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【魔術師の逆転劇】

ウォーターシップダウン、大樹の根元のラボ。

今日も今日とて、この集落の長であるフリーテルは懲りずに、怪しげな実験に没頭していた。


「ふん、クラリス君はいつも怒ってばかりだ。『長としての自覚を持て』だの『野菜を爆発させるな』だの」


フリーテルはフラスコの中でピンク色の液体を揺らしながら、ブツブツと文句を言っている。


「僕だって色々考えているんだよ?この小さな体でみんなを引っ張っていくプレッシャーとか。ああ、君にも僕の気持ちが分かれば、もう少し優しくしてくれるはずなのに!」


そんな時に彼女が思いついたのが精神感応作用を持つ魔法薬の開発だった。

名付けて『ハートチェンジポーション』

これを飲めば相手の感情や思考が手に取るように分かり、相互理解が深まるはずという代物だ。


「これでクラリス君もデレデレの甘えん坊になるはず!仕上げに、マンドラゴラの乾燥粉末を少々」


ガチャッ!


「長、朝食の時間ですが、また何か悪巧みですか?」


タイミング悪くドアが開き、クラリスが入ってきた。

手には洗濯カゴを抱えている。


「うわっ!?びっくりした!」


フリーテルは驚いて飛び上がり、いつものように自分の足元のローブの裾を踏んづけた。


「あ」


ヒュ~、ガシャーン!!

フラスコが宙を舞い、二人のちょうど中間地点で砕け散った。

ピンク色の濃厚な煙が、爆発的に室内に充満する。


「なっ、長!?」

「げほっ、げほっ!しまった、換気扇を!」


二人の意識は甘ったるい香りと共に、急速に遠のいていった。


「ん、うぅ……?」


フリーテルは目を覚ました。

頭がガンガンする、床は硬い、どうやら気絶していたようだ。


「痛いなぁ。クラリス君、大丈夫かい?」


フリーテルは身を起こそうとした。

手をついて立ち上がる。


(あれ?)


違和感があった。

いつもの視界と違う。

天井がやけに近い。

いつもなら見上げるはずの棚の上にある本が、目の高さにある。


「???」


フリーテルは自分の手を見た。

そこにあるのは子供のような小さな手ではない。

細く、白く、長く伸びた指。

爪は綺麗に整えられ、大人の女性特有のしなやかさを持っている。


「な、なんだこの手は!?」


驚いて声を上げた瞬間、フリーテルはさらに仰天した。

喉から出た声が自分の声ではない。

少し低く、艶のある、聞き慣れた女性の声だ。


「えっ、僕の声?」


パニックになり後ずさりしようとした瞬間。


ドテッ!!


