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【番外編:不思議の贈り物】

白堊理研第八基地リトルベース。

その中枢である司令室は、重苦しい空気に包まれていた。


「……マジ無理っす」


司令官席に座るミカ・フォルクス少佐は、天井を仰ぎ魂が抜けていた。

彼女のデスクの上には、地層のように積み重なった書類の山がある。


『月次予算申請書』『装備損耗報告書』『食堂のカレー旨すぎる問題に関する嘆願書』。


「なんで私が、こんなちまちました文字を書かなきゃなんないんすか?私の手指はトリガーを引くために調整されてるんすよ?」


ミカはイライラしながら、手元のボールペンを回そうとした。

彼女は強化兵士である。その指先には常人の数倍の力が秘められている。


バキッ。


「あ」


無意識に入った力でボールペンが無惨にもへし折れ、インクが書類に飛び散った。


「あー、またやったっす。これで今月5本目っすよ>もう嫌だ、誰か私を戦場に連れてってくれっす」


ミカが机に突っ伏した、その時だった。


ウゥゥゥゥゥ――ッ!!

基地全体にけたたましい緊急警報が鳴り響いた。


『緊急警報!正門ゲートに高エネルギー反応を持つ未確認物体到着!爆発の危険性あり!総員、警戒態勢へ!』


ミカの目がカッと見開かれた。

その瞳に生気が戻る。


「敵襲!?よっしゃぁぁぁ!これで堂々とサボれるっすー!!」


ミカは椅子を蹴飛ばして立ち上がった。


「あ、少佐!書類が!」という副官の制止も聞かず、彼女は愛用のハンドガンを掴んで部屋を飛び出した。


「現場だ現場!ドンパチ最高っすー!状況はどうなってるんすか!?」





正門前に到着したミカは集まっていた警備兵たちを掻き分けた。

そこでは、防護服を着た処理班が一つの巨大な木箱を遠巻きに包囲していた。

木箱はガタガタと激しく振動し、隙間から緑色のガスを噴き出している。


「あ、ミカちゃーん!遅いよー!」


その最前線。

ロード・インパルス【Reloadead】の背中から、金髪の女性がブンブンと手を振っていた。

リトルベース教導隊隊長、フレンダ・ディーコン大尉だ。


「……フレンダ、その『ミカちゃん』っての部下の前でやめてほしいんすけど?」


ミカはこめかみを押さえた。

自分の方が階級は上だが、年齢はフレンダの方が上。しかしフレンダの中身はただの食いしん坊だ。


「で、コレはなに?新手の自律兵器っすか?」


ミカが顎で木箱を指す。

ロード・インパルスのコンソールから、KARMAメイが冷静な声で報告する。


『ミカ少佐、対象物内部より通常の300倍に相当する活性エネルギーを検出しました。計算上、内部で圧縮されたエネルギーが解放された場合、半径500メートルが栄養過多でジャングル化します』


「ジャングル化って何っすか、面倒くさい。焼却処分でいいっすか?」


ミカがホルスターから銃を抜き、安全装置を解除した。

書類仕事のストレス発散にはちょうどいい標的だ。


「だめ、撃っちゃダメだよミカちゃん!」


フレンダが慌ててインパルスを動かし、ミカの射線上に割り込んだ。


「どくっすフレンダ大尉!危ないっすよ!」


「危なくないもん!この匂い、火薬とかオイルじゃないよ。土と太陽、あとお母さんの匂いがする!」


フレンダはインパルスの上で立ち上がり、鼻をクンクンと動かした。


「お母さんって、あの『魔女』っすか?余計に危険な気がするんすけど」


ミカは顔をしかめた。

ヘテロドックスの長フリーテル。

フレンダのオリジナルであり母親であり、MSGVFのとある都市を丸々吹き飛ばすなど、数々の事件を引き起こしてきた要注意人物だ。


「でも、大尉がそう言うなら……」


ミカは溜息をつき、銃を下ろした。

フレンダの「食」に関する直感だけは、最新鋭のセンサーよりも信頼できることを知っているからだ。


「はぁ、分かったっすよ。開けるならゆっくりお願いするっす。書類仕事に戻りたくないんで」


「うん、任せて!メイ、開けるよ!」


『了解です、フレンダ。推奨しませんが、貴女の嗅覚センサーを信じます。念のため、対爆防御姿勢をとります』


フレンダはインパルスの操縦桿を握った。

機体の尾部にあるトリック・ブレードが鎌首をもたげ、木箱の蓋の隙間にスッと入り込む。


「いくよ、せーのっ!」


フレンダが繊細な操作でブレードを跳ね上げた。


バッゴォォォォン!!

