3-2
兵士に案内されて入った村の中は、思ったよりもみすぼらしかった。
人類文化圏とその外側との境界に位置する最後の砦……とか、一攫千金を狙う探検家や行き場のなくなったならず者が集う辺境の地、と言った感じの雰囲気を予想していたのだが、未舗装のメインストリートとその両脇に並ぶ木造平屋の家屋は、田舎のあばら家にも見える。
勿論ゴブリンの集落とは比べ物にならないが、中世ヨーロッパの街並みを期待したら中身は廃墟と化した西部劇のセットだった、と言っても過言じゃあない。
思ったよりも文明レベルが低いのか、それとも別の理由があるのか……。しかし、住人のほうは中々面白い。
警戒しているのか、武器に手をかけたり、座っているもののいつでも動けるように身構えながら遠巻きに俺を見る住人達は、よく見れば体形が歪だったり、獣のような容貌や特徴を備えたやつらが多かった。
コイツラが亜人や獣人なんだろうか?
ざっと見、人間とそれ以外では4対6って所だな。
しかし、住み分けがされているようではなし、上下関係があるようでもなし、少なくとも表面上は同等に共存しているみたいだ。
危険地帯の近くと言う場所柄もあるんだろうが、この国が比較的異種族に寛容ってのは嘘では無さそうだな。
それでも、妖魔とまで呼ばれているゴブリンである俺が、その寛容さを期待するのは危険だが。
ただ、狂犬でも見るような目を俺に向ける村の住民達は、体格の良い男ばかりで女や子供がほとんど居ない。
隠れているだけかもしれないが、もしかすると定住している村人は少なく、コイツラは出稼ぎでこの村に来ているだけなのかもしれないな。
だからと言ってどうだという話でも無いが、ちょっとした判断材料にはなる。
例えば、この村が蒼の森に入るための中継地点でしかない場合は、先ほどの疑問の答えにもなるだろう。
物資の集積や人員の一時待機程度の役割しか持たない程度の拠点に、金をかける意味はあまりないからな。
しかし、そうなると、ここでの買い物は最小限にしたほうが良いかな?
ここが中継地点だとすると、それほど距離をおかない場所に次の中継地点か大きな拠点が有るだろう。
だったら、この村で色々と買い込む必要は無い。こんな場所では物の値段も高いだろうしなぁ。
実際の所、トレットン子爵一行から得た道具があるので何も買わなくても良いくらいなんだが、トレットン子爵の魔法の道具は行方不明、と言う事になっている筈なので、トレットン子爵一行が持っていた道具を俺が持っていると知られるのはマズイ。
だからと言って、何日かかるか分からないが他の街に行こうって言うのに、手ぶらでこの村から出て行くのは流石に不自然なので、ある程度この村で買い物をした方が良いだろう。
情報が足りないので買う物は決められないが、最低限、水と食料に移動手段は必要かな?
などと考えつつ、周囲に目を配りながら兵士の後ろを歩いていると、兵士が大きな建物の前で足を止めた。
この建物だけは他の家屋とは違い、かなりしっかりとした作りで建てられている。何らかの重要な施設のようだ。
「ここで待っていろ」
そう言って建物の中に兵士が入っていった。出来ればこの時間を利用して周囲の店でも冷やかしたいところだが、下手に動くと住民が過剰反応する可能性があるので、大人しく待っているしかない。
「おい、こっちだ」
幸いな事に兵士はすぐに戻ってきた。兵士の案内で、さっきとは別の入り口から建物に入る。
建物の中にはごちゃごちゃとした荷物が立ち並び、その間を男達が忙しそうに行き来していた。
ぱっと見の印象は、大型の倉庫兼店舗と言った感じだ。
兵士が最初に入った入り口のほうにはカウンターがあり、その奥は事務所のように見える。
「アレが例の……」
俺が建物の中を見回している間に、兵士が一人の男に声をかけていた。
身長は兵士より少し低いが、体重は三割り増しと言った感じで、周囲で働いている男達よりは上等な身なりをしている。
責任者か何かだろうか?男は貼り付けたような笑みで俺を見つめていた。
「ワタクシが買取担当をしているバーンズです。本日は生きている群れ狼をお売りいただけるという事ですが、よろしいでしょうか?」
兵士と話していた男、バーンズが俺の所まで歩いてきて丁寧に一礼をする。
俺が人間なら当たり前の事かもしれないが、今の俺はゴブリンだ。今まで聞いて来た話や状況から考えれば、普通ではありえない事だと思う。
その証拠に、肉体的にも頭一つ分背が低いので見下ろされているのだが、目つきで精神的にも見下しているのがわかる。
心の内では「ゴブリンごときがこんな所に何をしにきた?」と言った所だろうか?
