2-10
目が覚めると、三度目の大幅な魔力の上昇に、気分は極めて高揚していた。
さすがに苦戦させられただけあって、恐狼一匹で増えた魔力はかなり多い。
今なら群れ狼や火炎鹿程度だったら素手でも殴り殺せそうだ。
これなら、人間相手でもこそこそする必要は無いだろう。あまり弱い振りをすると馬鹿が調子に乗るかもしれないしな。
威圧係にする予定だった二号も死んでしまった事だし、少しくらい装備を派手にしても良いかもしれない。
さて、今後の事だがどうしたものか。
集落はぼろぼろで、住人であるゴブリン達も生き残っているのは三分の一ほど。
繁殖力が強く生き汚いゴブリンだから、時間はかかるかもしれないが、俺が居なくても集落を立て直す事は可能だろう。
獣や魔獣に襲われて、壊滅する可能性もあるが、かと言って、ある程度復興するまでこの集落に縛られるのは時間と手間が惜しい。
真面目にやれば、年単位で拘束される可能性だってある。
多少、情がわいてない事も無いんだが、当初の予定通り、このままマルグリットの所へ行くのが上策か……?
しかし、アイツラを放置して街に行く事にもリスクはある。
俺が一時的にでもアイツラの長だった事実は消えないので、何らかのトラブルが発生した場合、俺にまで余波が及ぶ可能性は否定できない。
それ以上にまずいのは、アイツラが俺にとっての弱点になる事だ。
別に人質にとられても困りはしないが、見捨てた場合の悪評は状況次第で致命的になるかもしれない。
それ以外にもこの惨状で見捨てた事を恨んだり、逆に戻ってくる事を恐れて俺の不利益を働く可能性だってある。
――放置するくらいなら皆殺しにしたほうが後腐れないかな?
なぁに、俺が出かけている間に魔獣に襲われて集落は壊滅ってシナリオで問題は無い。
ゴブリン達はまだ五十人近く残っているが、広場に全員集めてマシンガンで掃射すれば大体は片付くだろうし、残りは一号に任せれば感知能力を駆使して掃除してくれるだろう。
埋めてしまえば態々掘り返すやつも居ないので、死体の痕跡からばれる事も無い。
後はスッキリとマルグリットの元へ向かえると言うもんだ。
……いや?昨日あれだけ恐狼の肉を食わせたゴブリン共が、マシンガンの掃射で片が付くか?
守り人程度なら何とかなる……。と思うが、もしかしたらそれ以上の力を得ている可能性もあるんだよな。
魔獣の肉を食った場合、魔力に差があるほど上昇率は顕著だとマルグリットは言っていた。なら、最低レベルのゴブリンが最高レベルの恐狼を食った場合は……?
殺せないとは思わないが、取り逃がす可能性もある。
皆殺しにできないのなら、いらない恨みを買うようなマネは控えるべきだろう。
恐狼の肉を振る舞ったのは失敗だったかなぁ?
昨日の時点ではあれが正しいと思ったんだが、少し考え無しだったかも知れない。
まぁ、ゴブリンを嫌う気持ちは大分薄れてきているので、殺せないのが残念だとは思わないがな。
しかしそうなると、ゴブリン達の利用価値を考えた方が良さそうだ。
いや、利用方法ならいくらでも有るんだが、問題は労力に見合う効果があるかどうかなんだよなぁ。
百の労力で十の結果しか出せないのならやる意味は少ない。
今後の為の経験が得られると考えれば、少しくらいは無理をしてもいいんだけどねぇ。
いや、経験か……。
とりあえず、その方向で考えてみようか。
ゴブリンをまともに働かせられる体制が作れれば、後々組織を作る必要が出てきた時に活用できるノウハウが手に入るだろうし。
しかし、ゴブリンを働かせる……、ねぇ。
問題点は山ほど思い浮かぶが、最大なのは“自制心の無さ”かな?
