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あの宴会から半月程が経つ。
俺はその間、鬱々と過ごした時間を取り戻すかのように精力的に動いた。
先ず手がけたのは情報収集だ。
昼間に薬師から薬草や毒草の知識と、狩人から狩りの知識を学び、夜には呼び出したバグバから蒼の森で知っておくべき事を聞いた。
その中で一番驚かされたのは、やはりバグバの話だった。
弱肉強食の激しいこの世界だけあって、植物の話も過激なモノが多かったし、便利な道具に頼らない魔獣狩りの方法も興味深かったが、この森でのゴブリンの立ち位置やゴブリンの生態、他の種族との関係などを聞くと、自分がいかに危険な場所で綱渡りな生活をしていたのかが分かった。
そもそもこの森のヒエラルキーにおいて、ゴブリンはかなり下層に位置する生き物でしかないようだ。
一人で集落に出れば、魔獣どころか普通の獣にすら狩られかねない存在らしい。
実際、俺も何度となく死に掛けたので、納得できる部分はある。
多産で、何でも食い、早く育つ。こう言えば、いかに優秀な被食者か良く分かるだろう。
知恵もあり、戦えもするが、生存能力からみれば中型の獣と同等かそれ以下でしかない。
そんなゴブリンである俺がこの森で一人で生き延びられたのは、前世を思い出したお陰だと思う。
特別な力など無くても、生き延びるだけなら知恵を絞れば何とかなるものだ。
では、この森において上位の存在は?と言うと、魔獣を除けば強者であるオーガや、森の北部に国を持つダークエルフなんだそうだ。
単体で奥地の魔獣に匹敵する強さを持つオーガや、肉体能力的には人間とそれほど変わらぬ物の、高い魔力を持ち精霊を操る種族魔法を持つダークエルフは蒼の森の支配層に位置するらしい。
しかし、ゴブリンにはゴブリンの強みがあり、先に言ったとおり多産の上に早熟で、しかも多くの人型種族とも交配が可能なようだ。
もちろん、ただ交配が可能と言うだけではなく、混血でありながら産まれて来るのはほぼゴブリンで、異種族の特徴を持った子が産まれて来るのは稀らしい。
ただ、俺のように隔世遺伝としてゴブリンの両親から異なった特徴の子供が生まれる事も無くは無いようで、そう言う意味ではバグバも同類で、ゴブリンの親から産まれたのに体格は人間に近い。
数は力という言葉もあるとおり、これが滅多に出会わないほど個体数の少ないオーガや、数百年の寿命をもち、国を造るほどの人口は居てもあまり子供の生まれないダークエルフと共に、ゴブリンと言う種族が蒼の森で生き延びる事ができている理由だろう。
知識を得た後は実践だ。
薬師から得た知識を活用して、薬草や毒草からの成分抽出と実験による成分特定をしてみた。
この実験にはゴブリンを使う必要は無いので、ゴブリン共に命じて捕まえさせたネズミを使う。ネズミなら小量で効能の有無が分かるし、数十単位で死なせても惜しくはない。
マウスユニットと言う考え方がこの世界でも通用するかは微妙な所だが、抽出した成分から複数の植物で共通する成分を排除しても結構な種類の抽出物が残ったので、一々ゴブリンで試していては何人いても足りはしないしな。
ある程度、毒性や保存性を考えていくつかの薬物をピックアップできたら、その成分が含まれる植物の採取にうつる。
森での採取には狩人からの知識が役に立った。
狩人の仕事には森での薬草採取も含まれているので、必要としている植物の探し方も狩人から聞いていた。
森の中の移動では自転車が大活躍している。
バグバから聞いたテリトリーから出なければ、他の集落のゴブリンに見られる事も無い。
ちなみに改造ゴブリンズは何時も通り魔法の鞄の中だ。
魔法の鞄に長時間生き物を入れておくと精神に異常をきたすので止めたほうが良いとマルグリットに言われていたが、改造ゴブリンズならば既に壊れているので問題は無い。
魔獣寄せの香を使った狩りも一度やった。
魔獣寄せの香は残り少ないが、一つどうしても欲しい固有魔法があるので魔力を増やしたかったからだ。
勿論、マルグリット達の二の舞にはなりたくないので、使用には十分注意をしている。
狩りは前回から数日の時間を置いて、場所も離れた所で行った。
猟果はウサギの上位魔獣が4羽に暴狼が三頭、そして火炎鹿が一頭だった。
ただ、この火炎鹿は今までの火炎鹿とは違い、角だけではなく全身に炎を纏っていた。
見た目は以前の火炎鹿と変わらなかったものの、炎以外にも全体的に能力が高く、もしかすると火炎鹿の上位個体か特異個体なのかもしれない。
