3-8
レドちゃんて……。文句を言うと更に酷くなりそうだから、もうそれでいいよ。
「……話がつながってないぞ。その“契約”ってなんだよ?」
「あれ?御伽噺とかで聞いた事なぁい?妖精と契約した騎士や狩人が大冒険するヤツ!」
「いや、知らんよ」
「あのね、主人公がピンチになった時に妖精と契約してね、パワーアップしてピンチを切り抜けるの」
うん?パワーアップか。やっと、俺にとってもおいしそうな情報が出てきたな。
しかし契約ねぇ?なんだろう、イヤな予感しかしない。
「そのピンチも、お前が演出するんじゃないだろうな?」
「もちろん!」
……するんだろうな。
「で?契約すると俺はパワーアップできて、お前にどんな得がある?」
「えっとね、これ秘密ね?」
誰に対して秘密にするんだよっ!って他に漏らすなって事か。
いかんな、色々ありすぎて、頭が回らなくなってるかもしれん。
「契約すると、フェアリーは相手の思い出とか考えている事が全部分かるの!」
記憶と思考が駄々洩れってか。
そりゃ退屈しのぎにはなりそうだが、やられる方は堪ったもんじゃないな。
「それを聞いて、俺が“契約”するとでも?」
「してくんなかったらアタシ、ずうっと憑き纏って、レドちゃんの邪魔するよ?」
クゥゥゥソォォォォォがぁぁぁぁぁぁ!!!
コイツ、最悪な事を言い出しやがった。
「へぇぇぇ。どんな、邪魔をしてくれるんだろうなぁぁぁ?」
「そぅねぇ?例えば……。あ、そだ、レドちゃんの首に賞金を懸けるのってどう?珍しい肌の色のゴブリンだから、きっとみんなで襲ってくると思うよ!」
イヤらしい発想をしてくれやがる。
「はっはは、賞金稼ぎくらい、いくらでも返り討ちにしてやろうじゃねぇか」
「ええ~!でもぉ、賞金首になるようなゴブリンだと、人の住む町や村に入れなくなるけど、大丈夫ぅ?」
んなもん、大丈夫な訳が無い。
やはりそこまで分かっていて、賞金を懸けるとか言いやがったか。
「……これでも人助けをしていてな。お陰で、身元を保証してくれる人間が二人も居るんだ。
誰が懸けたかも分からねぇような賞金なら、まともな人間は気にしねぇんじゃねぇか?」
分の悪い賭けだが、まったく目が無いと言う事も無いだろう。少なくとも公権力者である狩人村の村長が書いた身分保障なら、余程の事が無い限り俺の身を守ってくれる筈だ。
もっとも、このフェアリーがドコに賞金を懸けさせるかにもよるがな。
「へぇ~~!色々考えてるんだぁ!
じゃあさ。偉い人に“オネガイ”して、レドちゃんを捕まえてもらうってのはどう?
とっても頭が良くって強いゴブリンが居るって言えば、兵隊をいっぱい出してくれる人に心当たりがあるんだけどぉ?」
偉い人とやらが貴族なら、全部捨てて他の国にでも逃げるしかない。
今まで得た情報で判断すると、この国は封建社会で貴族の力は極めて強い。貴族が敵に回ったら、地方の村を治める村長が書いた身分保障なんて紙屑同然だろう。
イヤ、他の貴族の力を借りるって手もあるが……。相手の情報を得る手段も無ければ、他の貴族の信頼を得る時間が無いから、下策も良いところだな。
他に手はないのか?
状況は圧倒的に不利だ。
攻撃はすべて無効化され、一般常識ですら危うい俺ではリサの言葉が本当か嘘かも判断がつかない。
しかし、妖精の出てくる御伽噺は嘘である必要が無いので本当だとすると、妖精は御伽噺の主人公側と言う事になる。ソレがナニを意味するかと言えば、完全な第三者に俺とリサが正反対の事を言ったら、誰もがリサの言葉を信じるだろうって事だ。
かろうじてマルグリットくらいは味方になってくれそうだが、それ以外はすべて敵に回りかねない。
コレだけでも分の悪すぎて、賭ける気にもならないな。
返事を引き延ばしてやれば、そのうち飽きてくれる可能性は無いか?
