【新入りの歓迎会】
ヘテロドックス集落、ウォーターシップダウン。
平和な昼下がり。
集落の広場では、ミヒャエルがベンチに座ってタバコを吹かしていた。
その足元には、彼の影に隠れるようにして座り込んでいる少年の姿があった。
先日、ミヒャエルが森で拾い、新しい家族となったノエルだ。
「うーん、困ったね」
その様子を少し離れた木陰から覗き込んでいるのは集落の長、フリーテルである。
「ノエル君が僕と目を合わせてくれないんだよ。挨拶しようと近づくとすぐにミヒャエルの背中に隠れちゃうんだ」
「長、自覚がないのですか?」
隣で洗濯物を干していたクラリスがジト目で指摘する。
「貴女のその格好です。ウサギ耳のシルクハットに、白衣、そして怪しげな杖。子供の目には悪い魔法使いにしか見えませんよ」
「失敬な、これは正装だよ!それに僕は悪い魔法使いじゃない、愛と科学の魔術師さ!」
フリーテルは杖を振り回して反論するが、杖の先が自分の帽子に当たってズレた。
それを見たノエルがビクッと肩を震わせる。
「あぁ、また怖がらせてしまった」
フリーテルはまた肩を落とした。
自称数百年を生きる彼女にとって、新しい家族は宝物だ。
早く打ち解けたい。笑顔が見たい。
「よし、ならば言葉はいらない!」
フリーテルが突然顔を上げ、ニヤリと笑った。
「子供が好きなものと言えば驚きと興奮、そして笑顔だ!今夜広場で歓迎会を開くよ!見せてあげよう、僕の『科学魔術』を!」
その夜。
ウォーターシップダウンの広場は幻想的な光に包まれていた。
フリーテルが事前に品種改良した「発光植物」が、イルミネーションのように木々を彩っている。
「へぇ、相変わらず演出は凝ってるわね」
特等席のベンチでは、ジェーンが屋台で買ったポップコーンを片手にくつろいでいた。
その隣には、ミヒャエルと膝の上に座らされたノエルがいる。
「ノエル、よく見てろ。ここの長は普段はドジだが面白い見世物をするぞ」
ミヒャエルが耳打ちするとノエルはコククリと頷き、大きな瞳でステージを見つめた。
バンッ!!
突然、ステージ上で色とりどりの煙が爆発した。
その中からシルクハットを被ったフリーテルが颯爽と現れる。
「レディース・アンド・ジェントルメン!そして、ようこそ新しい家族、ノエル君!今宵は魔術師フリーテルのスペシャル・マジックショーへようこそ!」
フリーテルが指を鳴らす。
ボウッ!
指先から鮮やかな青い炎が立ち昇り、空中で鳥の形へと変化して飛び回る。
(特殊揮発性オイルと静電気制御による科学現象)
「わぁ……」
ノエルの口がポカンと開く。
「まだまだ、ここにある枯れ木にご注目!」
フリーテルが杖を一振りし、緑色の液体を振りかける。
すると、枯れ木が急速に芽吹き一瞬にして満開の花を咲かせた。
「咲いた、お花!」
ノエルが身を乗り出す。その瞳がキラキラと輝き始めた。
ウサギたちも「おおーっ!」と歓声を上げ、拍手を送る。
「ふふふ、種も仕掛けも…まぁちょっとあるけど気にしない!」
フリーテルは上機嫌でウィンクを決めた。
ショーは順調に進み、いよいよクライマックス。
「さあ、最後は大技だよ!大地のエネルギーを収束して巨大な守護樹を召喚する!」
フリーテルが杖を地面に突き刺し、詠唱という名の起動コード入力を始めた。
「いでよ、グレート・ガーディアン!」
その時だった。
ゴゴゴゴゴ……ッ!!
地面が激しく振動し始めた。
演出ではない。嫌な揺れ方だ。
「おっ、凄い迫力だな?」
ミヒャエルが感心するが、フリーテルの顔色は変わっていた。
「あれ?おかしいな。出力制御は完璧なはず。いや、この反応は植物じゃない!」
バキャァァァッ!!
ステージ中央の地面が割れ、土煙と共に巨大な金属の塊が姿を現した。
それは植物などではない。
錆びついた装甲に覆われたバルクアームαだった。
かつて地下施設を守っていた防衛システムが、フリーテルのショーの振動とエネルギー反応に呼応して誤作動を起こしたのだ。
「な、なんだアレは!?」
会場が騒然となる。
バルクアームのカメラアイが赤く明滅し、サーチライトが客席を薙ぎ払う。
そしてその光がノエルを捉えた瞬間、動きを止めた。
『データ同期完了、ターゲット確認。識別コード:MSGVF、パラポーンNo.404。脱走検体と認定。捕獲モード起動』
機械的な音声と共に、バルクアームの銃口がノエルに向けられた。
ノエルの首にあるバーコードが、システムを刺激してしまったのだ。
「……あ、あ……」
ノエルが恐怖で凍りつく。
過去のトラウマが蘇り、動けない。
「ノエルッ!!」
ミヒャエルがノエルの前に立ち、背中でノエルの姿を隠す。
バルクアームのスタン弾発射口が回転を始めた。
「――させないよ」
その射線上に小さな影が割り込んだ。
白衣を翻したフリーテルだ。
「僕の可愛い家族に、手出しは無用だ」
彼女は杖を捨て、ゆっくりと構えた。
その瞳から普段のドジでお茶目な色は消え失せていた。
ガガガガッ!!