「痛っ!?」


足がもつれた。

自分の足が記憶にある長さの倍近くあるため、距離感が掴めずに盛大に転倒したのだ。

長い金髪が顔にかかる。


「ううっ、何がどうなってるんだよぉ?」


涙目で顔を上げると、向かいのベッドでもう一人の人物が起き上がるところだった。


起き上がったのは、ウサギ耳のシルクハットを被った身長140cm弱の少女、フリーテルの外見をした人物だった。

少女はパニックになることもなくゆっくりと上体を起こし、自分の小さな手をグーパーと開閉させた。

そして冷静な瞳で周囲を見渡し、転がっている自分そっくりの大女を見下ろした。


「なるほど。精神置換現象、あるいは意識の転移、といったところですか」


その口調。その冷徹な雰囲気。

少女の声で喋っているが、中身は間違いなく。


「ク、クラリス君!?」


中身フリーテル(外見クラリス)が叫ぶ。


「はい、クラリスです。長、私の体でそんなに足を開いて座り込まないでいただけますか?品位に関わります」


中身クラリス(外見フリーテル)は、ため息をつきながらシルクハットの位置を直した。


「い、入れ替わってるー!?」





「とにかく、薬の効果が切れるか、解毒剤を作るまではこのままです」


中身クラリス(外見フリーテル)は、椅子によじ登りながら断言した。

彼女は自分の状況に驚くほど順応していた。


「いいですか、長。集落のみんなを不安にさせないためにも、お互い『本人』になりきって振る舞うのです。ボロを出さないでくださいね」


「む、無理だよ!こんなに背が高かったら歩くだけで怖いじゃないか!」


中身フリーテル(外見クラリス)は、生まれたての子鹿のようにプルプルと震えながら立ち上がった。

170cm強の視界は、彼女にとっては高層ビルの上のようなものだ。


「行きますよ、朝の見回りです」


小さな「姉」が威厳たっぷりにドアを開けて出て行った。

大きな「妹」は壁伝いに恐る恐る後をついていく。


集落の広場。

今日もウサギたちが元気に跳ね回っている。


「おはよう、皆の衆」


中身クラリス(外見フリーテル)が声をかけると、ウサギたちが一斉に振り返った。

いつもなら「へへっ、おはよう!」と子供っぽく手を振る長が、今日は違う。

腕を組み、背筋を伸ばし、その眼差しは王者の風格を漂わせている。


ただし、見た目は140cm弱の幼女である。


「畑の生育状況は良好か?用水路の清掃は?はい、ご苦労」


的確な指示と無駄のない所作に、ウサギたちがざわつく。


『お、おい今日の長、なんかカッコよくないか?』

『いつもドジっ子なのに、これがカリスマか!?』


一方、その後ろ。


「あ、あはは。おはよー、わっ!?」


中身フリーテル(外見クラリス)は、何も無い平坦な地面でつまずいた。

長い手足を持て余しバランスを崩してタタタッと駆け出し、そのまま近くにいたミヒャエルに抱きつく形で衝突した。


「おっと、危ねえな」


ミヒャエルがガシッと受け止める。

彼の腕の中には普段なら絶対に隙を見せないクールビューティー、クラリス(の体)がいる。


「ご、ごめんねミヒャエル!あはは、僕としたことが。あ、いや、私としたことが!」


中身フリーテルは真っ赤になって離れた。

上目遣いでおどおどと指先をいじっている。

その仕草は完全にドジな少女のものだ。

ミヒャエルはタバコを指で摘み、まじまじと彼女の顔を見た。


「おいおい、クラリス。熱でもあるのか?いつもの鉄仮面はどうした、随分と可愛らしいじゃねえか」


ミヒャエルがニヤリと笑う。

中身フリーテルは、さらに顔を沸騰させた。


(うぅぅ、クラリス君の体だとミヒャエルの顔が近いよぉ!それになんかタバコに混じっていい匂いがする!)


「ちょ、調子が悪いだけだよ!です!」


彼女は逃げるように走り出し、そしてまた転んだ。


「……大丈夫か?」


心配そうに見つめるミヒャエルの横を、小さな長がスタスタと通り過ぎる。


「ミヒャエル、彼女は今三半規管に不調をきたしている。生温かい目で見守ってやってくれ」


「は、はぁ。了解だ、ボス(なんか今日のボス、威厳たっぷりだな)」


凸凹姉妹の奇妙で長い一日が始まった。





集落に警報サイレンが鳴り響いた。


『警報、警報!北東の森より敵対ヘテロドックス接近!数は3機!繰り返す、数は3機!』


「敵襲か!」


ミヒャエルがタバコを投げ捨て、鋭い眼光になる。

中身フリーテル(外見クラリス)がビクッと肩を震わせた。


「ど、どうしようクラリス君!?いや僕!」


「落ち着いてください、長。たかが小型のヘテロドックス3機。私とミヒャエルで片付ければ、あっ」


中身クラリス(外見フリーテル)はハッとして自分の小さな手を見た。

今の彼女の肉体は戦闘力皆無の幼女ボディだ。


「私が、いや僕が行くよ!」


中身フリーテルが決意したように顔を上げた。

今の自分にはクラリスの強靭な肉体がある、これなら戦えるはずだ。


「クラリス君の『ヘイズル』を借りるね!」


「待ちなさい長!貴女にあの機体の制御は!」


止める間もなく、長い脚を持て余しながらも、中身フリーテルは格納庫へと走っていった。


「へ、ヘイズル、起動!」


中身フリーテルがコクピットに滑り込む。

シートが体にフィットする。視界が高い。


『ヤッホー、クラリス。今日も元気にダンスしようよ!』


ヘイズルのKARMAが陽気な声を上げる。


「う、うん。頼むよヘイズル君。発進!」


ズドンッ!!

