千年桜決戦5
赤白の大きなパラソル、浜に敷かれたカラフルなビニールシート、バーベキューで焼かれた巨大なステーキの香ばしい匂い、色とりどりの炭酸ドリンク、そしてビール……。
そう言えばもう日付が変わっている。
空腹を感じた。
夕食から何も食ってない。ステーキ肉はとてもうまそうだった。
「ごくり……」
俺は思わず唾を吞んだ。
突如、俺の前に全裸でブラウン管テレビを被った変態男が現れた。
「堕ちましたね」
「ま、まさか!」
俺は自分の身体を見た。
俺は何一つ身に着けていなかった。
今日はデートだったから昨日頑張って高い服揃えたってのに!
手にしていたコルトまで消えていた。
「くそっ! てめえ!」
俺は全裸のテレビ男をぶん殴ろうとしたが、目の前のテレビ男とは別に、隣からゴリゴリマッチョなテレビ男が腕を伸ばし、俺の拳を受け止めた。
「無駄ですよ。ヌーディストとなったあなたは、もはや我々の一員です。我々への攻撃は通りません」
テレビ男の無機質な声で、ムキムキマッチョのテレビ男は、そう語った。
「これから、俺をどうしようってんだ」
「ご安心ください。ここは私の精神世界、愛と平和のスパモンビーチです。本来はビールの楽園ですが、スパモン神を呼び出したエメリア・スパゲッティモンスターの影響もあり、バーベキューと炭酸ドリンク、各種ラーメンの完備されたエデンです。あなたには、ここで三分の間過ごしていただきます」
「三分だと? カップヌードルでも作る気か?」
「いいえ。それだけあなたを足止めすれば私の勝利なのです。なぜなら、ヘンダーソンの呪縛を打ち破ったスパモン桜はあと五十秒で、パリピとヌーディストの聖地、六本木に到着します。到着した瞬間、スパモン桜はこの国に根を下ろし、『桜花千年桜、ヌーディストビーチ』を日本中に放ち、全国民を洗脳し、地上の楽園を築くのです」
「なんだその計画! ふざけんじゃねえ!」
「ふざけてなどいませんよ」
テレビ男は砂浜をゆっくりと歩き、滔々と語った。
「琴平皓月は立派な男根を望み、三千院轍は肉体に縛られぬ生殖を望んだ。天照大御神は弾丸と爆薬が死者への花の手向けとなることを、万久作は自死する者の救済を、早池峰水名は穢れ無き魂へ再誕を。琴平リンネは生きる者の安楽と幸福を願い、かつての皇は人と妖と神が共に暮らす平和な国を願った」
テレビ男は滔々と語りながら砂浜を歩いた。
「『桜花千年桜、ヌーディストビーチ』は彼らの願いを礎としています。私が桜花結界を用い、最高の神国を造り上げるのです」
テレビ男は拳を握りしめ、高らかに宣言した。
乾いた笑いが出た。
「……は、ははは。ってことは、俺がヌーディストビーチのアダムって事になんのか?」
「一番乗りというだけで、そんな大層なものではありません。もうすぐ皆さん、この世界に招かれます。アダムとイブごっこをしたい方は自分でお相手を見つけていただきますが、見つからなくてもご安心ください。ここにはストリッパーがたくさんおります。皆、ブラウン管はかぶっておりますが」
テレビ男が指を鳴らすと、ブラウン管を被った、多種多様な形状の老若男女の人妖が遠くの砂浜にまで、現れた。
テレビ男はそれらを見て満足げに頷いた。
「今、スパモンが大地に根を下ろしました。さあ、この国に真の幸福が訪れます!」
「待てよ」
