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「良く来てくれた。
聞きたい事は多いので、まずは座ってくれ」
集落の中では一番立派な小屋とは言え、所詮、未開の蛮人レベルでの事だ。
床があるだけ他の小屋よりましだが、椅子なんて上等な物は無いので床に敷かれた毛皮の上を適当に指し示し、俺も小屋の奥で胡坐をかく。
イルメラが、軽く会釈してから座った位置は一メートルほど離れた俺の対面。会話をするには不都合は無いが、初めて会う相手と商談をする距離としてはかなり近い。
「お招き頂きまして、有り難うございます」
「いや、こちらこそ。いきなり呼びつけたのに来てくれて感謝する」
「わたくしは行商を生業としてますので、商談の場に参るのは当然ですわ」
イルメラが艶やかに笑う。
この女、一人で旅をする女行商人にしては色気が強すぎるな。座った位置と言い、ワザとやってるのか?
「そうか、なら商談に移ろうか」
まぁイルメラの作戦に乗ってやる必要も無いので、ここは流しておこう。
「集落の取引では魔獣の素材を対価にしているとバグバに聞いたので、コレを用意したが問題は無いか?」
差し出したのは、魔獣の皮と骨が一頭分。普通の火炎鹿の物だ。
情報は喉から手が出るほどほしいが、普通に聞いたところでイルメラが聞きたい事を全て話してくれるとも思えない。
なので、少しばかり策を弄させてもらおう。
「はい。傷もほとんどありませんし、この素材でしたら大抵の事はお話できます」
大抵、ねぇ?
「そいつは良かった。聞きたい事は色々とあるが、まずは魔獣の事を教えてくれ」
「承知しました。では……」
森に住む妖魔だけあって、イルメラの話はマルグリットよりも詳細で、蒼の森西方一帯や北の山脈で見られる魔獣まで網羅していた。
蒼の森西方では基本的に、叫兎等がいる外層、暴狼等がいる中層、そして恐狼がいると言う深層に分けられているようだ。
魔獣がその場所で発生する、と言うより、強い者が奥地に向かい弱い者は淘汰される、と言った感じらしい。
しかしなぜ、強い者が奥地に向かうのかは分からないとの事だ。
北の山脈については、こんな魔獣が居るらしい、と言う程度だったが、いくつか興味を引く固有魔法を持つ魔獣もいたので、機会が有れば探しに行こうと思う。
他に、有用な草花の話や人間の国の話、ゴブリンの集落やオーガ、ダークエルフの事などを聞いたが、集落のゴブリンから聞いた話と大差がなく、ついでにイルメラの事も聞いてみたが、はぐらかされてしまった。
まっはなっから、この女が俺の知りたい事に全て答えてくれるなんて思ってはいなかったので問題は無い。
「なるほどな、大体分かった。後一つ、教えて欲しい」
「なんでしょう?」
神妙な顔をして聞く俺に、イルメラも真剣な顔で聞き返した。
「この森に住むゴブリンは緑の肌ばかりらしいが、俺のように黒い肌のゴブリンの事をナニか知らないか?」
俺の言葉にイルメラが考え込む。
本題までの繋ぎのつもりで聞いて見たんだが、思ったよりデリケートな問題だったかな?
今更取り下げる事もできないから、面倒な話になりそうなら話が大きくならないように適当に流すとしよう。
「……わたくしもこの森の外に出た事はありませんので他の地域の事までは存じませんが、黒い肌のゴブリンと言うのは聞いた事がございません」
なんだ?考えた割りに、普通な答えが返ってきたな。
そうなって来るとさっきの間が気になる。少しつついてみるか。
「となると、やはり他の種族の混血か?例えばお前たちダークエルフとかの」
「黒い肌でしたら、わたくしどもダークエルフ以外にも南方の人間や、北の山脈に黒い肌の小人族でドヴェルグと言う鍛冶を得意とする種族が居たと、聞いた事がありますわ」
少しいやらしく聞いてみたが、イルメラは微笑を崩さずに答えた。
しかし、僅かだがその微笑に違和感を感じる。
どうやら俺がダークエルフの血を引いている可能性が、イルメラの言葉を鈍らせたようだな。
となると、ゴブリンにダークエルフの血が入っている事に忌避感が有ると考えていいのだろうが、そんな女がなぜゴブリン相手に行商をしている?
ゴブリン自体に対して嫌悪感がない……、としても、俺に対して態度が変わらないのは自制心の賜物だろうか?
