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ジャックに案内された村長の屋敷は、屋敷と言いつつも、実際のところは大きなログハウス、と言った感じの建物だった。
しかし、中に入って案内された部屋の家具はしっかりして、室内も荒れてはいない。
中身の割りに、建物の外身がぼろいのは理由があるのか?
まぁ別に俺が詮索する事ではないが、魔獣が徘徊するような森の目と鼻の先に作られた村だし、色々と苦労があるのだろう。
部屋の中には俺の他に執務机に座る老人が一人。
ジャックは俺が部屋に入る前に一人で入り、中で何事か話し、俺と入れ替わりに部屋を出て行った。
「初めまして、わしの名前はローウェル。この村の村長を務める者じゃ」
「初めまして、ローウェル村長。俺の名はニグレド。見ての通りのゴブリンだ」
品のいい老人にも見えるがこの爺さん、目が笑っていない。
だが、だからと言って敵視している感じでも無く、なんと言うか見定められているような気がする。
「それで、ニグレド君は身分証明が欲しいとの事じゃったね?」
「ああ。マルグリットに書いてもらった書類だけじゃ心もとなくってね」
そう言いつつ、オオカミの皮で作った鞄からマルグリットに書かせた書類を出して、ローウェルに渡す。
「ふぅむ。……まぁ、これならば特に問題は無いと思うんじゃが?」
ローウェル村長はそれに目を通してから、そう言った。
「何事も無ければ問題は無いと思うんだが、俺をゴブリンだと侮る馬鹿は何処にでも居るだろうからなぁ。
若い女の書いた身分保障よりも公的な身分証明の方が、つぶしが利きそうだと思ったんだよ」
「なるほど、分からんではない心配じゃな」
いかにも納得ように頷くローウェル村長だが、その仕草が妙にイラつかせる。この感じだと試されているのか?
なら、もう一押ししてやろう。
「それに、貴族でも無い個人の書いた身分保障を奪われたからと訴えてもお上が動く可能性は低いが、公的な身分証明なら話は別だよな?」
人間の世界で、俺の権利を保障するのは今の所マルグリットの書類だけだ。これを失くした場合、馬鹿に絡まれて反撃しただけでも俺が捕まるだろう。
勿論、肌身離さず持っているのだが、どうしても手放す必要がある時がある。
例えば今のこの状態だ。
街の出入り口や関所みたいな場所で提示を求められたら渡さざるをえない。
役人だから信用できる?この国の役人をどの程度信用していいのかはまだ分からないので判断は保留にしておくが、日本ですらアレだけ馬鹿をやる人間が多いんだから、はなッから信じるのは危険だろう。
渡した書類を奪われ、街中に迷い込んだ異民族として身包み剥がされてからでは遅いんだからな。
「ついでに言えば、保険にもなる。
一通を奪ったからと言って調子に乗った馬鹿の目の前に、もう一通を広げてやったら面白いと思わないか?」
正直、そんな事にならないように準備しているのだが、なったらなったでとても面白い事になるとは思う。
ただ、今の俺では上手く後始末ができる自信が無いのでできれば避けたい。
しかし、あえて口に出したのは挑発の為だ。
もしかしたら友好的に話を進めたかったのかもしれないが、悪いが俺の方にアンタの厚意にすがれる余裕がなくってね。
すまないが、ビジネスライクに話をさせてくれ。
「……で、お前さんの身分を証明して、この村に何の利益がある?」
ほう、態度が変わったな。好々爺から老獪な狸ってところか?
