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【交易商人の遊戯】

中立地帯にある大規模交易都市、サンド・ポート。

東西の物流が交差するこの街は、昼夜を問わず商人たちの熱気と、怪しげな取引の気配に満ちている。

その市場の一角、高級資材を取り扱うエリアに、ひときわ目を引く女性の姿があった。


「高いわね、この純度のヘキサグラムなら相場はもう少し下でしょう?」


艶やかな金髪をアップに纏め深紅のドレスを纏った美女、ジェーンである。

彼女は優雅にキセルを燻らせながら、恰幅のいい商人を流し目で見据えた。


「い、いやぁ、最近はMSGの検問が厳しくてですね」


「言い訳はいいわ。これだけの量の食料と、精密実験機材を現金一括で買う客なんてそうそういないわよ?二割、勉強しなさい」


ジェーンが氷のような微笑を浮かべる。

元リバティー・アライアンスのアビス探索部隊員としての胆力と、商売人としてのしたたかさ。

商人は冷や汗を拭いながら頷いた。


「わ、分かりました!その値段で手を打ちましょう」


「良い取引ね、荷物はいつもの場所へ」


ジェーンは満足げに契約書にサインをした。


「相変わらず、えげつない値切り方ですね」


店の外に出ると、後ろに控えていた護衛が囁いた。

黒いスーツにサングラス、金髪を後ろで束ねた男装の麗人、クラリスだ。

彼女は周囲を警戒しながら呆れたようにジェーンを見る。


「あら、褒め言葉として受け取っておくわ。大所帯を養うにはこれくらい逞しくないとね」


ジェーンは涼しい顔で歩き出す。

その美貌と優雅な所作に、道行く男たちが次々と振り返る。


「ジェーン、あまり目立たないでください。長からは『隠密行動』と言われているのですから。私たちの正体や集落の場所がバレたら厄介です」


「分かっているわよ、クラリス。あら?」


ジェーンが足を止めた。

向こうから白いスーツを着こなした、甘いマスクの青年が一直線にこちらへ歩いてくる。


「やあ。失礼ですが、お嬢さん。砂漠に咲く一輪の薔薇かと思いましたよ」


青年はキザな手つきでジェーンの手を取り、手の甲にキスをする素振りを見せた。


「僕はアルバート、君のような美しい女性がこんな埃っぽい街にいるなんて」


「まあ、お上手な方」


ジェーンは手を引っ込めることもなく、妖艶に微笑んだ。


「私はジェーン、ただのしがない旅商人よ」


「謙遜を。その気品、ただ者ではない。もしよろしければ今夜ディナーをご一緒できませんか?君ともっと話がしたい」


アルバートの誘いにクラリスがサングラスの奥で目を細めた。


(典型的なナンパ師。いや、目が笑っていない)


「ジェーン様、先を急ぎますので」


クラリスが割って入ろうとするが、ジェーンはそれを手で制した。


「いいじゃない、クラリス。たまには美味しいお酒も飲みたいわ。お受けするわ、アルバート様」


「光栄です。では、街一番のレストランで」


アルバートは満足げに微笑み、その場を去った。

その後ろ姿を見送りながらクラリスが小声で詰め寄る。


「正気ですか、明らかに怪しいですよ!?」


「ええ、知ってるわ。でも彼の靴、見た?高級品だけど底に『赤い粘土』がついていた。あれはこの辺りの土じゃない。敵対ヘテロドックスが出没する荒野の土よ」


ジェーンの目が獲物を狙う狩人のものに変わる。


「カモがネギを背負ってきたのよ。クラリス、貴女は外で待機してなさい」




夜、高級レストランの個室。

キャンドルの光が揺れる中、ジェーンとアルバートはワイングラスを傾けていた。


「それでね、昔はLAにいたの」


「ほう、やはりそうでしたか。その身のこなし、ただの商人ではないと思っていました」


アルバートは興味深そうに身を乗り出す。

酒が進むにつれ、話題は核心へと近づいていく。


「ところでジェーンさん。この辺りに『大樹のある隠れ里』があるという噂をご存知ですか?」


ジェーンの指がピクリと止まる。


「いいえ、初耳ね」


「そうでしたか。なんでも、そこには黄金よりも価値のある『ロストテクノロジー』や、美しいヘキサギアが眠っているとか。もし場所を知っているなら、僕にだけ教えてくれませんか?悪いようにはしませんよ」


