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首都結界外郭外回り環状線五等車両5

『次は鶯谷、鶯谷。お出口は左側です』


 目的地である上野の一つ前の駅に停車した。妖怪が降り、そして妖怪が乗り込んでくる中、そいつはいた。


 くっっっっっそ面の良い女だった。


 そいつは都会の汚れ切った五等車両に全くに合わない、清楚な恰好をしていた。


 白いワンピースにつば広の帽子、肩上で毛先が揺れるつややかな黒髪は、アニメでしか見ることのない向日葵畑の少女を思わせる。同い年か少し上で、十五、十六歳の高校生くらいに見える。


 そして驚くほどに面が良い。ぱっちりとした二重の黒い瞳は凛としていながら、どこか寂し気で、切なさを感じさせる。すっとした整った眉も、血色の良い少し膨らんだ頬も、垢ぬけた美しさだった。健康さも感じさせる焼けてない白い手足はすっと伸びていて、踵の短いヒールでもウエストが高い。


 女は五等車両の汚さに少し眉をひそめていた。ピンクのキャリーバッグを引いているところを見るに、上京者だろう。


「うわっ、鬼が気絶してる」


 伸びてる小鬼を見て小さく声を上げた。


 気配と雰囲気からして、人間のように見えた。キャリーバックを引いている点や、首都環状線の五等車両に乗り込んでくることから、東京の事を知らない田舎者で間違いなかった。


 様子を伺っていると女と目がって、それから逸らされた。


「財布を落としてなければ、五等車両になんか……」


 どうやら金がないらしい。


 だとしても、この車両に乗らないほうがいい。どの駅まで乗るかか知らないが、五等車両で妖怪に襲われて助けてくれるものはいない。動くスラムの異名は伊達じゃない。


 だから助けない道理はなかった。


 俺は立ち上がって、近寄った。女は後ずさった。


「てめえ。手え出せ」


「え、なんですかあなた?」


「うるせえ」


 俺は女の手を掴んで、ポケットから取り出した聖徳太子御大が描かれた一万円札を握らせた。


 よし。


 これでこいつが五等車両に乗る必要はないだろう。


「えっ!? 一万円!? どういうことですか!?」


「失せな」


 俺はピンクのキャリーバッグを蹴飛ばし、駅のホームに転がした。


 電車の発車のベルが鳴った。


 とっとと、電車から下ろしてやらないといけない。


「何すんですか――」


「じゃあな。達者でやれよ」


 俺は銃口を女に向けて、引き金を引いた。


 俺の放つ霊弾は、霊力を弾倉に込めて圧縮し、放つだけの単純な攻撃でしかない。

 ゆえに、どのような力で、どのように放つか、容易に調節ができる。


 今はこいつを後ろに転がすだけで良い。


 霊力は最低限にし、ぶち抜くのとは違い、衝撃が分散するよう霊弾を撃ち込んだ。


 ダンッ。


 女は無事、風に吹かれた様にホームに押し出される――はずだった。


 俺の霊弾が、女に届くことはなかった。

 目に見えない何かによって霊弾は掻き消された(・・・・・・)!


 次の瞬間、周囲を支配したのは冷気だった。


 車内の空気が一瞬にして凍てついた。


 こいつ、魔術師か!


 油断していた。


 対処する前に、女は薙ぐような動作で、空中に氷の槍を右手で生み出すと、俺の腹をぶちぬいた。

俺は吹き飛ばされ、反対側の電車の扉に背中をぶつけた。続けてもう一本、コルトを握る右に氷の柱が突き刺さり、俺は背後のドアに縫い付けられた。


 この俺が、やられた、だと……?

 

 発車のベルが鳴り、少女の後ろでドアが閉まった。


 ぶち抜かれた腹が激しく痛み、頭がプッツンしそうだった。


「てめえ! なにすんだ!!」


「それはこっちのセリフですよ! 突然お金を握らせてきたかと思ったら、霊撃で、襲ってきてなにが目的ですか!?」


「わかんねえか! 俺は親切にも、てめえがこの車両に乗らなくていいように金をくれてやって、下ろしてやろうとしたんだよ!」


 氷でぶち抜かれた腹がいてえ。腕もいてえ。涙が出そうだ。


「いいえ、そんなわけありません! 東京ではあなたみたいな半グレ野郎は無知な田舎少女にお金を押し付けて、ホテルで手籠めにするんでしょう!? エッチな同人誌みたいに……エッチな同人誌みたいに!!」


