3-5
目が覚めると、扉の外が妙に慌しかった。
部屋を出て、外にいた兵士の一人に聞いてみたところ、どうやら何軒かの家に泥棒が入ったらしい。
盗まれた物までは教えてもらえなかったが、結構な被害が出たようだ。
俺にも疑いの目を向けられたが、俺は無罪を主張する。
なにしろ、俺の借りた部屋から宿舎の外に出るには、兵士達が夜勤で詰めている部屋を通らなくてはいけないので、俺が兵士達に気づかれずに外に出ることは不可能なのだ。
そして、部屋の外では一晩中兵士が見張っていたのも俺は知っている。
夜中に偵察に行かせたクビラが見ていたからな。
だから涼しい顔で潔白を言い通せば、すぐに開放された。
その後は旅の支度を整え、まだ疑いの目を向ける村の住人を尻目に村を出る。
できるだけ早くトーラスの街には着きたいが、理由があってインドラは走らせない。
「ヨウ、キョウダイ」
どこと無く調子っぱずれなその声に俺がインドラの足を止めたのは、村が見えなくなってから、更にもうしばらく歩かせた後だった。
隠れ場所の無い草原の中の一本道に、滲み出すようにゴブリンが現れる。村に入る前に用事を言いつけた、改造ゴブリン一号だ。
「首尾は?」
俺の言葉に一号は担いでいたズタ袋をといて、中身を見せる。中には金銀財宝……、では無いが金属製品や魔法の道具っぽい物が詰め込まれていた。
全て、昨夜あの猟師村から盗まれた物だ。
つまり、村を騒がせた泥棒は一号であり、盗みを命じたのは俺な訳である。
しかし、村の兵士や住人に問い詰められた時に、俺は嘘を言っていない。ヤツラに「俺が盗んだのか?」と聞かれたので、正直に俺は盗んでいないと答え続けただけだ。
これがもし「なにか知っていないか?」と聞かれていたら、少しは返答に困ったかもしれないがな。
「レイノモノト、ホカハテキトウニカッパラッテキタ」
例の物とは、以前に手に入れた魔法のコンパスの基点となるアイテムだ。
魔法のコンパスはコレの置かれた場所を指し示すので、今後は俺の集落に置く予定である。
……実は、俺一人じゃ集落に帰れなかったりするんだなこれが。
方向音痴って程ではないんだが、鬱蒼とした森の中で、狩に出かけたゴブリン達がどうやって集落に帰って来れるのか俺には理解できない。
ヤツラに聞くと、「なぜ長はできないのか?」と不思議な顔をされたので、それ以上話を続けられなかった。
当人も理解していない感覚を、口で説明させるのは不可能だからなぁ。
今までは、改造ゴブリン一号に魔法のコンパスの魔法式を移植して案内させていたが、これで俺一人でも迷わず集落には帰れる。
それに、もう一つあれば三角測量の要領で大雑把な現在地まで分かるようになるので、できればどこかで手に入れたいもんだ。
と、そう言えば、一号にもう一つ聞かなければなら無い事があったな。
「擬似人格の調子はどうだ?」
人間社会で、一号を木偶人形のまま使うのは少々外聞が悪そうなので、『精神感染』を使って一号の精神に、俺の精神体を核とした擬似人格を形成してみたのだ。
「モンダイナイ」
「ふむ、今の所は安定しているようだな。
そう言えば、お前の名前も一号のままではまずいか……」
元ネタは十二神将つながりで良いとして、子のクビラと午のインダラは使ったので残るは十柱。鬼だから丑か寅?そろとも犬のように忠実って事で戌とか……?
