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村長のログハウスを後にした俺は、バーンズの待つ倉庫に向かった。
できれば少し村の中を見て回りたいところだが、住人を刺激してトラブルを起こしてもまずいので、来た道をそのまま戻る。
ただ、これまでとは違い自分のペースで歩けるので、前よりも周りをよく見る余裕はあった。
この村に入った時に最初に感じた印象はみすぼらしさだが、よく見れば、壊れかけていたり、修復が雑だったりする家屋が多いのがその原因のようだ。
住人の諍いか、それとも森の動物の襲撃か、理由は分からないが、村中が壊れる規模か頻度で、そういった現象が起こっている可能性があるな。
距離も無いので倉庫にはすぐに到着したが、その道中一つの事に気が付いた。
明らかに先程よりも路上にたむろする住人の数が多いのだ。
大半は街中に紛れ込んだ猿にでも向けるような視線を向けているに過ぎないが、中には視線や物腰でちょっかいをかけてくる奴らも居る。
まぁ、俺の行動がそれだけ異常なのだと言う事なのだろうが、見世物になるのは気分が悪い。
だからと言って反撃する方法も無いので、コチラも観察させてもらう事にした。
流石に足を止めてジロジロと見ることもできなかったが、ゆっくり歩きながら視線をめぐらせるといくつかの事が分かる。
やはり最初の印象どおり皆体格が良い。
そして、ちらほらと見える毛皮の生えたヤツラが獣人なのだろう。
獣度と言うとへんな言い回しかも知れないが、それは人それぞれのようだ。
人と変わらぬ骨格をした二足歩行の狼もいれば、逆にほとんど獣のような特徴を持たないのに、人間として見ようとすると違和感を持つ印象の女もいた。
もう一つの人外である亜人の方は、エルフやドワーフと言った有名どころは見つけられなかった。
ただ、あきらかに成人の容貌なのに他の人間よりも頭三つほど小さなヤツラは、そう言う種族なのか、それとも単に背が低いだけなのか判別がつかない。
当然の事ながら、コイツラは全員森に入ってその恵みで生計を立てているんだろう。
つまり、俺よりも背の低い奴等も含めてそれなりに戦えるって事だ。
外層の魔獣の捕獲に手間取る程度とは言え、舐めてかからない方が良さそうだ。
しかし驚いたのは、明らかな敵意を向けてくるヤツラが居ないことだった。
勿論好意など少しも感じられないが、妖魔などと呼ばれて忌み嫌われている筈なのに、隙を見せたら殺されかねないと言うほどの危機感は感じられない。
思ったよりも差別は酷くないのか?とも思ったが、油断はできない。
今の俺は治安の悪い国の裏道を、夜に一人で歩いているのと同じ様なものなのだから。
と、そんな事を考えながら倉庫の中に入ったんだがバーンズは居なかった。
受付で聞いてみると、厩舎に居るとの事だったので場所を聞いてそこに向かう。
厩舎は倉庫の隣にあって、当たり前の事だが中には馬が居た。
毛の色も大きさも様々だがどれも足が太く、早く走ることよりも重い荷物を運ぶ事に向いているように見える。
バーンズはそんな馬の中でも小柄な一頭の前で、農夫のような格好の男と話をしていた。
「しかしバーンズさん、こいつは……」
「なぁに、買い手は群れ狼を素手で締め上げるようなゴブリンなんだ。コイツも今までのようには行かないさ」
近づくにつれて聞こえてくる会話が、微妙に不穏当な気がするのは俺だけか?
「あー、倉庫に戻ったらアンタがこっちだと聞いたんで来てみたんだが……」
本当は話が終わるまで待つ気だったんだが、妙な不安に駆られてつい声をかけてしまった。
「これはお客様、失礼致しました」
「いや、話の邪魔をしてしまってコチラこそ悪かった。で、ソイツが俺に買わせようって馬かい?」
「はい!三歳になるラバですが、大変頭もよく、足腰が強くて足も速い、良いラバです。
そして、ラバですので馬よりも粗食に耐え、病気や虫にも強く、蹄が硬いので山道や悪路でも良く働くでしょう」
ラバは……、確か馬とロバの合いの子だったな。
身長差を考えると俺の体格では普通の馬には跨るのも一苦労だろう。飛び乗れなくは無いが……、いや、背中に荷物を乗せようとすると無理があるな。
となると、これ以上成長しないこのラバは買いなのか?
