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【魔術師の菜園】

ヘテロドックス集落、ウォーターシップダウン。

世界樹の根元にある主の住居兼研究室。


「ふふふ、これで完璧だ」


薄暗い部屋の中で怪しいフラスコを振っている小柄な影があった。

この集落の長、フリーテルである。

彼女は白衣を羽織り、真剣な眼差しで緑色の液体を見つめていた。


「長、また妙なことを企んでいる顔ですね」


背後から呆れたような声がかかる。

フリーテルのクローンであり、妹分であるクラリスだ。

彼女は洗濯物を畳みながらジト目で姉を見ている。


「失礼だね、企みじゃないよ!愛だよ愛!」


フリーテルはフラスコを掲げ熱弁を振るった。


「フレンダの食べっぷりを見て思ったんだ。あの子の底なしの胃袋を満たすには普通の野菜じゃ足りない。もっと大きく、もっと栄養価が高く、そして何より美味い!そんな究極の野菜が必要なんだよ!」


「はぁ、それで?」


「そこで開発したのがこれさ!僕の細胞培養技術と森の霊脈エネルギー的な何かを融合させた魔法の薬!名付けて『超活性化肥料・イクイクくん』!」


フリーテルはドヤ顔で言い放った。


「嫌な予感しかしません。長、悪いことは言いませんから普通に育てましょう。以前の爆発するトマトの件、忘れたわけじゃありませんよね?」


「あれは配合ミスだもん、今回は計算完璧!見ていたまえクラリスくん、これが科学と魔法の奇跡だ!」


フリーテルはクラリスの制止を聞かず窓から飛び出した。

目指すのは集落の一等地にある広大なニンジン畑だ。


「さあ、お食べ!僕の可愛い野菜たちよ!」


バシャーッ!!


フリーテルは豪快に謎の液体を畑にぶちまけた。

土がブクブクと泡立ち、怪しい緑色の光を放つ。


「あーあ」


クラリスは額に手を当て、深くため息をついた。





翌朝。

ウォーターシップダウンはいつも通りの平和な朝を迎える、はずだった。


「ん?」


警備隊長のミヒャエルは朝の見回りをしていた。

口にはいつものタバコ。背中には愛用のショットガン。

平和すぎて欠伸が出そうになったその時、地面が微かに振動していることに気づいた。


「地震か?いや、なんだこの音は?」


ズズズ、メリメリメリッ!

音の発生源は昨日フリーテルが液体肥料を撒いたニンジン畑だった。

土が盛り上がり、ひび割れていく。


「おいおい、まさか地底怪獣でも出るんじゃないだろうな?」


ミヒャエルが身構えた瞬間。

土煙と共に、それが飛び出した。


スポポポポォォォォォンッ!!!


「!?」


現れたのはニンジンだった。

ただし、サイズが3メートルあり根っこの先が二股に分かれて足になっており、しかも走り回っているニンジンだった。


「は?」


ミヒャエルがタバコを落とす。

現実を受け入れきれない彼の前で巨大ニンジンたちは次々と土から這い出し、奇声を上げながら集落へとなだれ込み始めた。


『キャァァァッ!』

『なんだこれはァァァ!』

『美味しそうだけど怖いィィィ!』


集落は大パニックに陥った。

数千匹のウサギたちが、巨大なニンジンに興奮し、あるいは追いかけ回されて逃げ惑う。


「これは、僕の最高傑作が逃げるぅぅぅ!」


フリーテルがパジャマ姿で飛び出してきた。

手には虫取り網を持っているが、相手は3メートル級の暴走野菜だ。


「待てー、食べるから待てー!」


ドガッ!!