「捕獲した魔獣を、この村で取引するだけじゃ足らないのか?」
「はっ!外層の魔獣程度なら、この村の狩人でも捕獲できん事も無いわ」
できない事は無いと言いながらも、できるとは言い切らないんだな。つまり……。
「中層の魔獣を捕獲して来いと?」
俺の言葉にローウェル村長が息を呑む。言葉尻をつかませて定期的に外層の魔獣を供給させるつもりが、予想の斜め上の返答を聞いて流石に驚いたようだ。
「そ、そんな事ができるのか?」
マルグリットの話では、トレットン子爵の一行はこの国でも有数の騎士や密偵を連れていたらしい。
それだけの人的資源をつぎ込む必要のあるのが中層の魔獣の捕獲であるのなら、ローウェル村長の驚きようも不思議じゃあないだろう。
何しろ目の前の黒いゴブリンは、自分にトレットン子爵一行と同等の戦闘集団がついていると言っているようなものなのだからな。
まぁ実際は俺一人で可能なのだが、それを言っても信じないだろうし、言う必要も無い。
「少なくとも狩る事は可能だな」
そう言って、暴狼の頭蓋骨で作った兜を軽く弾いた。
「しかし……」
「証明が必要か?」
ローウェル村長が言葉に詰まる。ここで「必要だ」と言える豪胆な人間はあまり居ないだろう。
なにしろ、ローウェル村長の頭の中では、俺の背後に強力なゴブリン集団が見えているはずなんだから。
もっとも、仮に必要だと言われても、予定が少し変わるだけで俺は大して困らないのだが。
「別にこの村の住人として登録して貰わなくても構わんさ。“この村と取引のある、蒼の森のはぐれゴブリン”って事なら、なんかあったとしてもアンタ達に迷惑はかからんだろ?」
ローウェル村長の驚愕が覚めない内にたたみかける。
精神的に強烈な衝撃を与えて、その隙にこちらの要望を飲ませるのはヤ○ザや詐欺師の手口だが、似たような事は普通の店の宣伝なんかでもやっているので問題は無いだろう。
「……ふむ」
「森に住むゴブリンが以前助けた人間に会いに行くので、取引のある村に身分証明を求めた。こう言う筋書きならそれほど不自然じゃあない上に、嘘も何一つ無い。
だからもし、俺がトラブルに巻き込まれてこの村に役人が来ても、アンタ達は詳しい事は知らないと正直に言い通せば、大きな問題にはならないんじゃないか?」
実際にそうなったら簡単には行かないだろうが、俺の知った事じゃあない。
しかし、逃げ道は用意してやったので、この村長さんが立ち回り方を間違えなければ大丈夫な筈だ。
「……いいじゃろう。で、ニグレド君は直ぐにこの村を発つのかね?」
僅かに疲れを滲ませながら、ローウェル村長がそう言った。
雰囲気は元の好々爺に戻っている。取引はここまでって事かな?
取引としてはほぼ失敗と言えるが、まぁ、仕方が無いな。
ローウェル村長としては俺と友好的な関係を作り、できれば定期的に魔獣を納入してもらえれば……とでも思ってたんだろうが、俺がそれをぶっ壊した。
その取引自体は俺にとっても大きなうま味があるし、友好的な人間というのはたぶん、得がたい存在なんだと思う。
しかし、現状でそれを受け入れると動きがかなり制限されてしまうので、今後の事を考えるとマズイ。
せめて集落のゴブリン達だけで外層の魔獣を生け捕りにできるようになっていれば良かったんだが、今更どうしようもない事だろう。
第一、ゴブリン達がまともに動けるようになるまで待っていたら、マルグリットに忘れられかねないしな。
結果的に手に入れたのは、俺は身分証明でローウェル村長は空約束。信頼関係もマイナスではないと言う程度。大口になったかもしれない取引の結果としては褒められたものではないが、まぁ目的の物は手に入りそうなので問題はないか。
「いや、馬の用意をしてもらっているし、この村で買い物もしたいので、出発は明日にしようかと思っている」
他にも一つ、この村でやっておきたい事もあるしな。
「そうか。では、身分証明は後ほど届けさせよう」
「ああ、そうだ。この村の中に、俺でも安心して眠れるような場所は何処かあるかい?何なら牢屋でも構わないんだが」
「残念ながら魔獣用の檻くらいしかないのう。兵士用の宿舎に部屋を空けさせよう」
「ありがとう」
礼を言って、俺は村長の居る部屋を出る。