アルバートの手が、テーブルの上でジェーンの手に重ねられる。

甘い言葉。優しい眼差し。

だが、その瞳の奥には強欲な光が宿っていた。






「うーん、飲みすぎちゃったかしら」


店を出たジェーンはわざと足元をふらつかせ、アルバートの肩に寄りかかった。


「大丈夫ですか?少し風に当たりましょう」


アルバートは優しく彼女を支えながら、人通りのない路地裏へと誘導していく。

人気の消えた暗がり。

そこには、武装した数人の男たちが待ち構えていた。


「あら、お友達かしら?」


ジェーンがぼんやりと呟く。

アルバートは彼女を突き放すようにして壁際に追いやった。


「さて、酔いも醒めただろう薔薇の君。地図を出してもらおうか」


アルバートの表情が一変する。

貴公子の仮面は剥がれ落ち、そこにあるのは冷酷な賞金稼ぎの顔だった。


「俺たちは『ウォーターシップダウン』を探している。お前が大量の物資を買い込み、どこかへ運んでいるのは調査済みだ。吐け、さもなくばその美しい顔に傷がつくぞ」


男たちがナイフやスタンロッドを構え、ジェーンを取り囲む。

絶体絶命の状況、だが。


「ふふ」


ジェーンは笑った。

ふらつくのをピタリと止め背筋を伸ばす。

胸元から愛用のタバコを取り出し、優雅に火をつけた。


「やっぱりね。貴方の香水だけど、安物よね?『貴公子』を名乗るなら靴の泥くらい落としてきなさい、坊や」


「なっ!?」


紫煙を吐き出すその表情に、怯えの色は微塵もない。

あるのは、格下の相手を見下す冷ややかな侮蔑だけ。


「私は『元LA』だって言ったわよね?アビス探索部隊だとは言ってなかったかしら?」


ジェーンが指を鳴らす。

それが反撃の合図だった。


「クラリス!」

「お待たせしました!」


頭上の建物の屋上から、黒い影が舞い降りた。


「とぉっ!」


屋上から飛び降りたクラリスは着地と同時に回転し、その遠心力を乗せた回し蹴りを一番近くにいた男の側頭部に叩き込んだ。


ドゴォォンッ!!


「ぐはっ!?」


男がゴム鞠のように壁まで吹き飛ぶ。

スーツ姿のクラリスは乱れた前髪を払い、サングラスを外して懐に仕舞った。


「ジェーンに指一本でも触れたら、命の保証はしませんよ」


その瞳は普段の冷静さとは違う、獲物を狩る捕食者の輝きを帯びている。


「な、なんだこの女は!?」

「やっちまえ!」


残りの男たちが一斉に襲い掛かる。

ナイフ、鉄パイプ。

だが、クラリスにとっては児戯に等しかった。


「遅い」


突き出されたナイフを素手で捌き、関節を極めてへし折る。

流れるような体術。

彼女はフリーテルのクローンであり、身体能力は調整によって極限まで高められている。

さらに、ウォーターシップダウンでの生活で鍛えられた実戦経験が、彼女を最強の用心棒に仕立て上げていた。


「く、くそっ!化け物か!?」


部下たちが次々と沈んでいくのを見て、アルバートは顔面蒼白になった。

彼は震える手で懐から拳銃を抜き、ジェーンに向けた。


「動くな!こいつがどうなってもいいのか!?」


しかし、ジェーンは眉一つ動かさない。

彼女は優雅にタバコの灰を落とし、ゆっくりとアルバートの方へ歩み寄る。


「ねえ、坊や。銃口を向けるなら引き金を引く覚悟をしてからになさい」


「ひぃっ!?」


ジェーンの背後から立ち昇る、修羅場を潜り抜けた者だけが持つ圧倒的な殺気に、アルバートは恐怖で指が凍りつき、引き金が引けなかった。


「貴方の負けよ」


ドレスのスリットから、銀色に輝く小さな影が閃いた。

護身用の小型拳銃、デリンジャーだ。


バンッ!!


乾いた銃声が響く。

正確無比な早撃ちで、アルバートの手から拳銃が弾き飛ばされた。


「あ、あぁっ!」


腰を抜かしてへたり込むアルバート。

ジェーンは彼の目の前でしゃがみ込み、その顎を指先で持ち上げた。


「私を口説くには100年早いわよ?」


ジェーンは艶然と微笑み、彼に向けて紫煙を吹きかけた。





数十分後。

路地裏には身ぐるみを剥がれ、パンツ一丁で縛り上げられた男たちの山が築かれていた。


「あら、意外といいもの持っているじゃない」


ジェーンはアルバートの財布や彼らが持っていた武器、ヘキサグラムの入ったスーツケースを検分していた。

総額は今日の買い出しに使った金額を優に超えている。


「ジェーン?」


「慰謝料よ。か弱いレディを怖がらせたんだもの、これくらい当然でしょう?」


ジェーンは悪びれもせず、戦利品をクラリスの持つバッグに放り込んだ。


「これだけあれば食料も更に増やせるし、長の新しい実験器具も買えるわね。ふふ、いい商売だったわ」


「……はぁ、貴女という人は」


クラリスはため息をつきつつもスーツの埃を払い、ジェーンのエスコートに戻った。

このしたたかさがあるからこそ、あの変わり者だらけの集落が回っているのだ。






翌朝。ウォーターシップダウン。


「ただいま、いいカモがネギ背負ってきたわよ」


ジェーンとクラリスが山のような物資と共に帰還した。

その量は当初の予定の倍以上に増えている。


「お帰りさん、……なんか荷物多くないか?」


出迎えたミヒャエルが怪訝な顔をする。

ジェーンは上機嫌で、最高級のブランデーをミヒャエルに投げ渡した。


「お土産よ、砂漠には優しい『王子様』がたくさんいて助かるわ」


ジェーンがウインクする。

ミヒャエルはブランデーのラベルを見て目を丸くし、そして察した。


「なるほど、ジェーンを敵に回すのがこの世で一番怖いってことか」


「あら、味方にすればこんなに頼もしいパートナーはいないでしょう?」


「まぁ、そうだな」


ミヒャエルは苦笑いし酒瓶を開けた。

平和なウォーターシップダウンに、今日も大人たちの乾杯の声が響く。

その資金源が哀れな賞金稼ぎたちの涙であることは、ここだけの秘密だ。

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