まぁ、イルメラの事情はどうでも良い事だが。
しかし、瓢箪から駒ではないけれど、面白い情報が聞けたな。
「鍛冶が得意な小人族?」
俺の固有魔法から考えると、その小人族が先祖返りの元と考えていいだろう。
俺の出自自体もどうでも良い事だが、北の山脈に居たとすると丁度良い。
「ん?居た。と言う事は、今は居ないと言う事か?」
「なにぶん私も伝え聞いただけですので、詳しい話は……。
ただ、北の山脈から時折、場違いなほど強力な武具が見つかるのですが、それを作ったのがドヴェルグだと言われていますの」
俺がドヴェルグに興味を持った事で、イルメラの気配が少し和らいだ。
上手く誤魔化せたと思ってくれたら俺としても都合が良い。安心は人の口を軽くするからな。
「北の山脈……。山が連なると言うのだから、広大なのだろうなぁ」
「大陸の西側を南北に分けるほどの山脈ですから。最も高き山は、頂上が天を突くほどだと聞いております」
大陸の西側を南北に、ねぇ。蒼の森の外の事も結構知っていそうだなこの女。
「火を吹く山と言うのもあるらしいな」
「良くご存知ですね」
唐突な俺の言葉に、イルメラの声に驚きが混じる。
少し強引だったかな?森の中に生きるゴブリンが山の事を知っているのは我ながら不自然だと思うが、できれば火山の有無を確認したい。
「うむ、そこでは酷い匂いのする水が湧き、溶けた岩の流れる川があると、書物で読んだ事がある」
「書物……?」
まるで、理解できない言葉を聞いたかのように、俺の言葉をイルメラが口にする。
さすがにゴブリンが本を読むと言うのは、無理があったか。
マズイな、辻褄合わせでぼろが出そうだ。
「人間の死体が持っていた荷物の中にあった物だ。確か博物誌……と言ったかな?」
これで納得してくれるとありがたいが、何処で字を覚えたかと聞かれると困るな。
「ああ、人間の……。たしか、北の山脈にはそう言った山もあると聞いた事がありますわ」
数秒ほどフリーズしていたイルメラが、俺の言葉で再起動してそう言った。何とか誤魔化せたかな?
それにしても、火山の存在が確認できた事は嬉しい。火山なら高い確率で硫黄が手に入るだろう。
硝石は既に、集落の便所や家畜小屋の土から採取済みだ。これで硫黄が手に入れば、『自在工房』で硫黄と硝石から硫酸を、硫酸と硝石で硝酸を、そして硝酸と硫酸があれば、脂肪から抽出したグリセリンでニトログリセリンが、植物繊維からニトロセルロースが作れる。
この二つはダイナマイトと無煙火薬の主原料だ。前世ではゲル化に失敗して自爆してしまったが、今度こそ完成させたいもんだ。
さて、聞きたい事は聞けたから、あとはどれだけ情報を引き出せるかだな。
「では、本題といこう」
と、言いながら暴狼の素材を一体分、イルメラの前に置いた。隠しておいた“とっておき”と言った感じで。
イルメラの目が、一瞬だけ、強張る。
うんうん、さっきより上質な報酬を提示したんだから、商売である以上それに見合った情報を教えなきゃならんよな?
「オマエが知るこの森の事を教えてもらおう。
ゴブリンの知らぬ草花の薬効。他のゴブリンの集落の位置と状況。ダークエルフやオーガの実情。北にあると言う人間の国と蒼の森の関係。
そして、森の秘奥に存在するモノの事を。全部だ!」
「ぷっ、あはははは。承知いたしましたわ、ニグレド様。わたくしの知る限りの事を、お話いたしましょう」
俺の拙い交渉方法に、イルメラは朗らかに笑い。今まで見せなかった表情でそう言った。
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イルメラとの会話は、休憩を挟みながら数時間に及んだ。
と、言ってもほとんどの時間は雑談をしていただけだが。
結局、暴狼の素材を渡した事で火炎鹿の時よりも詳細な情報は得られたが、火山の情報ほど有益な話は無かった。
まぁ、暴狼の素材を渡したからと言って、たいした情報を得られると思っていなかったので問題はない。
イルメラが素直に欲しい情報をくれるとは思ってはいなかったしな。
だったら、何でこんな回りくどい真似をしたのか?と言われれば、イルメラと仲良くする為だ。
愚かなゴブリンが、必死になって情報を得ようとしているとイルメラが思ってくれたのならなお良い。
さらに、俺が火山に興味を持っていた事を忘れてくれれば最高だ。
敵対する必要が無いのなら仲良くした方が面倒がなく、侮っていてくれれば警戒されるより楽だからな。
「日が暮れてしまったな。イルメラ、今夜はこの集落で泊まって行くか?」
「よろしければ」
「ふむ。では、小屋を一つ空けさせよう」
「いえ、それでは申し訳ありませんので、ニグレド様の小屋にお泊めいただけませんか?」
こいつ、誘っているのか?思ったよりも親密度を上げすぎた……、訳は無いな。体を使って探りを入れにきた可能性が一番高い。
しかし、体まで使う意図が読めない。
ゴブリンにダークエルフの血が混じるのは不快だと思ったんだが……。体を合わせる事自体は大丈夫なのか?
避妊が完璧なら、セックスはコミュニケーションツールやスポーツだと考える人種も前世では居たしなぁ。
なら、こちらももう一段階踏み込んでお相手するか。
「いいだろう」
楽しい夜になりそうだ。