ゴブリン達は欲望の誘惑に本当に弱い。
強い者には従うが、見ていないところでは好き勝手やっている。
暇な時にクビラを使ってこの集落を覗き見てみたが、守り人の最高位であり固有魔法を持つバグバの指示ですら、あまり徹底されていないのが実状だ。
保存庫の食料はちょろまかされ、隠れてサカリ、弱者を殴り時には殺し、言いつけた仕事は半分もこなせない。
まともに使おうとしたら頭を抱えるレベルだな。
まともじゃなくても良いと言うなら、恐怖で縛るか、適性にあった仕事を与える、くらいか?
勿論適正と言うのは暴力的な部分だ。つまりは戦場で使うか、強盗でもやらせるのが手っ取り早い。
ただ、数は力と言っても、烏合の衆ではあまり意味を成さないんだよなぁ。
弱兵でも統率が取れれば使いようはあるんだが、調子に乗ったら突出し、不利になったら壊走するような兵士ははっきり言って使い物にならない。
それでも、状況を限定すれば使いようはある。
数人で組ませて狩りをやらせればそこそこの獲物を持って帰ってくるし、たまにだが魔獣も狩って来た。
ゴブリンは夜目が利くから夜間の斥候狩りには最適だろう。後始末を考えなければ殲滅戦などにも使える。
まぁ程よく飢えさせて上手くコントロールするのは難しいかもしれないが、低コストで使い潰せる駒として考えるなら悪くは無い筈だ。
そう考えると、この集落をある程度纏め上げているバグバは得難い人材ではある。
いっそ全てをバグバに任せて逃げたいところだが、何かあった時に泣き付いて来たり、尻拭いをするハメになる可能性があるのでそうも言っていられない。
やはり、皆殺しに……はできないから、どうにかして使えるようにしなくてはならないのだが……。
……ああ、そうか。要は使いようなんだよな。
このままでは使えないと言うのなら、使えるようにしてやれば良いんだ。
幸いにも俺には『精神感染』がある。暗示で精神改革してやれば、労働の喜びに目覚めてくれるだろう。
・
「長。これで生き残ったゴブリンは全部だ」
「うむ」
壊されること無く残っていた小屋の上から見下ろすと、小屋の前には妙にぎらぎらとした目のゴブリン達。コイツラも魔力が上昇して、テンションが上がっているのか?
「お前ら、美味い物を食いたいか?」
言葉を切るが、ゴブリン達に反応が無い。
「お前ら、力は欲しいか?」
言葉を切る。まだ、反応は無い。
「俺に従うのなら、そのどちらもくれてやる」
ゆっくりとゴブリン達を見回すが、やはり反応は無い。
おかしいな。俺の言葉に関心がもてないにしても、ここまで無反応なのは異常だ。
「だが、従う気の無いヤツは去れ!」
去るどころか、ゴブリン達は微動だにしない。興味がないと言う訳ではないのか。
「居ないのか。なら、俺の眼を見ろ!!」
「「「「おう!!!」」」」
ゴブリン達は吼えるように答えた。
ありゃ?なんか俺に対する忠誠心みたいなモノを感じるな?
ゴブリンごときがそんな馬鹿な……。と言うのは流石に言いすぎでもないような気がするが、一時的な熱狂だと考えると分からなくも無い。
ゴブリン達の視点では、俺は集落を壊滅させるようなバケモノオオカミを倒すほど強く、しかも、その肉を分け与えるほど気前が良い長に見えているんだろう。
なら、余所者の上に肌の色が違うとしても、従っておいた方が得だと考えても不思議ではない。
もっとも、なにか大きな失敗でもすればあっさりと手の平を返すんだろうけどな。
となると、暗示の内容を変更したほうが良いか?うまくすれば、狂信的な忠誠を誓う手駒が手に入りそうだが……。
いや、やめておこう。
王様をやるつもりも無いのに下手に大掛かりな組織を作ると、人間かダークエルフに目をつけられて潰されるのが目に見えている。
大きな組織を作るなら、もっと力とコネを手に入れてからだ。
だから今は予定通りの内容で『精神感染』を使い、ゴブリン達の精神に直接暗示をかけよう。
内容はこうだ。
労働や鍛錬に快感を覚え、規律に従う事に安心を得る、安閑や暇を退屈と感じ、仲間から逸脱する事に恐怖する。
何も強制はしない。快楽の為に行動し、安心の為にルールを守る。退屈を好きだと言う者は居ないだろうし、仲間に依存心を植えつければソコからはみ出さないように努力してくれるだろう。
カルトなんかの洗脳だと一つ一つの条件付けに手間と小道具が必要になったりするらしいのだが、『精神感染』は一瞬でも受け入れてくれる下地さえ作れれば、後は好きにできるので楽で良い。
もっとも、“魔法”と言いながらも催眠暗示や洗脳に毛の生えた程度の事しかできないので、同じ系統の長の固有魔法に比べればかなり見劣りするが。
恐狼を食ったお陰で魔力の器に余裕もあるし、もう少し機能を拡張してみようかな?