「なんです?」
テレビ男は俺を振り返った。
「エメリアはどうなる?」
「エメリア・スパゲッティモンスター?」
「あいつは桜花結界が効かねえ。どうするつもりだ」
「彼女はスパモン様の降臨を願っています。この国がスパモン教の支配下となることはむしろ喜ぶでしょう」
さも当たり前のように語るテレビ頭に、俺はイラっと来た。
「エメリアを舐めるな。そんなんだからてめえらは頭スパモン教なんだよ」
「どういうことです?」
その瞬間、どこかから声が聞こえた。
「暁!」
それはまさに、エメリアの声だった。
「まさか! もう一度千年桜の結界を打ち破ったと言うのですか!?」
「服を着ろ馬鹿! こっちに来い!」
エメリアの声がして、首根っこを引っ張られるような力と共に、目の前のビーチが薄くなり、現実に引き戻されていく感覚がした。
このままエメリアに身を任せれば、おそらくこのクソみたいなビーチから抜け出せるのだろう。
だが、俺はその力に抗った。
「馬鹿はてめえだ! エメリア! てめえがこっちに来るんだよ!!」
世界の全ての在り方が見えた。
因と果の繋がり、運命、時間の流れが、どこを辿り、どこに紡がれるのか、それらが何をもたらすのか、その全てが俺の瞳の中に在った。
そしてそれら全ての因果をぶち破る、俺を背後から引っ張るエメリアの細い手を、俺は強く掴み、このクソビーチに引きずり込んだ。
すぽんっと、大根が抜けるような感触があった。
背後でエメリアの驚く声がした。
「うおぁっ!」
「てめえが生み出したスパモン、てめえが片付けろやぁ!!」
俺は引きずり込んだエメリアを、背負い投げの要領でテレビ男に叩きつけた。
ブラウン管テレビが盛大に砕け、奴が展開した精神世界である『桜花千年桜、ヌーディストビーチ』がひび割れ、全体に激しいノイズが走った。
この好機、逃せるはずがない。
俺は超絶集中した。
「『十王輪廻五道転輪』」
世界の輪廻が一点に収束しているようなものが見えた。
「くたばれ! この変態テレビ野郎がっ!!」
俺はエメリアを手放し、テレビ男の心臓を抉り、そこに在った物を引きずり出した。
「ズッビャァァァァァァッッッツツ!!」
テレビ男は断末魔を上げた。
精神世界が崩壊し、俺達は吐き出されたように何かから飛び出し、千年桜内部の苔むした床の上を転がった。
見ると、部屋の中心には、さっきまでは存在しなかった巨大なブラウン管テレビがあった。
おそらくはテレビ男の術の核であり、隣でエメリアも転がっていることから、俺達は巨大なテレビからは飛び出して来たらしい。
俺は精神世界でぶち抜いたテレビ男の憑代を握りしめ、あたりを見回した。
ここにいて欲しいやつはすぐに見つかった。
侵入途中で入り口が塞がったのか、胴体半ばで壁に埋め込まれた状態の久作と、その前で切り傷にまみれで、満身創痍の雪子がいた。
「雪子!」
「わ、分かってますよ……」
雪子の左手は至る所で肉が裂けてボロボロになっていたが、残っている左手を俺に向けた。
「『——黒釘』」
彼女の指先に、今にも消えそうな黒い一点が生まれた。
俺は詠唱した。
「『絶』」
停止した時間を駆け、雪子の『黒釘』にテレビ男の核をぶち込んだ。
そして、時間停止を解除した。
白い空間の時と同じ、核が砕けて眩い爆発が起こる――はずだった。
ぱんっ! ぱんっ!