その視線に前世での記憶が疼く。
転生して人間関係がリセットした所為か、それとも、記憶を取り戻した後の半年間の孤独の所為か、とにかくすっかり忘れていたが……。
そう言えば、俺って人間が嫌いだったんだよな。
小さな頃からって訳ではないんだが、色々とあって誰も信用できなくなり、更に色々あって世の中の人間全てがそうでも無い事を知った。
無条件で信頼できる人間も皆無ではない事は分かったし、大半の他人は自分の利益になるか自分の利益が損なわれない限り敵にまわる事が少なく、利益を与えてやれば俺の味方になりえるのも学んだ。
だが、ほんの僅かな例外以外の人間は、他人の事情より自分の楽しみを優先するクソでしかない。
勿論、俺を含めて、だ。
平気で嘘をつき、悪意なく人を陥れ、無邪気に人を傷つける。それを悪いとは言わない、人間の本質のような物だろう。だからこそ、不快なのだが。
この世界でも人間は同じなのか?
いや、ゴブリンの事を考えれば、知的生物ってやつは基本的に同じ様なクソなのかもしれない。
欲望がなければ生存競争には勝ち残れないし、自分を優先させなければ他人に蹴落とされるしかないんだから。
モノを考える事が出来ると言う事は、そう言う事なのだろう。
それでいて、生き残るために群れを作っても、結局それを存続させる為のルールに縛られ、そのストレスで己を苛む。自我の強さが邪魔をして、社会性生物としては上手く機能しないんだよなぁ。
不完全で未完成。なのに、世界の中心に己を据える愚かな存在。
ああ、そうだ。俺を含めて、全部クソだ。
……しかし、まぁ、被差別種族相手に表面上だけでもまともに相手しようとしているコイツは、まだましな方なのかもしれないな。
少なくとも、俺の事を商売相手と見ているなら、敵だと思う必要は無いだろう。
「お客様?」
バーンズが不審げに俺に聞いて来た。思考を落ち着かせるのに時間をかけすぎたか。何時もとは逆に、前世の記憶が邪魔をしてくれたようだ。
「ああ、わるい。そうだ、コイツを買い取ってくれ」
軽く頭を振って、周囲にいた作業員に群れ狼を渡す。
「では……」
「っと、その前に一つ教えてくれ。俺にはソイツがいくらで売れるか分からないんだが、トーラスの街に行って、向こうでしばらく滞在し、そして帰って来れるくらいの金額にはなるかい?」
群れ狼の鑑定に入ろうとするバーンズを、強引に呼び止めて聞く。
「それでしたら……」
「まぁ、ついでに向こうで買いたい物もいくつかあるんだが、それは向こうで値段を調べてから考えるよ。また魔獣を捕獲すれば、金はどうとでもなるしな」
みなまで言わせず、不快気に口を開いたバーンズの言葉をもう一度さえぎる。要は「足元を見るのは構わないが、次の取引の事も考えてくれよ?」と、釘を刺した訳だ。
俺の言葉で、バーンズの顔色がコロコロと変わったのが面白い。
薄ら笑いが言葉をさえぎられた事で苛立ちに赤くなり、その後青くなった。
この場で群れ狼を買い叩く事は容易いが、そんな事をすれば最悪、俺が二度とこの村に取引に来ないのが理解できたんだろう。
生きたままの魔獣の価値は把握できていないが高額なのはたぶん間違いなく、今後も出来たはずの取引を不意にすれば、バーンズの立場はかなり悪くなるに違いない。
「……お客様は、なにかお乗り物をお持ちでしょうか?」
ほう?憑き物でも落ちたかのように雰囲気が変わったな。俺がバーンズの言葉を続けさせなかった理由が分かったのか?