「ぶべっ!?」


フリーテルは巨大ニンジンに体当たりされ、綺麗に宙を舞った。


「もう!尻拭いはいつものことですが、今回ばかりは!」


クラリスが愛機・ヘイズル(ウサギ型ロード・インパルス)を起動させ、広場に飛び出した。


『ヒャッホウッ、お祭りだね!収穫祭!?ダンスパーティ!?ボク踊りたくてウズウズしてるよ!』


ヘイズルの搭載KARMAは、状況を楽しんでいるかのように陽気な声を上げる。


「ええ、収穫祭よ!踊らなくていいからあのふざけた野菜たちを捕まえなさい!」


「俺も出るぞ!ったく、朝飯前に野菜スティック作りとはな!」


ミヒャエルも愛機・ウーンドウォート(ウサギ型ウィアード・テイルズ)に乗り込む。


『ターゲット確認。植物ですか?生体反応、異常数値。推奨武装:草刈り機、またはピーラー』


こちらのKARMAは至って真面目だが、提案内容がシュールだった。


「そんなもん装備してねえよ!ヒートナイフで千切りにしてやる!」


ガギィンッ!!

ウーンドウォートが巨大ニンジンに斬りかかるが、超活性化した野菜の繊維は鋼鉄のように硬かった。

火花が散る。


「硬ぇ!?なんだこの食物繊維は!」


その時、通信機に冷静な声が割り込んだ。


「ミヒャエル、破壊しちゃダメよ!」


集落の物見塔の上。

交易担当のジェーンが優雅にメンソールタバコを燻らせながら戦況を見下ろしていた。

彼女の目はパニック映画を楽しむ観客のものではなく、電卓を弾く商人の目だった。


「あのサイズ、あの艶。そしてヘキサギアの攻撃を弾くほどの強度。これは売れるわ」


ジェーンはインカムのスイッチを入れた。


『破壊厳禁よ、二人とも。その野菜は生け捕りにしなさい。次の交易ルートで高値で売り捌くわ』


「無茶言うなジェーン!こいつら時速60キロで走り回ってるんだぞ!?」


『今日のお昼ご飯がニンジンオンリーになりたくないなら働きなさい!』


「チッ、了解だ悪徳商人!」


ミヒャエルは舌打ちしながらウーンドウォートの出力を調整した。


「クラリス!挟み撃ちにして網をかけるぞ!」


「了解!ヘイズル、アンカー射出!」


『アイアイサー!捕まえちゃうぞー!』


ここから、最新鋭の第三世代ヘキサギアによる史上もっとも大掛かりで馬鹿馬鹿しい野菜捕獲作戦が幕を開けるのだった。






数時間後。

太陽が中天に昇る頃、ようやく騒動は鎮火した。

広場にはカーボンネットで簀巻きにされた巨大ニンジン、巨大ダイコン、巨大カボチャの山が築かれていた。


「酷い目に遭った」


ミヒャエルがヘキサギアから降り、疲れ切った顔でタバコに火をつける。


「でも味は最高みたいよ?」


ジェーンが切り取った巨大ニンジンの欠片を齧り、満足げに微笑む。

その横では、ウサギたちがこぼれ落ちた葉っぱを夢中で食べていた。


「やったね!終わりよければ全て良しだ!」


泥だらけになったフリーテルがドヤ顔をしながら笑った。


「さあ、今夜は野菜パーティーだよ!フレンダにも送ってあげないとね!」


「長」


背後から絶対零度の声が響いた。

フリーテルの動きがギギギと錆びついた機械のように止まる。


「く、クラリスくん?何かな?」


振り返ると、そこには笑顔だが目は全く笑っていないクラリスが立っていた。

手には分厚い書類の束。

畑の修復費用請求書と始末書である。


「終わりよければ、ですって?畑は半壊、ウサギたちの精神的ケア、ヘキサギアのメンテナンス費。これだけの損害を出しておいてパーティーですか?」


「いや、その、これは科学の発展のための尊い犠牲で」


「問答無用」


クラリスがフリーテルの襟首を掴み、ズルズルと引きずっていく。


「長にはお仕置きが必要です、始末書を書き終わるまで今日のおやつ抜き。晩ご飯はニンジンの皮だけです」


「そ、そんなぁぁぁ!ニンジンは好きだけどそれだけは嫌だぁぁぁ!」


フリーテルの情けない悲鳴が平和を取り戻したウォーターシップダウンに木霊した。

その騒ぎを他所に、ミヒャエルとジェーン、そしてウサギたちは山盛りの野菜料理に舌鼓を打つのだった。


フレンダの元へ謎の巨大野菜が届くのは、それから数日後のことである。

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