「しねえよそんなこと!」


「じゃあ、気絶させてソープに沈めるつもりですね!? 知ってるんですから! ……ですが、残念でしたね。私はかなり強いので。私に負けたついでに、犯罪から足を洗った方がいいですよ。閻魔の鏡に嘘はつけません。死んだら地獄で恐ろしいことを恐ろしい感じで恐ろしいほどされますから」

 

 女は勝ち誇った顔で、俺を見下ろしてきた。

 なんだこいつ。俺が親切してやったのに、犯罪者呼ばわりなんて、ふてえやろうだ。


「ああ、ああ! だったら、でるとこでてやろーじゃねえか! 上野で予定があったんだが、もうやめだ! 閻魔庁に行って、閻魔の鏡で裏どりしてもらおうじゃねえか! それで、俺が無実だったらソープでもなんででも働いてもらうからな!」


「や、やっぱり変なことするつもりじゃないですか! この性犯罪者! 警察に突き出しますよ!」


「くそ、てめえ、ぜってえぶっ殺してやるからな!」


 ああ、いてえ。クソいてえ。なんで、俺がこんな目にあわなきゃいけないんだ!

 女はしゃがみ込んで、俺に顔を寄せた。


「傷が痛むんでしょう? でも安心してください、今すぐ私に謝って警察に出頭してこれまで犯して来た罪を償うと誓うならその傷を治してあげます」


「お断りだな。クソ女」


 俺の安い挑発に、女の表情が凍てついた。


「あなた妖怪か人を殺したことがあるでしょう?」


「だったらなんだ?」


「知っているでしょう? あなた、蘇れないんですよ? 桜花結界はある程度の死者の魂を救済しますが、『穢れた』殺人者の魂は掬い上げない。あなたは蘇ることができません。このままでは本当に死にます。天照大御神の下誓ってください。そうしたらあなたを助けます」


「てめえに、この傷が治せるってのか?」


「無論です。見てください、第一級国家治癒術師免許です」


 少女は手帳を取り出して俺に見せつけてきた。


 朱色の革の手帳に、金色で天照大御神を記す黎明の日の丸が描かれている。確かに国家治癒術師のものだ。一級術師なら、この程度の傷すぐに治せるだろう。

 姓名欄には早池峰雪子(はやちねゆきこ)と書いてあった。


「早池峰? 東北の巫女か?」


「へえ、良く知ってますね」


 女——早池峰雪子は、意外そうに少し目を開いて感心した。


「古いダチがいてな。てめえみてえに氷の術師の野郎だったな」


 何年もあってねえけど、あいつ元気してんだろうか。


「そんな人がいたんですか。可哀そうですね。私はあなたみたいなハングレのヤクザもどきの友人が居なくてよかったと思っています」


「てめえこそ、治癒術師じゃモグリじゃねえか。第一級医術師免許だせよ」


 法律上、治癒術師はどんなに優れていようと、医術師または医師の指示の下でしか治癒行為を行うことはできないと法律で定められている。


「は~あ~? 一級治癒術師は緊急時自己判断で医療行為を行うことが認められてるんですけど? ご存じじゃないんですか?」


『まもなく上野駅~上野駅~。お出口は右側です』


 列車が減速し始めた。その時俺は、何か良くない気配を感じた。


「おい女、とっとと俺の前から失せろ」


「は? なんであなたに命令されなくちゃいけないんですか」


「正直に言う」


 俺の真剣な表情に、彼女は怪訝そうな顔をした。


「なんですか?」


「くそみてえな悪い予感がする」


「はい?」


「今日の俺は最高にツイてない。ババアには腕を捥がれるのはいつもの事としても、朝は黒猫が三匹タンゴを踊りながら通り過ぎるし、環状線じゃ、狂った妖怪共にフルエンカウントしてる。その上親切しようとしたらイカレタ女に腹をぶち抜かれると来た。今日は確実に終わってる」


 真剣に語る俺の様子に、バカ女でも少しは状況を理解したらしい。早池峰雪子はため息をついて、俺の傍で膝をついた。


「はあ。じゃあ、もうおとなしくしていてください。綺麗に治したらどっか行きますから」


「こんなんじゃ死なねえ。とっとと失せろ」


「ああ! 動かないでください! なにやってるんですか」


 その時、上野駅に電車が停車し、扉が開かれた。


 この時期、千年桜の花見客で賑わっているはずの喧騒が、ホームに無かった。


 乗り込んでくる妖怪は居なかった。


 開いたドアの先の、静寂に近い世界に、一人の大人の女が立っていた。


「あれ? 小僧はんやないかいな。おかしい思たわ。こんな車両にあの男が乗らはるわけないわなあ」


 そいつは、東京で最も会いたくない、クソ女だった。


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