セールストークは話半分としても、今後も取引をしたい相手に嘘は言わない筈だ。
バーンズが良いラバだと言うのなら、値が張ったとしても値段相応か、それ以上の価値があると見て良い。
ただ買うのは良いとして、気になるのはバーンズと男との会話だ。一つ、鎌をかけてみるかな。
「一つ確認しておくが、手に負えないじゃじゃ馬の厄介払いって訳じゃあないよな?」
「その分、料金は勉強させていただきます」
バーンズはしれっと、いい笑顔で言いやがった。「訳あり品ですがその分安くします。アナタなら乗りこなせるでしょう?」ってところか!?
クソッ!この男、舐めてない方が手強いじゃないか。
俺の出した注文に応じている以上、この挑発に乗らなければ確実にバーンズからの評価は下がる。
そうなれば今後の取引で主導権が取り辛くなるのは確実だ。
「分かった。で、なにが問題なんだ?」
「いえ、問題と言いますか……。
このラバは大変頭がよく、力も強いので、中々人の言う事を聞かないのです。今までにも数人のお客様にご紹介したのですが、どなたも言う事をきかせる事ができず、果てには蹴り殺される寸前になった方さえ……」
おいおい、随分と物騒な話じゃないか。
そりゃ、魔獣より強いって事はないと思うが、それでも頭に蹴りを喰らったら死にかねんよなぁ?
話題の本人はどこ吹く風でこっちを見向きもしない。さて、コイツをどう手なずけるか……。
やはり食いもんかな。とって置きのを出してやろう。
腰に幾つも下げた小物入れの一つから、肉片を一つ出してラバの鼻先で誘うように振る。するとラバはすぐに興味を示し、鼻を鳴らしだした。
さすが、恐狼の干し肉。時間経過で魔力が失われても、シメたての外層の魔獣の肉並みに魔力を保持しているだけの事はある。
ラバは俺と干し肉を交互に見ながら、まだ躊躇している。中々意志が固いな。
なら、クビラの時と同じ手ではどうかな?
喰らえ『精神感染』!
――美味そうだろう?これはプレゼントだ。代わりに何も要求しないから、安心して食うといい。
すぐには効果が出なかったが、やがて目の前の誘惑と内側からの声に我慢できなくなったのか、ラバが肉片に齧り付く。
――美味いだろう?ああ、そうだ、そんな美味い肉が食えるのはお前が特別だからだ。そして、それを与えた俺は更に特別な存在だ。
間髪いれずに、『精神感染』で説得の声を重ねる。
――もっと欲しいか?なら、俺に従え。俺の言う事に従ってさえいれば、また美味い肉を食わせてやる。
お、ラバが俺の手を舐めだした。
説得は成功のようだ。クビラの時には野生の上に魔獣だった所為か一度失敗したが、人に馴れている家畜だとこんな単純な精神誘導でも、あっさりと堕ちてくれたな。
「…………!」
男の方は驚いているが、バーンズはニヤニヤしているだけで、それほど驚いてはいないようだ。
期待には沿えたようだな。
「こいつの名前は?」
「ここでは18番と呼ばれていました。お客様がお付けください」
ラバだけど午って事でインダラで良いか。
十二神将に思い入れがある訳でも無いのだが、隠れ鼠に名前をつける時にクビラ以外に思いつかなかったので、そのつながりで名前をつけてしまおう。
……一々考えるのもめんどくさいし。
「では、お前の名前はインダラだ。これから、よろしくな」
撫でてやると、インダラが体を摺り寄せてきた。中々可愛いじゃねぇか。
干し肉を、もう一切れやろう。
その後、馬具や旅に必要な物を購入して残った金は銀貨が十枚ほど、これでトーラスの街で贅沢しないなら一月程度は生きていけるらしい。
買い物の後はジャックに案内してもらい、兵士の宿舎の中でも奥まった、窓のない一室で一夜を過ごした。