ヘイズルが猛烈な加速で飛び出した。

だが、それはフリーテルの想像を遥かに超えていた。


「うわぁぁぁぁっ!?速い!速すぎるよぉぉぉ!」


『ヒャッホウ!!最高でしょ!?もっと高く、もっと激しく!レッツ・ジャンプ!!』


ヘイズルが木々を蹴って宙を舞う。

フリーテルは高所恐怖症ではないが、この制御不能な浮遊感には耐性がなかった。


「高いぃぃぃ!揺れるぅぅぅ!勝手に回らないで!僕は三半規管が弱いのぉぉ!」


コクピットで長い手足をバタつかせ、目を回す美女。

外から見れば、ヘイズルは酔っ払いのような千鳥足で森を暴走していた。


「見ていられませんね」


地上でそれを見上げていた中身クラリス(外見フリーテル)は、深い溜息をついた。

彼女は近くにあった予備の汎用ガバナー装備を装着しようとしたが、サイズが全く合わない。


「手が届かない、筋力が足りない!」


自分の体(中身フリーテル)がいかに脆弱か、彼女は痛感していた。

ペダルを踏み込む脚力も、Gに耐える首の筋肉もない。


「長、貴女はいつもこんな華奢な体で立っていたのですか」


その小さな背中にかかっていた重圧を思い、クラリスは唇を噛んだ。


「ったく、何やってんだあいつらは?」


戦場に到着したミヒャエルは呆れ果てていた。

上空では外見クラリス(中身フリーテル)が「助けてぇぇ!」と叫びながら木に激突しそうになっている。


「遊びは終わりだ、俺が片付ける!」


ズドン!ズドン!

ウーンドウォートのコックピットから、ミヒャエルのショットガンが火を噴く。

熟練の技だ。たった二発で先頭のヘテロドックス二機を無力化し、残りの一機もスペード・ロワーで叩き伏せる。


「チェックメイトだ。おいクラリス、降りてこい!吐くなら外で吐けよ?」


「う、うぅぅ。もうお嫁にいけないよぉ」


ふらふらと着地したヘイズルから涙目の中身フリーテルが這い出してきた。




夕方、ラボ。

薬の効果時間が切れ、二人の体が淡い光に包まれた。


「ん」


フリーテルが目を開ける。

天井が高い。手を見るといつもの小さな子供の手だ。


「戻った!」

「はい、戻りましたね」


向かいでは、クラリスが自分の体を確かめている。

いつものクールな表情だ。


「あー、怖かった。やっぱり僕はこのサイズが一番落ち着くよ」


フリーテルがへたり込むと、クラリスが静かに近づいてきた。

そして、そっとフリーテルの頭に手を置いた。


「長、貴女の視界があんなに低く頼りないものだとは知りませんでした。その体で私たちを守ろうとしてくれていたのですね」


「クラリス君。僕こそ、君の苦労が分かったよ。あんなに高い所から皆の期待を背負って完璧でいなきゃいけないなんて、大変だね」


二人は顔を見合わせ、優しく微笑んだ。

言葉以上の絆が、二人の間に芽生えた瞬間だった。


「ふふ、これからはもう少し姉さんに優しくしますよ」


「本当かい!?嬉しいなー!じゃあ今日のおやつは特大ケーキかな?」


フリーテルが無邪気に喜んだ、その時。

クラリスの眉がピクリと動いた。

彼女は自分の膝をさすり、窓の外に駐機しているヘイズルの泥だらけの装甲を見た。


「ですが、それはそれとして」


クラリスの声の温度が急降下する。


「私の体に無数の青あざを作った件。そして、私の愛機を泥まみれにして整備の手間を増やした件。これらについては説明していただきましょうか?」


「えっ?いや、それは不可抗力で」


「正座」

「は、はいぃっ!」


フリーテルは反射的に正座した。

クラリスの手には、いつの間にかハリセンが握られている。


「相互理解は深まりましたが、お仕置きは別です。反省文100枚、書き終わるまで夕食抜きです」


「ひぃぃぃ、結局そうなるのかーい!!」


平和なウォーターシップダウンに、魔術師の悲鳴が再び響き渡る。

なんだかんだでこの凸凹姉妹の日常は、これからも賑やかに続いていくのだった。

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