その時、鳴ったのは核の爆ぜる轟音ではなく、空間中央の巨大テレビからの安っぽいクラッカー音だった。
衝撃に備えていた俺は、拍子抜けした。
「残念! 外れです! ズビャビャビャビャ!」
テレビ画面の中で全裸のテレビ男が腹を抱えて笑っていた。
「てめえ! 何をしやがった!」
「常識的に考えて因果を操る『五道転輪』が、あなたみたいな素人に、何度も扱えるわけがないじゃないですか。しかもエメリア・スパゲッティモンスターに触れた直後に! あなたが取り出したのは精神世界で私が造り出したフェイクです」
「くそったれ! 出てこい!!」
俺は巨大なテレビ画面に頭突きした。額から血が流れたが、テレビ画面はびくともしなかった。
テレビ男はくそったれビーチで優雅に一礼した。
「そんな乱暴なことはせず、ご自愛ください。これより、この国の全ての者がヌーディストに変わり、精神と肉体の解放が得られるのですから。ズビャビャビャビャビャ――」
「はい、終わりー」
ブラウン管テレビの中で、テレビ男の胸が背後から一本の腕に刺し貫かれた。
その手の中には、核であるプラグのような憑代が握られている。
テレビ男は力なく砂浜に倒れた。
そこにいたのは、母さんだった。
母さんは倒れたテレビ男を引きずりながら、テレビ画面から出てきた。
出てきた全裸のテレビ男は、母さんを見上げ、驚きを禁じ得ない様子だった。
「リ、リンネ様……? なぜ、ここに……」
「確かに君の桜花結界はさっきまで私と水名を弾いていたよ。でも、あの通り、久作が身を以てこじ開けてくれている。その上、私の血を分けた息子が居れば、道は簡単に繋げられる」
母さんは久作の方をちらと見て、手を振った。
「お疲れ。久作」
「は、はやく、どうにか、してくれ……」
久作は苦しそうに言った。
母さんの傍に、青い光が生まれた。
ぱっと、青白い髪に青い瞳の水名が、現れた。
「おつかれ、みんな。今のところ、ヌーディスト化の影響は関東地方に収まってるよ」
「全然だめじゃねえか」
関東に何千万人いると思ってんだ?
「いやー。テレビ男がここまでやるとはね。さすが僕が生み出した最強の付喪神、桜花陰陽極受像電子ノ尊だよ。うんうん」
「感心してんな。桜花結界で、どうにかできるんだろ?」
「もちろん。でも、その前に、ちょっと」
水名はボロボロの雪子に歩み寄って、抱きしめると、彼女の額にキスをした。
「雪子、数年後に、またここで会おう」
「お姉ちゃん、また千年桜と一つになるの?」
「デバックは終わりかけてたんだけど、これだけのことがあると修復には時間がかかりそうだね。テレビ男も作り直しだし。でも、雪子には二人も友達がいるんだから、もうちょっとくらい僕がいなくても、平気だろう?」
「……そんなことない」
「んまー! もう雪子は可愛いなあ!」
水名は雪子を抱きしめて、髪をぐしゃぐしゃに掻き回した。
それから、母さんに捕らわれているテレビ男に向き直り、水名は鋭い目を向けた。。
「じゃあ、テレビ男。再起動だ」
水名の輪郭が、水のように液状に解けて変貌した。
それはおぞましくも、美しい、幻想的な姿だった。
大きな尖ったくちばし、瞳のない二つの窪み、細く長い蛇のような胴体の背からは無数の触手が翼のように伸び、前方には百足のような足がずらりと並び、尾は大小様々に七つに分かれていた。
全身は透明で、水のような液状なもののようにも、氷のように硬質のもののようにも、ゼリー状のような弾力のあるもののような、どれのようにも見えた。
それは動物からかけ離れた、別の生命の形状だった。
水名は母さんが放り投げたプラグのようなテレビ男の核と、テレビ男の肉体を、くちばしを広げた大きな口で呑み込んだ。
すると、母さんが傍の前まで寄ってきて、背伸びして俺の頭を撫でた。
「あんたの背がもうちょっと伸びて、大人になった頃くらいにまた会おうね」
母さんは俺から距離を取った。
水名は音もなく地面を滑り、主に仕える龍のように母さんに身を寄せた。
「まさか、母さんも、ここに残るのか?」
「じゃあね、暁」
水名の頭を撫でながら、母さんは俺に手を振った。
夢から覚めるように、母さんと水名のいる世界が急に遠くなった。
「母さん!!」
俺は手を伸ばしたが、視界がホワイトアウトし、何かをすり抜けていく感覚があった。
薄れゆく意識の中、慌てた母さんの声が聞こえた。
「あ! 忘れてた! 妹は久作ん家に預けて! お義母さんバカだし! 多分まともな大人に育たないから!」
それはごもっともだと思ったが、だったら、俺も久作ん家に預けとけよと、思った。