可能性としてならあっても、飽きたからと言って解放してくれるとは限らないから、やめておいた方が良いだろう。
契約してくれないならと、別の楽しみ方を考えられたら厄介だ。
それこそ御伽噺じゃないが、リサの描くストーリーの悪役にでもされたら、多分破滅するまで弄ばれるだろう。ある事ない事吹聴し、騒ぎを起こして俺の所為にして、リサが新たに選んだ主人公の為の生贄に仕立てる。そうなれば、どう足掻いたところで勝ち目が無い。……事も無いかもしれないが、限りなく薄いだろう。奇跡の大逆転に命を賭けるほど、俺は楽天家では無いつもりだ。
そうでなくても、リサが起こした騒ぎで無関係の筈の俺が不利益を被る可能性もある。ソレを考えれば、契約する事でリサの行動を縛るのも悪くはない。
――――諦めて、契約した方が良さそうだな。
首筋に刃物を突き付けられてるくらいならやりようはあるが、雁字搦めにされて溶岩の上に吊るされ更に助けが来る当ても無いとなれば、白旗を上げるしかない。
状況は、それくらい最悪だ。
僅かな勝ち目も無いのなら、少しでも被害を減らす事を考えた方が賢明だろう。
しかしまぁ、リサの言葉が本当なら簡単にパワーアップができる上に、プラスアルファで御伽噺の主人公みたいな扱いまで期待できる。
問題は、そのリサが全然信用ができないって事だが、だからと言って契約しないとなればかなりの確率で破滅が待っている。
分かっちゃいるが、最悪、パワーアップとやらも嘘で、演劇や小説なんかにあるような悪魔の契約みたいに魂まで縛るような奴隷契約では無いと言う保証は無いから、そう簡単に契約できないんだよなぁ。
結局、リサが信用できるかどうかがネックって事か。
そもそも大前提として、破滅する気が無い以上、俺には契約する以外の選択肢は無いのに、それでもこうやって長々と考える時間を俺に与えているって事は、俺を焦らせて誤った答えを出す事をリサが望んでいないって事だ。
リサの言葉を信じるなら、リサが欲しいのは退屈しのぎの娯楽でしかない。それなのに悪巧みを仕組んでハメようとしたり、時間をかけて説得しているのは、俺にそれだけの価値を感じているって事だろう。
出会いこそ最悪だが、俺がすんなりと騙されてリサの掌の上で踊っていたら、それなりに幸せな結末が待っていた可能性も否定できない。
退屈させないと言う条件さえ守ればリサが俺にとって不都合な行動をする理由は無い筈だし、物足りなくなって状況を面白くするにしても、物語の主人公に対して致命的な罠まではしかけない筈だ。
俺と契約する為にチンピラを巻き込んで死なせたのを気にした様子も無いのを忘れちゃならないが、愉快犯なんてモノは自分が楽しむ以外の事はあまり気にしないのが普通なので、らしいと言えばらしい反応だと言える。
契約する以外の選択肢は無いにしても、俺にこれだけ執着しているのだから、交渉の余地だってある筈だ。
後はまぁ、ハメられかけた不快感をどう処理するかだが――――。
「――――どうしても契約して欲しいんなら、一つ賭けをしないか?」
「賭け?」
「ああ、アンタに遊ばれてばかりじゃあハラが収まらなくってなぁ。契約をする前に、少し意趣返しをさせてもらいたいんだよ」
「ふぅん?良いよ。その賭け、乗ってあげる」
特に考える様子もなく、リサは頷いた。
態々意趣返しをすると言ってやったのにあっさりと即答しやがるか。腹が座ってんだか能天気なんだか……。いや、スリルを楽しんでいるのかもしれねぇな。
「おいおい、賭けの内容を聞かなくても良いのかよ?」
「ダイジョ~ブ!これでも賭け事は得意なんだから!」
「ハッ。大した自信だな。
なら、オマエの身を守っている魔法を解いてみろよ。そのまま俺が十数える間身動きしなければ、オマエの勝ちだ」
「そんだけ?分かった!