いや、他人なんか支配しても面倒なだけか。
必要ならいくらでも他人を動かす方法なんてあるし、ネタがばれて対処されたら致命的な隙にもなりかねない。
自分の身を守れて、説得や教育の時間を短縮できる程度の能力の方が、応用も利いて使いようもあるだろう。
っと、いらん思考にふけっている場合じゃないな。
ゴブリン達の精神革命は成功したかな?上手く自己啓発してくれると、優秀な労働者が誕生してくれる筈なのだが……。
ゴブリン達は何も見ていない視線を俺に向けながら、いまだに微動だにしない。
まだゴブリン達の脳内では、俺の『精神感染』が説得しているのだろうか?
「……長。一体、こいつらに何をしたんだ?」
痺れを切らしたかのように、バグバが聞いて来た。
コイツには先に俺の眼を見るなと言い聞かせていたので、『精神感染』はかかっていない。
俺以外全員働きアリでは、この集落を空ける事もできなくなるからだ。バグバには、引き続き集落の管理責任者をやってもらわなくてはならない。
まぁ、上手くいけばバグバも今までより格段に楽にはなるだろう。
「俺は前の長の力を少しばかり手に入れていてな。その力で、集落のゴブリン達に勤勉な労働者になってもらった」
「なぜ、そんな事を!?」
「ん?そりゃお前、集落を再構成するのに人手が要るだろう?」
「だからと言って、集落のゴブリンを全て木偶にしてしまっては……」
俺のやる事ならなんでも従うかと思ったが、意外に強く拒絶するな。……バグバにとって前の長の固有魔法はそんなにトラウマだったのか?
「ああ、そうか。
俺の力は前の長ほど強力じゃないからコイツラは木偶にはならんよ。
しかし、言葉だけでは安心できないか。……なら、オマエも味わってみると良い」
俺に向かって掴みかかるような勢いのバグバに向かって、『精神感染』で作った精神体を送る。
精神体と同調している訳ではないので俺には分からないが、俺の目から放たれた精神体はバグバの目を通って、バグバの脳に直接イメージを届けているはずだ。
前の長の固有魔法ほど威力の無い俺の『精神感染』は、強引に精神を破壊するような真似はできない。
だが、対象者の脳内情報を利用し、自分で自分を説得してもらう事で俺の思惑通りの行動を起こさせる事が可能になる。
例えば、集落のゴブリン達には自分達がいかに無駄な人生を送ってきたかを訴え、俺の言葉に従う事で輝ける未来が待っていると説得し、信じさせている。
バグバには、俺の『精神感染』によって労働の喜びに目覚めたゴブリン達が、バグバの指示に従い集落を大きくしていく光景を見せている筈だ。
人は信じたい物を信じる。それはゴブリンでも同じだろう。
過去の苦い経験を餌に、約束された未来という空手形を掴ませるのはそれほど難しい事ではない。
はっきり言って、やっている事は詐欺師の手口と変わらないが、俺の『精神感染』は精神に直接作用するので舞台装置がなくても効果は抜群だと思う。
しかも精神体を常駐させれば、時間経過と共に暗示はより強固の物となる。
最後には、自分の意思でそういう結論に至ったのだと思い込んでくれるだろう。
「俺の能力は分かったか?