凄まじい破裂音と共に、木箱の蓋が空高く弾け飛んだ。

同時に内部で圧縮されていた空気が解放され、緑色の煙が周囲に拡散する。


「うわっぷ!?ガスっすか!?」


ミカが咄嗟に腕で口元を覆い、むせ返る。

しかし、その煙は瑞々しい野菜の香りがした。

緑色の煙が風に流れていく。

ミカは恐る恐る目を開けた。


「……は?」


そこにあったのは、未知の生物兵器でも敵の強襲部隊でもなかった。

トラックのタイヤほどもある巨大なカボチャ。

砲弾のように鋭く太いニンジン。

そして、真っ赤に熟れた巨大なトマトが鎮座していた。


「……デカすぎっすよ、これ鈍器っすか?」


呆気にとられるミカの横で、フレンダは箱の中に添えられていた一枚の封筒を拾い上げた。


「『フレンダへ。ちゃんと食べているかい?農場でいいのが採れたから送るよ。母より』だって!」


「やっぱりあの魔女の仕業だったんすか、人騒がせにも程があるっすよ……」


ミカはがっくりと肩を落とした。

これで敵襲による戦闘配備というサボりの口実は消滅した。


「わぁ、美味しそう!」


フレンダは嬉々として自分の顔よりも大きいトマトを両手で持ち上げた。


「ちょ、大尉!まだ検疫が終わってないっすよ!?」


「いっただっきまーす!」


制止も聞かず、フレンダは豪快にトマトにかぶりついた。

ジュワッと果汁が溢れ出す。


「ん~っ、甘くておいし~い!ミカちゃんも食べなよ、元気出るよ?」


その顔は無邪気な子供そのものだった。

口の周りを赤くして笑う彼女を見て、ロード・インパルスのコンソールからメイの声が響く。


『フレンダ、バイタル安定。どうやらただの愛情過多な野菜のようです。毒性反応はありません』


「……はぁ、毒がないならいいっすけど」


ミカは頭を掻いた。結局振り回されただけだ。

しかし、幸せそうに野菜を頬張るフレンダの笑顔を見ると文句を言う気力も削がれてしまった。





夜。リトルベース司令室。

ミカのデスクの上には昼間よりもさらに高く書類が積み上がっていた。


『未確認物体誤認騒動始末書』

『防疫規定違反報告書』

『巨大野菜搬入管理表』


「ふざけんなっす、なんで野菜一つのために徹夜しなきゃなんねぇんすか?」


ミカは白目を剥いてデスクに突っ伏した。

もう指一本動かす気力がない。

お腹が鳴ったが、食堂に行く元気すらない。


コンコン。


「どうぞ」


ドアが開き、フレンダが入ってきた。

その手には湯気を立てる鍋とお玉、そしてカセットコンロが握られている。


「ミカちゃーん、ご飯だよー!」


「いま取り込み中っす、それに司令室は火気厳禁っす」


「メイが計算した『頭が良くなるスープ』だよ。これ飲んだら書類なんてパパッと終わっちゃうって!」


フレンダは強引にデスクの書類を端に寄せ、鍋を置いた。

中身はあの巨大カボチャをたっぷり使った、黄金色のポタージュスープだ。


『はい、カボチャの糖分が脳のエネルギーになります。さあ、口を開けてください少佐』


メイまでもが母親のような口調で促してくる。

ミカは渋々差し出されたスプーンを口に含んだ。


「……ん」


濃厚な甘みと温かさが口いっぱいに広がる。

冷え切った体に熱が染み渡っていくようだった。


「……美味いっすね」

「えへへ、でしょ?お母さんが作る野菜は世界一だもん!」


フレンダは得意げに胸を張る。

ミカはスプーンを咥えたままフレンダを見上げた。

彼女の笑顔を見ていると不思議とイライラが収まっていく気がした。


「はぁ……。ま、これに免じて許してやるっす」


ミカは少しだけ口元を緩めた。

そして、新しいボールペンを手に取り書類に向き直った。


「さっさと終わらせてもう一杯もらうっすよ」


「うん、おかわりはいっぱいあるからね!」


リトルベースの夜は、書類の山と野菜の甘い香りに包まれて更けていくのだった。

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