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桜花結界内部2

 どれくらいの時間が経ったのか。


 目が覚めたのだから、意識を失っていたのだろう。


 脳裏に焼き付いていたのは眩い白の閃光だったが、今見えているのは黒だった。何もかもを掻き消すような耳鳴りがしていて音が聞こえない。

 ただ、腕は動かせるし、足も、片方はずいぶんな有様だろうが、もう片方はしっかりしてるようだった。どろっとした液体のような何かを口かどこかから吐き出して、ようやく空気が吸えた。


 片目だけ、ぼんやりと見えてきた。


 白い空間。


 一応、壁と床があるのか、黒く焦げている爆心地と、転がっているのが三つ。


 エメリアは無傷で、テレビ男はテレビ頭がひしゃげてぶっ倒れていて、少し離れた場所に転がっている雪子の周囲には赤い血だまりができている。


 俺は苦労して立ち上がると、辛うじて繋がっていたのか、右腕がコルトを握ったまま千切れて落下した。


 痛みはなかった。


 耳鳴りが去っても、耳がボンボンなっているようなそんな感じがする。


 コルトが無いと不便なので、俺は屈もうとして、左足が変な方向に折れた。


 ドタッと倒れたついでに、捥げてもコルトを離さない右手を左手だけでこじ開けて、銃を取り上げた。


「だっる……」


 水でも呑みたい気分だった。


 今呑んだら脳がキマるだろう。


 俺は再び立ち上がり、左足を引きずりながら歩き出した。


 肉体の再生が遅すぎる。


 再生は無尽蔵ではないとは思っていたが、ここが限界らしい。


「……最強には程遠いな」


 この一件が片付いたら、再生を操れないか修行する必要があるな……。


 ゆっくりと歩みを進める。


 時折血を吐き、肉体が徐々に再生していくのを待ちながら、一歩一歩、足を運んでいった。


 ようやく雪子の元まで辿り着き、彼女を見下ろすと、大した怪我はないようだった。


 右手の指が全て欠損し、前腕の骨が皮膚から突き出し、右の大腿があらぬ方向に折れているくらいだ。


 こいつは魔術で再生するせいか、意識がないと再生者(リジェネーター)レベルの回復はできないようだ。


 俺は死人のような声で呼びかけた。


「おい、雪子。起きろ」


「ん……」


 雪子は苦悶の表情を浮かべた後、細くその青い瞳を開いた。


「……あかつき、さん?」


 彼女の丸い瞳が、ぼんやりと俺の姿を見た。


 俺は彼女に向けていたコルトの引き金を二度引いた。


 ダンッダンッ!!


 霊力を強く込めた霊弾に打ち抜かれた雪子の両腕が、千切れて白い床に赤い軌跡を残して転がった。


 彼女の絶叫が、白い空間に木霊した。


 俺は跪き、雪子のドレスの胸倉を掴んで引き寄せた。


「てめえが死ぬなら、俺を殺せ」


 彼女は引きつるように目を見開いて俺を見た。


 青い瞳が恐怖に揺れていた。


 彼女は震える唇で怯えるように言った。


「な、なんで……」


「俺はてめえを止め続ける。手足を捥いででも生かしてやる。てめえがほんとに死にてえってんなら、俺を殺して死ね」


 彼女は肩で荒い息を吐いた。


「……意味が、わかりません」


「一瞬で殺せんだろ。てめえの力ならいつだって一瞬だ。誰だって塵一つ残さず消し去れる。そんな狂った力持ってりゃ頭もイカれて死にたくもなるのかもな。でもなあ、てめえが死んだら、てめえが終わっちまうだろ! クソみたいなこの世で、てめえがてめえを買わなくて、誰が買うってんだ!!」


「暁さん……」


 雪子が目を伏せた。


 長い睫毛が、瞼の先で震えていた。


 彼女は固く目を瞑った。


 俺の左腕が消え、重心が狂い、雪子の上に倒れ込んだ。


 いや違う!


 俺の左腕も、両足も、全てが消え去っていた!