――ハイ!もう、魔法は使ってないよ?」
…………マジかよ。
無効化したとは言え、散々攻撃された後で、無防備になるなんて正気の沙汰じゃあない。
「ほう?じゃ、確かめさせてもらうぜ」
目の前に浮かんでいるリサに手を伸ばして鷲掴みにしてやると、何度攻撃しても空を切った先程までとは違い、小さいながらも柔らかく暖かな肉の体が感じられた。
「確かに、触れるようだな。
……ところで、俺の攻撃を無効化した魔法以外に、アンタは身を守る術があるのか?」
身を守る手段が一つでないのなら、簡単に触れるようになったのも納得がいく。俺が調子に乗って攻撃したら、ソレも無効化してリサは高笑いを上げるんだろう。
「無いよ?
……って言っても信じてもらえないと思うから、試してみる?」
縊り殺したくなるほど可愛く笑って、リサがそう聞いてきた。
イラついたら負けな気がするので、ゆっくり呼吸して冷静になろう。
リサの言葉は信用できないが、なんとなくだが“嘘は”言わない気がする。だから無いと言うのなら、身を守る術は無いのだろう。
ただ、身を守る術が無いだけで体が恐ろしく頑丈だとか、それとも傷を負ってもすぐに再生するとか、どれ程のダメージを受けても特定の手段以外では死ぬ事が無いとか、身を守る以外の方法で攻撃を無力化できないとは言っていないんだがな。
「さぁて、試すかどうかはじっくり考えてみるさ。
じゃ、いくぜ?
――一つ、二つ、三つ…………」
しかし、そんな事は関係ない。
リサの思惑は多分、俺の攻撃を適当に耐えて、やられたフリをして俺のご機嫌を取り、俺を満足させて契約をしようってところだろう。アレだけ優位に立っていた相手を好きなだけ弄れるんだから、終われば満足して、リサの提案を深く考えずに承諾してもおかしくはない。
だから、俺はその裏をかく必要がある。
「八つ、九つ」
十、っと数え終わる寸前で切裂き兎の小剣を左手で引き抜き、リサに切りつける。
リサは小剣には目もくれず、笑顔のまま微動だにしなかった。
リサの首から血が噴き出す。しかし、その量は僅かだ、
小剣の刃は、リサの首に赤い筋を作るだけで止まっていた。……本当は触れる前に止めるつもりだったんだが、利き手じゃないので少しばかり手が滑ったのか、リサに対する怒りが無意識に手を滑らせたのか。まぁ、多少は気が晴れたのは事実だ。
「なんで、逃げなかった?」
「だって、止めてくれると思ったもん」
無邪気に笑って、リサはそう言った。
…………ふん。止めなきゃ止めないで、自分でなんとかしたんだろう?
「そうかい。
十。ああ、俺の負けだよ」
「やったぁ!アタシの勝ち~」
さて、コレで俺とリサの間に信頼関係ができたように見えるだろう。
俺はリサを殺せたのに殺さなかったし、リサは俺を信じて動かなかった。と言う形でオチがついたので、立場としては対等になれたと思う。
もしこれで、俺が気の済むまでリサに暴力を振るっていたら、今後の関係は一見すると俺の方が立場が上のように見えて、実質的にはリサの操り人形になっていた筈だ。相手を暴力で屈服させている言う安心感は、大きな油断を生むからだ。それが分かっているのなら油断しなきゃあ良いと思うかもしれないが、口で言うほどソレは簡単な事じゃあない。俺はそんな慢心ができるほど、自分に自信を持っちゃあいないしな。
そしてコイツが本命だが、俺が試した事で話の主導権は俺に移った。これで少しは交渉がしやすくなった筈だ。
「分かった。“契約”ってのをしてやるから、その代わりにナニもしないでくれ」
リサがナニもしなけりゃ、俺はパワーアップと御伽噺とやらの主人公のように妖精の契約者と言う栄誉をタダで得る事ができる。記憶を覗かれるのは不快だが、他に漏れなきゃ問題は無い。
「もう!そんなに遠慮しなくたっていいのにぃ。あ、そだ、一つ良い事教えてあげる。人間は食べない方が良いよ?」
「心配されなくたって人前では食わねぇよ」