多少火傷を負ったものの、何時もより手強い火炎鹿と他の魔獣を狩り、喰らって魔力を増やす。前回ほどの極端な上昇は感じられなかったが、それでも確実に力は増している。
残った肉は自分たちで食う数日分を残して乾燥させた。
バグバに渡して集落のゴブリンを強化するのも手だが、あまりサービスが過ぎるのも問題がある。
前回が特別だと思わせておかないと、香が無くなって肉が提供できなくなった時にゴブリン共が不満を持つだろう。
そんな時期まで俺が集落に居る可能性も少ないのだが、何度もゴブリン共を喜ばせる必要もないしな。
しかし、肉の魔力は殺してから半日程度は変化しないが、そこから二日で半減、さらに十日で一割ほどまでに減ってしまう。その後はほとんど変化しないが、活用法を考えないともったいない。
一応、『自在工房』でどうにかできないかと挑戦はしてみたのだが、魔法の道具のようには上手くいかなかった。
死んだ瞬間に霧散する魔力もそうだが、生き物に宿る魔力と言うやつは、道具に付与された魔力とは勝手が違うようだ。
最後に、魔獣寄せの香を使った狩りの時にできた、新しい仲間を紹介しよう。
隠れ鼠のクビラ君である。
狩の時に一号が捕まえたので食おうかと思ったんだが、いまさら隠れ鼠を食っても大して魔力が上がるとも思えなかったので、なにかに使えないかな?と考えていたら、ふと思いつき、餌をやりながら『精神感染』を使ってみた。
そうしたら、上手い具合に隠れ鼠を餌付けできた。
勿論それだけでは意味が無いので、餌をやりつつ、クビラに俺の言う事を聞けば多幸感を感じるように『精神感染』で暗示をかけ、更に『精神感染』で発生させた精神体をクビラの意識に常駐させる事で、クビラが見たり聞いたりした事を後で知る事ができるようにした。
“使い魔”と言うほどには俺の自由にはならないが、人間の街に言った時には役立ってくれるだろう。
そうやって日々忙しく過ごしていた今日、集落に行商人が訪れた。
バグバに伝言を頼まれたゴブリンから話を聞いて、最低限の用意をして集落の入り口へむかう。
できれば、取引が終わって行商人が荷物をしまう前に到着したい。
バグバと行商人は倉庫になっている小屋の前に居た。
周囲に行商人の物らしい大きな荷物は無い。唯一荷物らしい物と言えば、女が背負っている小さめのバックパック。となれば、アレは魔法の鞄なんだろうなぁ。
折角ここまで来たのに、これじゃあ荷物から情報を得る事はできそうにない。
予定では、この女行商人が持っているだろう他の集落で取引した物(または、これから取引する為に持っていく代価)の話から、あれこれと探りを入れるつもりだったんだが、その全てが魔法の鞄の中では手も足も出ない。
この女に商品を見せろと言ったところで、俺やこの集落のゴブリンに見せたくない物を隠されたらどうしようもないしなぁ。
仕方が無いから作戦変更といこう。
「初めまして長様。わたくし、この集落には以前からお世話になっております行商人のイルメラ、と申します」
俺が近づいていくと、それに気づいた行商人がバグバとの会話をやめて、俺に挨拶をする。
行商人は浅黒い肌の女だった。
赤い瞳に長い銀髪。見た目は二十代後半から三十辺りの色気のある美女、と言った感じなのだが、もう一つ大きな特徴があって、耳が長いのだ。
バグバの言っていたダークエルフと言うやつだろうか?
何でダークエルフが、と思わなくも無いが、今はそれを考える場面じゃないな。
「新しく、この集落の長となったニグレドだ。取引はバグバに任せてあるが、いくつか聞きたい事がある。代価は払うので後で話を聞かせて欲しい」
俺がこう言うと、イルメラの気配が僅かに変わった。
警戒されたかな?だが、情報の価値を理解できないと思われていては、知りたい事を話してもらえる可能性は低くなる。
それなら警戒された方が、まだましだろう。
「承知いたしました。では、後ほど伺わせていただきます」
「うむ。バグバ、取引を終えたら小屋の方にお連れしろ」
バグバに言いつけて、急いでいるのを覚られぬように小屋に帰る。
急いでいるのは小屋の片づけの為だ。
お客様を迎える為に綺麗にする、と言う訳ではなく、イルメラに見せて良い物と悪い物を餞別する為である。
武器や防具、魔獣の素材のいくつかは見える位置において置き、それ以外を全て、魔法の鞄にしまう。
一号と二号もだ。イルメラに与える情報は極力少なくしたい。
後は魔法の鞄だが……、こればかりは手放すのが不安なので、いつもどおり服の下に隠しておこう。
「長」
そうこうしている内に、小屋の前でバグバが俺を呼ぶ声がした。




