの女の性格を調べてからか。親友にも色々と種類があるからなぁ。
「俺もマルグリットから色々と教えてもらったから、気にしないでくれ。五分五分の取引だ」
恩を強調しないのは当然として、素っ気無く言ってみたがどうだ?
「そんな事ないよ。死んじゃたら、どうにもならないんだからさ」
反応は今一、かなり不満げだ。
過ぎた謙遜を嫌味にとるタイプかも知れない。コイツと話す時はあまり言葉を飾らない方が良さそうだな。
それにしても、命の恩義を重要と考えるって事は、コイツも誰かに命を救われた事がある可能性があるな。
「それもそうだな。死んじまったらナンにもできねぇ」
「でしょ?生きていればなんだってできるんだもん。だから、マリーを生きて帰してくれてありがとう」
本当に、マルグリットが生きて帰って来た事自体が嬉しいって感じだな。
少なくとも、便利な友達が戻ってきた事を喜んでいる気配は無さそうだ。
友達思いの善良な女の子。腹ん中に何があるかは分からないが、表に出ている性格パターンはそんなモンだろう。
後はモラルがどの程度なのかによるが、マルグリットを盾にして要求すれば多少の無理は聞いて貰えそうだ。
「でも、ゴブリンって初めて見たけど、案外普通なんだねぇ?」
初めて?いや、確かに森を出てからゴブリンを見た事は無いが……。
もしかして、この国には奴隷としてすら、ゴブリンは居ないのか?
妖魔と言うのが本当のところ、どれくらいの蔑称になっているのか分からなかったんだが、もしかしたら、思った以上にゴブリンの地位は低いのかも知れない。
だからと言っていまさら計画は変更できないから、なるようにしかならないか。
最悪の場合になったら、全て捨てて別の場所でやり直せばいいさ。
「いや、そこらを歩いているヤツラと俺では大分違うだろう」
「そうかな?黒い肌の人って滅多に見ないけど、キミくらいの背の人とか厳つい顔をした人とかなら、結構いるよ?」
おいおい、オマエさっき、俺の顔に驚いて身を引いただろうが。たった、これだけのやり取りで見慣れたのか?
まぁ個々のパーツで言えば、ゴブリンと人間で大きな違いはほとんどない。
前世の記憶のお陰で、姿勢や顔の表情なんかも、他のゴブリンとは違って俺は人間に近いだろう。衣服をきちんと纏っているのも大きいか。
しかし、だ。
尖った耳に、顔に比べて小さい目と、反対にでかい鼻と口、さらに口から飛び出した牙、面相だけでもこれだけ酷いが、背が低い割に頭が大きいので頭身は低く、がに股を直してもまだ足は短いってのに手は長いので、体形は小型の類人猿に近い。とどめに頭には短いながら二本の角が生えてやがる。
……いや、でも、この世界には獣人や亜人なんて呼ばれてるヤツラも街中に普通に居るんだよなぁ。
だとすると、コイツの言う事にも一理ある。
直立した狼のような獣人に比べれば、確かに俺の方が人間に近いだろう。
「……まぁ、俺より人間離れした連中も居るか」
「うんうん!」
と、そんな感じでフェリシアと話していたら、家の奥からどたどたと音が聞こえてきた。
「ゴブリンさーん!」
騒がしい足音に目を向けると、フェリシアを押しのけてマルグリットが飛びついてくる。
「ゴ、ブ、リ゛、ン゛、ざー、ん゛」
抱きとめてやれば、今度は子供のように泣き出した。
ナニが、どうなってんだ?




