旧友3
「いいよ」
親父の要求を、母さんは意外なほどあっさりと承諾した。
静かな、それでいて有無を言わせぬ声で、親父は尋ねた。
「どこにある」
「知らない。千年桜に入るから邪魔だったし、封印して早池峰に預けた」
「早池峰、どこに隠した」
「さあ?」
水名は首を傾げた。
「汚いから轍に渡した」
「おい轍。どこだ」
「そんなんいつぞやに、わっぱに渡してもうたけど」
「息子よ、どこにある?」
「あんときの箱?」
轍に直接渡された物なんて一つもないが、おそらく中坊の頃、轍の所に取りに行かされて半殺しにされた時の荷物だろう。
それは格子状にも関わらず、中を見通せない正方形の木箱だった。
中に何が入っているのか不明だったが、生き物でも入っているのか、勝手に汚れる謎の箱だった。使っていない屋外のぼっとん便所に引っ掛けといて、月に一回、一日川で流水に浸してからコインランドリーで洗濯をしていた。
「そういや昨日、無くなってたな。雪子知らねえか?」
俺は地面に這いつくばったまま雪子を見上げてた。
いい加減誰か俺の事も治癒してくれねえかな。
「え? あれって皓月さんの愚息だったんですか?」
「今どこにある?」
「エメリアが封印破って持って来て、気持ち悪いってトイレに流しました」
「エメリアアアアアアアアアアアアア!!!」
皓月は絶叫した。
「俺の! 俺の大切な息子が!!」
「下水が詰まってたから、どっかにひっかかってるかもな」
トイレが使えず、外のぼっとん便所使って、箱が無いことに気づいたんだよな。
「でかしたぞ息子! いや、……待てよ。エメリアを攫った時、眠らせたあの作業着姿の二人……まさか配管業者か!?」
「昨日百夜さんが水回りの業者に電話してましたね」
雪子の言葉に皓月の顔が青くなった。
皓月は母さんに土下座した。
「リンネ! 頼む! この通りだ!」
「さすがに可哀そうだから、ちょっと探ってみるけど……」
母さん片手を皓月に差し向けて、何かを探るように瞳を閉じた。
「うーん。皓月くんの息子、青梅のどっかでで火に焙られてるっぽいね」
「焼却処分場か!」
皓月は目にもとまらぬ速さで印を切った。
「『星霜』!!」
皓月は時を止め、魔術で瞬間移動し、姿を消した。
皓月が移動したことで能力範囲外に出たのか、すぐに時間停止が解除された。
「さて。皓月くんもいなくなったし、誰か暁の身体治してあげてくれない?」
「いいよーリンネ!」
轍が笑顔で母さんに再び抱きついた。
「は?」
気色悪すぎて思わず声がでた。
「は?」
轍がいつものゴミを見るような視線で俺を見下ろした。
「わっちが治すのに文句でもあるん?」
「な、ないです……」
「わっぱ。好きな数、言うてみ? 足は五本で、手は何十本欲しいん?」
「わーだーちー」
母さんが目を細めた。
「リンネー。冗談に決まっとるやんかー」
轍は母さんに抱きついたまま、一瞬にして俺の手足を再生させた。
その治癒能力は雪子を軽く越えている。雪子は一流の治癒魔術師だろうが、轍は存在からして魔術師としての格が違うのだろう。
久作が全体を見渡して、話を切り出した。
「それで、リンネ、早池峰。桜花結界からスパモンの影響を排除できたのか?」
「九割九分はね。あとは僕が造り上げた最強の付喪神、AI搭載型テレビ男で全て書き換えれば――あれ? 壊れてる?」
俺達全員の視線が、壊れたテレビ男で停止した。
「わっぱ、やらかしはったな」
「『絶』」
殺気を感じた俺はとっさに時を止めて、轍の元を逃げ出した。
時間停止を解除した瞬間、轍が無詠唱で放った玉赤花が、地面で飛散して消えた。
「逃げ足は父親譲りやわぁ」
「轍。向ける相手が違うぞ」
久作がテレビ男を見据えてそう言った。
瞬間、テレビ男が青い稲光を放ちながら、立ち上がった。
服の隙間の至る所から電流が溢れだし、白い空間が何十もの稲妻に埋め尽くされていく。
「暴走してるね」
水名が涼しそうな顔で言った。
「さがり」
轍が皆の前に進み出た。
彼女の纏う金銀に命が宿り、犬猫の形を取って四方に飛び出したかと思うと、形を崩し、幾何学的な金銀の模様となって、金銀の曼荼羅を造り上げた。
轍が美しい声で詠唱した。
「『春光、草露の煌めき。夏日、騒乱の黒天。秋帳、渡り鳥の安寧。冬夜、雪原の新月。千年よ廻るがいい。妾が約束せしは睡蓮の終焉、岩山の天女の骸、光輪の零落である。汝、泥中にて、瞳を開き、衆生を一瞥せよ。「弥勒」』」
彼女の前に、三メートルほどある弧を描く黒い弓のようなものが生まれた。
この世ならざる異質な黒い弧は、脳裏を金属で擦って抉るような、高音と重音を響かせていた。
弧はゆっくりと、二つに裂けて開くと、それは瞳に変わった。
まるで未来から過去を見つめるような、哀愁の憂いげな瞳だった。
その視線はテレビ男に注がれた。
テレビ男のブラウン管がボコンと大きな音を立てて内側に凹むと、深海で潰れる潜水艦のごとく、周囲に溢れる稲妻も吸い込みながら陥没を繰り返し、アルミ缶ほどの大きさに凝縮され、爆散した。
久作が歓声を上げた。
「やったか!?」
「久作、それ言いはったらあかんやつやわ」
「昔から余計なこと言うよね」
母さんにまでに、なじられたて久作は咳払いをした。
「偶には言う側に回りたかっただけだ」
「ってことは、第二ラウンドだね」
爆煙の中を見通したように、水名が不敵な笑みを浮かべた。