バルクアームの銃口が火を噴く。
容赦のないスタン弾の連射がフリーテルめがけて殺到する。
ミヒャエルが思わず叫ぶ。
「長ッ!!」
しかし。
バッ!!
フリーテルは手にした白衣を、闘牛士のマントのように翻した。
特殊繊維で織られた白衣が弾丸を弾き飛ばし、軌道を逸らす。
「ふう、危ないねぇ」
彼女は白衣を脱ぎ捨て、露わになったノースリーブのインナースーツ姿でバルクアームを見据えた。
その細い腕には、幾何学的なタトゥーのような紋様が浮かび上がっている。
「ノエル君、よく見ておきたまえ。これが僕流のとっておきの『身体強化』だよ」
ドクンッ!
彼女の心臓の鼓動が、周囲に聞こえるほど大きく響いた。
細胞レベルでの超活性化。
自称数百年の時を生きるために自らの肉体を改造し続けてきた彼女は、その身一つが生けるヘキサギアとも呼べる存在なのだ。
「ハッ!!」
ヒュンッ!!
フリーテルが消えた。
いや、ノエルの動体視力を超える速度で踏み込んだのだ。
『ターゲット、捕捉不能……!?』
バルクアームのカメラアイが追いつかない。
フリーテルはバルクアームの懐に潜り込み、その鋼鉄のアームを素手で掴んだ。
「硬い殻だね、でも!」
メキメキメキッ!!
「中身は脆い!」
彼女の細い腕が信じられない怪力を発揮し、バルクアームのアームを根本からねじ切った。
「そぉれッ!!」
さらに彼女は、先ほど咲かせた樹木の蔦を植物制御フェロモンを散布して操り、バルクアームの胴体に巻き付けさせた。
蔦は蛇のように鋼鉄に絡みつきその動きを封じていく。
「科学と魔法の融合。これぞ、リアル・マジックさ!」
フリーテルが最後に、掌底をバルクアームのメインカメラに叩き込む。
衝撃波が装甲を貫通し、内部回路を断ち切った。
プスン……。
巨体が黒煙を上げ、活動を停止する。
静寂が戻った広場。土煙の中、フリーテルが静かに立ち尽くしている。
「す、すげぇ」
ミヒャエルが呆気にとられて呟く。
ジェーンもポップコーンを食べる手を止めていた。
目の前で起きた破壊劇に、ノエルは震えていた。
かつて自分を管理していたシステムが壊された光景。
そして、あの強すぎる魔術師への畏怖。
フリーテルがゆっくりと振り返る。
その表情は鬼神のようなものではなく、いつものイタズラっぽい笑顔だった。
「なーんてね!」
フリーテルはパチンと指を鳴らした。
同時に、背後のバルクアームから残り火の火花が散り、まるで花火のように美しく舞い上がった。
「これにて本日のメインイベント『悪者退治のイリュージョン』は終了!いかがだったかな、ノエル君?」
彼女は両手を広げ大げさにポーズを決めた。
あたかも、今の戦闘全てがショーの一部であったかのように。
「……イリュージョン?」
ノエルが瞬きをする。
あれは、ショーだったの?
怖い機械が壊れたのも、フリーテルが強かったのも、全部僕を楽しませるための魔法?
恐怖が、驚きへ。
そして驚きが、純粋な感動へと変わっていく。
「……すごい」
ノエルの顔に満面の笑みが咲いた。
「すごい!すごいよフリーテル!魔法使いだ!本当の魔法使いだ!」
パチパチパチパチ!!
ノエルが小さな手で懸命に拍手をする。
それを見てミヒャエルとジェーン、そしてウサギたちも一斉に拍手喝采を送った。
「やるじゃない、長」
「ああ、最高のショーだったぜ」
「えへへ、それほどでも!」
フリーテルは照れくさそうに鼻の下を擦り、ノエルの元へ歩み寄った。
そして、自分の被っていたシルクハットをノエルの頭にポンと乗せた。
「ようこそ、ウォーターシップダウンへ。ここには怖いものなんてない。あるのは美味しいご飯と、愉快な仲間と……ちょっとした魔法だけさ」
「うん!」
ノエルは大きな帽子を目深に被り、嬉しそうに頷いた。
その瞳にはもう暗い影はない。
「さて、ショーの後は打ち上げだ!ジェーン、特上のジュースを出しておくれ!」
「はいはい、お代はツケとくわよ」
「長、あとで整備班にバルクアームの残骸解析を回してくださいね」
クラリスがため息交じりに、しかし優しく微笑んで言った。
賑やかな夜が更けていく。
魔術師の家は、今日も愛と騒動に満ちているのだった。