「くそっ、野郎が!」


 俺は雪子に重なるように倒れた。


 痛みはなかった。痛覚はとうにいかれてる。


 手足を失くした俺の下で雪子が悪戯をした子供のように笑い声をあげた。


「ふふっ、あははははっ……。面白いですね」


「全然面白くねえ!」


 笑う彼女の吐息が俺の首筋にかかった。


「そうですか? でも、ありがとうございます。あなたにそう引き留めてもらえただけで、この街に来た甲斐はありました」


 雪子は倒れた俺の身体を、再生した手で――いや再生した手ではなかった。氷で創った動く義手で、彼女の上からどけた。


 立ち上がる雪子に、俺は叫んだ。


「行くな! 待て! ぶっ殺すぞ!」


 彼女は俺に背を向けたまま、歩き出した。


「逃げんじゃねえ! てめえが、死んだところでどうなる! 無駄死にだ! 桜花結界なんてなくていい! この国のゴミ共の為に死ぬな! クソ馬鹿! 勘違い女! 戻れ! 戻ってこい!!」


「暁さん」


 雪子が俺の名を呼び、振り返りった。


 俺はその瞬間の彼女を見て、息を呑んだ。


 雪子は今までにないほど優しく微笑んでいた。


「さようなら。私は、あなたの事が——」


「あーー!!! ホントに雪子だ!!」


 突如、どこかから声がした。


「え?」


 雪子が、声のした方を振り返った。


 何もない白い空間に、魔法による転送ゲートと思しきものが開かれていた。


 ゲートの中から飛び出して来た女は、一目散に雪子に駆け寄り強く抱きしめた。


 雪子は驚いた表情で彼女を見つめていた。


「お姉……ちゃん……?」


「雪子大きくなったねー! うんうん。僕は非常に感心してるよ! 時間がなくて母さんにしか伝言を残せなかったからね。どうやら上手く伝えてくれたようだね」


 雪子が姉と呼んだ女は、雪子と同じ、青く白い髪に青い瞳の女だった。


 彼女は数年前に流行っていた春物のコートに、白いシャツ、茶色いスカートを履き、いかにもそこらへんにいる服装の女だった。



「お姉ちゃん、どうして、生きてるの……? 桜花結界の為にその身を捧げたんじゃないの?」


 雪子は呆然としていた。


 それは俺も同じだった。


 だが、雪子の姉は、何でもない事のように首を傾げた。


「あれ? うまく伝わってなかったようだね? 母さんには桜花結界のデバックのため千年桜と同化するけど、雪子が高校生になった十六歳の誕生日には絶対終わらせるから、東京に会いに来てって伝えたんだけどね」


「そんな……!」


 雪子は両手を口に当てて、姉に抱かれながら、地面にへたり込んだ。


 よっぽど衝撃的だったのか、両腕の氷の義手が外れて地面に転がった。


 雪子は涙を浮かべた。


「母さんは千年桜と一つになったお姉ちゃんと同じところに行かなきゃいけないって、私に言うから……、てっきり……」


「よくわからないけど、どうやら言葉が足りなかったみたいだね」


「うぅ……」


 雪子は俯き、ボロボロと涙を流し始めた。


「大丈夫だよ雪子。ほら、もう痛くない」


 雪子姉は座る雪子を抱きしめ、その頭を撫でた。


 瞬間、雪子の腕が、神の奇跡のようにさっと現れて、元に戻った。


 雪子姉は雪子を抱きながら俺の方に視線を向けた。


「さて、そこの君だね。一月前、千年桜を破壊しようとして、さらに僕の雪子をひどい目に遭わせたのは」


「ち、違う、俺は、雪子を助けようとしただけだ!」


「いいや嘘だね。君はここが何処か分かっているのかい? 桜花結界の内部だ。ここにいる存在の感情は、桜花結界に大いに影響を与える。君の悪しき感情の影響を排除していたせいで、雪子の誕生日に十五分も遅れてしまったんだよ」


 雪子姉は俺に向かって手を向けた。


「君はこの場に必要ない。因果律を修正する上でも、君は虫になってもらう」


「はあ?」


 何をぬかしてるのかと思った次の瞬間、俺は戦慄した。


 圧倒的な力が世界を支配したのが、本能的に分かった。


 その力の中心は雪子の姉にあった。


 その時、俺が受けたのは、神の掌の上に置かれたような奇妙な高揚感と恐怖だった。


 視界が赤く染まり歪曲し、五感が砕け、輪郭がぼやけ、骨が溶け押し込められるような地獄の苦しみでありながら、なぜか恍惚とさせる奇妙な感覚が俺を襲った。


水名(ミナ)


 だが、その陶酔させる違和感は、新たに現れた誰かのたった一声で消し飛ばされた。


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