前の長ほどこの魔法に適性がなかったのか、面倒臭くても働いたり鍛錬すればそれに見合った実りが得られると教えたり、無価値で意味が無いと思い込んできた物事の見方や感じ方を変える事で、ソレラの価値と意味を理解させる程度の事しかできないから安心しろ」
まともな精神状態の相手には、な。
イルメラのように精神的に疲弊した相手にならもっと色々できるが、そこまで教える必要も無い。
「あ、ああ。……確かに、集落を立て直すにはこいつらには働いてもらわなければならないな」
ふむ?先ほどまでの態度の割りに、意外とすんなりと受け入れたか。
普段のゴブリン達の態度に腹を据えかねていたのか、それとも明るい未来に毒されたのか……。
少し注意しておいた方が良いかもしれないな。バグバが暴走した場合、どうなるか予想がつかん。
「だろう?壊滅と言ってもいい被害が出てしまった以上、手段なんか選んではいられないんだ」
しかし、バグバの暴走も怖いが、早急に体裁だけでも整えないとイルメラに見限られる可能性もある。
ジレンマだが、まずは復旧を優先させて後は様子を見るとしよう。
「……それとだ。昨日の一件で思い知ったが、ゴブリンは弱いな」
「それは仕方が無いだろう。あんなバケモノオオカミ相手に敵う訳が無い!」
そりゃそうだ。大人と子供、どころか戦車とミニカーくらいに戦力差があったからなぁ。
だが、そういう問題では無いんだよ。
「しかし、俺は勝ったぞ?」
「それはあんたが凄いだけだ!」
「その俺もしばらく前までは、オマエより弱い普通のゴブリンだったが?」
「だからと言って、あんたの様に誰もがなれる訳が無い」
「俺が幸運だったのは認めよう。だが、その幸運は誰からもたらされたと思う?」
「どう言う事だ?」
「この武器も魔法も、人間を助けた代価に手に入れたんだよ」
理論のすり替えだが、俺が合意の上でこの集落を離れるにはバグバを納得させないといけない。
面倒だが利用すると決めた以上、ある程度スジを通さないとなぁ。
「人間……、だと?」
「そう、人間だ。
アイツラは凄いぞ。魔法は兎も角、中層の魔獣ですら易々と切り裂くこの剣のような魔法の武器がもっと手に入れば、集落は更に大きくなると思わないか?」
「……あんたは人間につくと言うのか?」
「はははははっ!まさかだな!
人間は俺が役に立つと思えば利用するだろうが、必要なくなればあっさりと切り捨てるだろうさ。
そんなヤツラに使われてやる気はない」
これは割と本心だ。
今の俺がゴブリンである以上、どう足掻いても人間に受け入れられる事は無いと考えた方が良い。
なら、ゴブリンとして生きるのかと言われると頷けないのは我ながら中途半端だが、別に決まった生き方に固執する必要も無いと思うので、俺の好きに生きようと思う。
「だが、魔法の道具や知識は欲しい。
……で、だな。俺はしばらく集落を離れて人間の街にもぐりこもうと思う」
「そんな事が可能なのか?」
「やってみなければわからん。
しかし、前に助けた人間にはまだ貸しがあるから、多少の勝算はある」
「……わかった、俺はどうすれば良い?」
「お前は集落を立て直した後、コイツラに俺が薬師達に指示した薬を作らせろ。
この集落では他にいい金になりそうな物は無さそうだからな。
……後の事は任せたぞ」
他のゴブリン達はまだフリーズ中だが、バグバの説得に成功したので後を任せても大丈夫だろう。
結果が出るまで突っ立っているのも時間の無駄なので、俺は次の作業に移る。
装備の更新に、『亜空間倉庫』の能力の確認。恐狼の素材は使い道が見つかるまで保留するにしても、固有魔法の方は解析しておきたい。
今回切り札の一手となったドライアイスも製造しておきたいし、その保存用の頑強な容器も作る必要がある。
それ以外にも手近な物で作れる強力な武器も考えておきたい。
人間の街に行く前にやらなきゃならん事も多いんだよなぁ。




