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首都結界外郭外回り環状線五等車両4

『次は日暮里、日暮里。お出口は左側です。常磐線、京成線と、日暮里舎人ライナーはお乗り換えです』


 電車が日暮里駅に到着し、妖怪が降り、そして乗り込んできた。


「誰か、誰か押してくれませんか……。まだ、あったかコーンポタージュが一杯だけ……、一杯だけ残ってるです……」


 ボロボロのビニール傘を杖代わりに突いて、一体の妖怪がやってきた。大抵の人間には見覚えのある四角い箱に手と足が生えた妖怪だった。


 本体である大きな四角い箱の正面にはプラスチックの四角い窓と半円のボタンがいくつも並んでいる、いわゆるドリンクバーの妖怪だった。

 ドリンクの抽出口にあたるところには、大きな人間の口が付いていて、そこからジュースが出てくる。手足はやせ細り、よく大きな体を支えられると思う。


 ドリンクバーにしても旧型で、薄汚れていたそいつは、俺の前で立ち止まると、安堵したような声をだした。


「ああ、そこのお方……、私のあったかコーンポタージュを召し上がって頂けませんか……」


「きったねえてめえの体液を誰が飲むってんだ。ぶち抜くぞ」


 俺はコルトをドリンクバーに向けたが、そいつは動じなかった。


「あなたからは、高貴なる神性と、優しさが感じられます……。私はもう長くないでしょう。殺すにしても、どうか、老いたドリンクバーの最後の一杯を吐き出させてからにしてもらえないでしょうか……」


「ちっ」


 くそったれが。


 俺は一つ前の駅から乗っている、対面の席の小鬼を呼びつけた。


「おい、そこの餓鬼、てめえが飲め」


「馬鹿言うなよあんちゃん! こんなヨボヨボのドリンクバー、中は絶対腐ってるぜ! アメ地下にも置いてもらえねえぞ!」


「飲まねえとぶち抜く」


「ひっ、ひぃ! 堪忍してくれ! おいらこれから上野公園で花見デートなんだ。ドリンクバーのゲロなんて飲めやしねえ! 堪忍してくれよ!」


 小鬼があまりに必死に許しを乞うものだから、どうするか悩んでいるとドリンクバーがしみじみとしゃべりだした。


「上野、懐かしいですね。私も若い頃はあの場所で、ニッキ水とかスプライトを皆に配ったものです……」


 ドリンクバーの言葉に俺は昔を思い出した。

 何も考えていなかったガキの頃、ドリンクバー妖怪のジュースをガブガブ飲んでいた。


 時が経ち、今では毒物が入っているかもしれないからという風評被害で飲む人間はいなくなったが、十年前までは、大人達も普通に飲んでいた。


 あの頃は良かった。馬鹿みたいにドリンクバーを飲んでた。タダだったし、うめえからだ。


 あの頃俺は、何が楽しかったんだろうか。今の俺は何を面白く思わなくなったんだろうか。

 

 おそらく、他人の善意を信じられなくなったんだろうな……。


 などという感傷的な思いが浮かび、このクソみてえな世界に腹立たしくなってきた。


 なんで俺がイラつかなきゃならないんだ! こいつがドリンク押し付けてくるせいじゃねえか! 俺が飲まなきゃいけない理由なんてどこにもねえ! 


「うるせえ! 押せばいいんだろ! 押せば! ぜってえ飲まねえ! すぐ捨ててやる!」


 俺は唯一売り切れ表示が光っていない、あったかコーンポタージュのボタンを強く押した。


 するとドリンクバーはえずき、いつの間にか取り出していたマグカップへ、コーンポタージュと思しき黄色い液体を、口から吐き出した。


『オエッ、オエオエオエッ――――』


 続いて、鼻水をすするような音を出し、湯気立つお湯のようなものを吐いて加えた。



『ジュビッ、ジュビッ! ダバダババババババ』


 そして、ドリンクバーは俺にあったかコーンポタージュなるものを差し出した。


 俺は仕方なくそれを受け取った。

 ドリンクバーは穏やかに微笑んだ。


「ありがとうございます……。これで、わたしは……」


「お、おいっ、お前……」


 あったかコーンポタージュを渡すと、ドリンクバーの輪郭がぼやけ、金色の輝きになると、風に吹き飛ばされる砂のように消えていった。


 どうやら成仏したらしい。


 八百万もいるせいで妖怪以下としてあしらわれる付喪神も、神の一種である。


 己の役割を全うしたドリンクバーにある種の畏敬と、若干の寂寥感を感じた。


 ドリンクバーが消えた後、うるさい電車の音が、やけに静かに聞こえた。


 俺の手に、あったかコーンポタージュだけが残った。


 小鬼が鼻を擦り、少し涙ぐんだ目をして俺に言った。


「飲めよ、あんちゃん」


「あ?」


「ちょっと、感じるもんがあっただろ?」


「ねえよ」


「嘘つくなよ。まあ、飲んでやれよ」


 俺はあったかコーンポタージュを見下ろした。湯気の立つ、そこにあるのはただのコーンポタージュだった。


 子供の頃、ドリンクバーで元を取ろうと、腹がタポタポになるまで飲み続けていた事がなぜか、思い出された。


 いつの間にか小鬼は俺の前にいて、肩に手を置いた。

 見上げると、小鬼は、ニッと笑い、親指を立てた。


 俺はコルトを小鬼に向けた。


 ダンッ! ダンダンッ!


 一発ぶち抜いて、二発ぶち抜いた。


 コーンポタージュを煽った。


 オンボロ野郎の最後っ屁のくせに、やけに熱いドロっとした液体が、口腔内を焼いたが、一気に呑み干した。


 ゲロみたいな味がした。


「オエエエッ、オロロロロロッ!!!」


 窓の外に顔を突き出して、全て吐き出した。


 やっぱり腐ってやがった!


「くそったれが!」


 マグカップを車外に投げ捨てると、電柱にぶつかって粉々に砕け散った。


「はぁ、はぁ……」


 席に座り直すと、床にはのびた小鬼がいた。


 こいつが悪い。デートは中止だな。ざまあみろ……。


 電車は次の駅に近づき、アナウンスと共に減速しはじめた。


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