「でも、『嘘感知』の魔法をかけられた時に、食った事無いですって言ったら大変な事になるよ?」
「どう言う仕組みかは分からないが、嘘をつかなければ良いんだろう?なら、やりようはある」
『精神感染』で自己暗示をかけてもいいし、魔法が使えなくても言葉を選んで嘘をつかなければ良い。
「そうなの?でも、『真実看破』の魔法を使われるとどうしようもないと思うんだけどなぁー」
「……ナンだ、その魔法?」
「問答無用で質問の答えを得る魔法!めったに使える人は居ないんだけどねー」
そんな便利な魔法があるのか……。
「使われたヤツでもいるのか?」
「うん!縛り首になってた!」
あう。ナニか、対応策を考えおこう。
「…………分かった。これからもやばそうな時は、教えてくれ」
リサの行動をできるだけ制限したいが、致命的な失敗をするのも怖い。ここは妥協して、リサの協力は受け入れるのも悪い判断では無い筈だ。
少なくともリサの知識は使えそうだし、俺がリサを飽きさせない間はリサが俺の敵に回る理由も無い筈だしな。
もっとも、信用してバカを見るのもイヤなので、聞いた話はきちんと後で調べる必要はあるが。
「うん!それとなんだけどさ……。さっきパワーアップて言ったけど、レドちゃんはあんまりパワーアップしないかも?」
「どう言う事だ?」
「普通の人って、レドちゃんみたいに魔力が強くないんだよねぇ。だからアタシと契約しても結構強くなれるんだけど、レドちゃんだとあんまり強くならないかも?」
ふぅん?
弱い相手なら強くなれるけど、俺の魔力が強いから契約してもあまり強くなれないって事は、俺本来の魔力を割り増しするんではなく、何らかの魔力を上乗せするって解釈で良いんだよな?
「契約する事で強くなれるってのは、魔力が増えるって事で良いのか?」
「そそ!契約するとレドちゃんとアタシの間に経路ができてぇ、アタシの方が魔力が多いからレドちゃんに流れ込むの!」
そういう法則な訳ね。って事は、コイツは恐狼を食った俺以上の魔力を持ってるって事なのか?
ちびっこいクセに腹は黒いわ、魔力は高いわ、……見た目と言動に騙されたな。
「はぁ。オマエが邪魔さえしてくれないんなら、パワーアップなんかどうでも良いよ」
別に、現状でも中層の魔獣以上の魔力だしな。多分、人間の魔法使いであるマルグリットよりも、魔力だけなら上だろう。
「そう?分かった、アタシはレドちゃんの邪魔をしない。
誓うから、アタシと“契約”してくれる?」
誓う、ねぇ。その誓いに、どれくらいの重さがあるのやら。あっさりと翻らん事を祈るよ。
「ああ、“契約”する……」
からどうしたら良い?と繋げるつもりが、『契約する』と言った途端に“契約”が成立した。
貧血にも似た頭痛が俺を襲う。まるで頭の中から直接血を抜かれていくみたいだ。
これ、状況次第じゃ詐欺みたいなもんじゃねぇ?と、思ったが、今までの事を考えれば納得できる仕様でもある。
「へぇ。ほう。ふーん。……きゃは!これ大当たりじゃーん。レドちゃんて最っ高!!!」
あー。もしかして今、俺の記憶を読んでいるのか?この頭痛はそれの所為か?クソ、早速やらかしてくれる。
「ご“契約”ありがとーございます!アタシはフェアリーのリサ!今後ともよろしくね!」
喜色満面て感じだな。そんなに俺の記憶が気にいったのか?
そりゃ、前世が異世界だしなぁ。
破滅への第一歩を踏み出した気がするが、リサは俺の邪魔をしないと言ったんだから、それを信じるしかない。
「……はいよ、俺はゴブリンのニグレドだ。お手柔らかにな」
どっと疲れた。“契約”の事を考えるのは後日にして、後片付けしてもう一度寝よう
チンピラから剥ぎ取った荷物を『亜空間倉庫』にしまって、残りの死体は魔法の鞄に放り込む。
放り込む時に複数の物音がしたので、とりあえず何匹かのお土産は生きているようだ。
確認するのも面倒なので、鞄を閉めて俺は寝た。