だとしたら、うかつな事を言わせなかった俺に対して感謝すらしているかもしれない。
これが個人商店なら別だが、雇われている人間にとって、所属している組織の利益を減らすってのは自分の進退にも直結する話だからな。
もしバーンズが理解できなかった時には、そこを突いて色々と頼み事をする事も考えてはいたんだが、少し当てが外れたようだ。
まぁ、それはそれで面白いんだがその後の収拾が大変だし、なにより、雰囲気が最悪になって取引は続けられなくなるのはマズイ。
それに、バーンズの失態を種に譲歩を迫るのは、後ろ盾のない俺に少しばかり難しいのも確かだ。
それよりも、見えない貸しを作って精神的に優位に立った方が堅実だし、バーンズも気持ちよく俺の為に働いてくれると思うので、この一連の流れは俺にとっても好都合ではある。
「いや、持ってないな」
自転車があるが、人の目のあるような場所では乗りたくはない。
どう考えても悪目立ちしかしないからな。
「でしたら、三日後に乗合馬車が到着する予定ですので、それをご利用いただければ、紅月の六巡りほどでしたらトーラスの街でご滞在できるかと思います」
紅月の六巡りとは、この国の暦で六ヶ月になる。他の国ではどうなのかは分からんが、この国では四季が無いせいか暦の概念が前世の世界とは違い、三つある月で形成される太陰暦が採用されている。
そのうち赤道上をめぐり約三十日で月齢が一周する紅月と、子午線上をめぐり約三百六十日で月齢が一周する蒼月がそれぞれ月と年に相当するが、どちらも微妙なずれがあるのでかなりいい加減だ。
なお、もう一つの月は翠月と呼ばれているが、軌道が楕円なのか日常で使われる暦にはあまり顔を出さない。それでも百日前後に一度満月となるので、翠月の一巡りと言うと大体百日と考えていい。
しかし、群れ狼一匹で六ヶ月遊んで暮らせるのか……。一見するといい儲けになりそうだが、捕獲が条件なのは結構厳しいな。
「三日も足止めを食らうのは面倒だな。他に行く方法は無いのか?」
マルグリットや街の有力者への土産がナマモノなので、できるだけ早く移動したいのだが……。
「一人旅はあまりお勧めできませんが、この村の西の出口から道なりに進めば馬車で一日ほどで砦に、砦からは宿場町を一つ挟んでトーラスの街に到着しますので、馬があるのでしたら二日から三日、無いのでしたら五日から七日ほどの旅支度が必要になります」
馬の足で二日ねぇ。自転車をとばせば一日でいけそうな気もするが、未舗装路だときついかな?
いや、それ以前に人の目のある所では自転車は使わないんだった。
「乗合馬車って事は他にも乗客が居るんだろう?中層の魔獣を一人で相手できるほどの相手でもなければ負けはしないが、乗客がいらん色気を出した場合は面倒な事にもなりかねないから、やはり一人で行く事にするよ」
正直な話、人間相手に勝てるかどうかは分からないので今の言葉はハッタリだ。
知識としては兎も角、格闘技の経験なんてほとんど無いから、俺の戦い方はほぼ我流だったりする。
だから獣相手とは違い、戦い方を知っている人間相手だとあっさりと負ける可能性もあるんだよなぁ。
「って事で、トーラスの街での滞在費が減ってもいいから馬を売ってくれないか?
俺でも乗れる位の小さい奴が良い。それと、この村が発行する身分証明も欲しい。勿論礼はする」
「馬のご用意は出来ますが、身分証明はワタクシでは発行できませんので、少々お待ちください。おい、ジャック!」
バーンズが近くで作業していた男を呼び、ナニカを言付ける。
「お客様、このジャックが村長の屋敷まで案内しますので、そちらで身分証明を受けてください。ワタクシはその間に馬の手配をしておきますので」
「分かった、ありがとう」
俺はバーンズに礼を言って、ジャックと呼ばれた男に続いて建物を出た。