ん~。でも体は標準的なゴブリンだから、丑や寅ってのは似つかわしくないなぁ。
戌も捨てがたいけど……、俺の精神体を核とした擬似人格に操作させている事だし、猿真似から申のマコラでいいや。
「ソレトダ……」
俺が名前を考えていると、一号……、もとい、マコラが小声で話だしたので、インドラを寄せて顔を近づける。
しかし、マコラはそれっきり何かに集中するかのように口をつぐんだ。
「うん?」
マコラの奇妙な行動に俺が呟いた瞬間、顔を勢いよく上げて明後日の方向を睨み付けた。
「……ミョウナケハイガシタノデサソイヲカケテミタンダガ、イシキヲムケタトタンニケハイガカンジラレナクナッタ」
「なにか居たのか?」
「ワカラナイ……」
ふむ?マコラには気配感知の指輪から魔法を複写し、更に魔力で強化した『周辺感知』の魔法を身に着けさせているので、余程の相手でも無い限り捉え損ねる筈は無いのだが……。
「お前の力で見つけられない相手なんて居るはずないんだから、気のせいじゃないのか?まだ擬似人格を構成して間も無いし、上手く魔法が使えなくても仕方ないだろ」
しかし見方を変えれば、最初に僅かな気配を感じ、意識を向けた途端に感じられなくなったと言う事は、マコラの感知能力でも捉える事が難しい相手が居て、自分に意識が向いた事を察した相手が更に隠蔽の能力を強化したと考える事もできる。
なので、口では軽く言いつつ、同時に『精神感染』で伝言を送った。
――勘違いの可能性も否定しきれないが、オマエの魔法の力を考えればナニカが居たと考えた方が良いだろう。たとえ思い過ごしでも、後で吠え面をかくよりはましだからな。
――って事で、俺の言葉どおりに警戒を解け。
――俺達が気がついている事を、相手に気づかせるな。
「アア、ソウカモシレン。コノチカラハ、ハイドラットデスラミツケラレルンダカラナ」
それで良い。
現状では何も分からないが、何者かが姿を消して俺の周囲に居ると分かっていれば対策のとりようはある。
だが、警戒する事で相手が居なくなれば、次の動きの予想ができなくなるので手の打ちようが無くなるんだよなぁ。
「そんな事より、俺はトーラスの街に向かうから、お前はとっとと姿を消して森にもどれ」
と言いながらもう一度『精神感染』。
――『亜空間倉庫』の存在を知られたくないので、姿を消した後でゲートに入れ。
「ワカッタ」
マコラが姿を消した後に、『亜空間倉庫』で一瞬だけゲートを開き、マコラを亜空間に収容する。
さて、妙な気配の正体は気になるが、消えちまったんでは追いようも無いし、お土産が悪くならないうちに先を急ぐかねぇ。
・
休憩を挟みながらも、少しハイペースでインダラを走らせたので旅程は順調に進んだ。
猟師村で話の出た砦には半日ほどで到着し、特に騒動もなく通り抜ける事ができた。
ただ、城門で兵士に「……お前一匹だけか?飼い主が居るんなら、証明する物を出せ」などと言われた時には、腹が立ったが。
しかし、腹は立ったがそれ以上に、自分がこの国では人としてカウントされていないって事を思い知らされた。
ローウェル村長に書いてもらった身分保障を兵士に渡すと、兵士はそれに眼を通した後でたたみ直して俺に渡し、「ふん。いいだろう、中で騒ぎを起こすなよ」と、あっさりと通されたからだ。
きちんとした身分保障さえあれば通行を許すと言う事は、この兵士はゴブリンに対して敵意が無いと言う事だ。
それなのに、一匹だの飼い主だのと言うと言う事は、それがゴブリンに対する扱いとして当たり前だと言う事になる。
まぁ、猟師村の時には武装と取引材料を見せる事で同格を示す事ができたけど、砦では手土産もなく猟師村で購入した服装に着替えていたので、毛色の違うゴブリンとしての扱いしか受けなかったのは仕方が無い事だが。
正直なところ、こうなる事はある程度予想できたので砦を迂回したかったのだが、道を塞ぐように作られた砦は村の一つくらいならすっぽり入ってしまいそうな程度には大きく、さらに脇道もなかったので入るしかなかった。
いや、城壁沿いに草原を走れば砦の反対側に行けたと思うんだが、そんなマネをして余計な詮索をされるよりも、不愉快な思いをするかもしれないが普通に砦を抜けた方が安全だと思ったんだよねぇ。
まぁ、日除けの為のつばの大きな帽子と体を覆うマントのお陰で遠目にはラバに乗った小男にでも見えていたのか、砦に入る時に近づいて、帽子を脱いで挨拶をしてやると面白いくらいに兵士が目を剥いたのは笑えたので(勿論、顔には出していないが)、それでお相子と言う事にしておこう。
砦の内部は外から見たとおりに結構な広さがあって、中々賑わっていた。
石造りの城壁は四、五階建てくらいの高さがあり、その内側はファンタジー系のRPGに出てくるような建物が並んでいて、猟師村で味わったがっかり感を拭い去ってくれた。
できれば街並みを見て周りたい所だったんだが、急ぐ理由もあったのでそのまま通り抜けて西側の城門から出る。
道を塞いでいる砦の構造上、関所のような役割も想像していたが、入る時と出る時に身分保障の書類を見せただけですんなりと通れたので、肩透かしを食らったような気分になった。
……もしかしたら、身分保障のお陰かな?だったら、ローウェル村長に感謝なのだが。
砦を出た後はまた、休憩を挟みながら日が暮れるまでインダラを走らせ、日が翳りだしたら道を逸れて野宿の準備をした。「夜道を急いでいたら明かりが見えたので、挨拶がてら休憩しようと近寄ってみたらゴブリンだった」なんてのは怪談にもなりゃしないので、木陰に隠れて寝床を確保する。
向こうから近寄ってきたのに、勝手に驚いてパニックになられても困るからな。
しかし、トラブルの種を完全に排除する事は不可能だと思うが、できるだけ気をつけてはおきたい。と、思っていたのだが、ソレはその夜訪れた。




