隅田川検問突破1
「どうやら隅田川で検問を張られてるな」
渋滞に引っかかって、親父は窓から身を乗り出して前方を確認した。
「検問ごときで、俺を止められると思うなよ」
「策があるのか?」
「大人を舐めるんじゃない。お前みたいなガキとは違うんだ」
親父はギアをパーキングに入れ、サイドブレーキを引いた。
エメリアが背後で声を上げた。
「え? また、あれをやるの皓月」
「当り前だろ」
「えー! やだやだ! 我もう犯罪したくない! 国籍も住所も保険証も手に入れたのに失くしたくない!」
拒絶するエメリアを無視し、親父は印を結び、詠唱した。
「『星霜』」
世界の全てが静止した。
時間が止まり検問の赤い回転灯も、アイドリングで揺れる車も、全てが停止した。
親父は命令した。
「エメリア、やれ。お友達の命がかかってるんだぞ」
「うう……」
「何をする気だ」
俺には二人が何をするのか見当がつかなかった。
「見てれば分かる」
エメリアはドアを開けて降りて、運転席と助手席のドアを開けた。
エメリアは時間停止した世界で、容易に物質に干渉した。
それは一つの神業であり、俺はいつも感心してしまう。
「時間停止能力、自由に動けると便利だな」
「時間を止めれるお前たちが動かせないのがどうかしてるんだ」
エメリアが拗ねたように言った。
くっくっくと、皓月が笑って語った。
「時間停止空間で自由にものを動かせられれば無敵だよな。だがな、おもしろい話がある。お袋は時間停止能力を使って、万引きしていた時期があってな。サツや魔術師が張り込んでも、犯人が見つけられなかったんだ。当然だ。時間停止されて盗まれてるんだから、見つけられるはずがない。しかし、繰り返しやりすぎたせいで最後には、犯罪の完全性が犯人像を狭める情報になって、お袋は捕まった」
「ババアらしいな」
「張り込んでるところにわざと盗みに行ってたりしたからな。あの時の牛肉は旨かった」
俺達が話をしていると、エメリアは通行人の女性を引きずってきて、車に乗せてシートベルトを着けてドアを閉めた。
エメリアは額の汗を拭って言った。
「よし」
「よくねえだろ。ってか、これになんの意味があるんだ?」
皓月は平然と言った。
「偽装工作だよ。空の車が渋滞にあったら変だろ。適当な奴に押し付けて騒ぎを起こして注意を引かせる」
「最低だな」
「うるせえ息子だな。これが時間停止能力者のやり方だ」
「ズルじゃねえか」
「ズルしないで何が時間停止能力者だ? そんなんだから数秒しか止められねえんだぞ」
「ぐ」
胸に刺さる一言だった。
俺はこの力を卑怯な力だと思っている節がある。
だから能力が上手く使えないというのは、あり得ることだった。
そこから俺達は徒歩で検問を抜け、その先の信号で止まっている車から人を降ろさせ、俺達は車に乗り込んだ。
「よし、いくぞー!」
時間停止を解除しアクセルを踏み込んだ親父が上機嫌で言った。
「スパ子が嫌がるのも分かるぜ」
後部座席でくたびれたて座るエメリアに俺は同情した。
「皓月は時間止めてるだけで、我が全部やるしかないから、余計嫌なんだよ、これ……」
「いいじゃねえか平和的で。誰も傷つかねえ」
「二人は被害者出てるけどな」
親父は鼻歌交じりに車を走らせていたが、しばらくして、背後から武装パトカーが赤いサイレンを光らせて追ってきた。
「あ?」
親父が怪訝な顔を浮かべた。
パトカーのボンネットがひっくり返り、弩弓が車体に現れ、縄のついた銛が放たれた。
親父は背後へ手を向け無詠唱で結界を生み出し、銛を弾き返した。反射した銛はパトカーのバンパーに突き刺さった。パトカーがスピンしてガードレールに衝突して大きな音を立てた。
「おいおい、なんでバレてんだ!?」
親父が声を上げた瞬間、俺はピンと来た。
「検問だ」
「なんだって!? さっき完璧に通過したじゃねえか」
「ババアの万引きと一緒だ。完璧だからダメなんだ」
赤信号を無視して親父は交差点に突っ込み、ドリフトしながら右折した。
「普通、道を歩いたのにいつの間にか車に乗ってたら、車から飛び出すだろう? あるいは車から突然下ろされたら、慌てふためくだろ。やつらは検問周辺でそういう人間を探してたんだ。初見だったらそんなの頭のおかしいやつの戯言だけど、お前らがこの手口を何度もやったせいで、バレてたんだ」
俺の分析を聞いて、親父はニヤリと笑った。
「そうかい」
「なんだ、まだ手があるのか?」
親父は簡易魔法でフロントガラスを吹き飛ばした。
「だったら、こっからは実力行使だ どのみち、上野駅周辺は封鎖されてる!」
確かに、前方に伸びる上野公園へと続く道は、警察車両とバリケードによって封鎖されていた。
武装警察車両が並び、赤いランプの光る道の上に、夜でも薄く輝く千年桜と、それに巣くう忌まわしく冒涜的で巨大なスパゲッティモンスターが見えた。
『星霜』
親父が急に時を止めた。
乗っている車も静止し、全てが停止した世界の中で、美しい声で詠唱した。
「『汝らは神の御名において旅に出る。主が汝らの右側に歩み、聖母が汝らの左側に歩まれる。 神の御手が汝らを覆い、聖霊が汝らの足元を照らす。いかなる剣も、いかなる銃弾も、いかなる悪意も、汝らを傷つけることはできない。 汝らは主の十字架の影に隠されているのだから。 父と、子と、聖霊の御名において。アーメン』」
十字を切り、詠唱と共に八星のヘックスサインの魔法陣が展開され、召喚された幸運を告げる鳥がバリケードを駆け抜けた。
「あー! 邪教の呪文! 邪教の呪文! 許すまじ皓月!!」
親父に組み付こうとするエメリアを押さえて俺は尋ねた。
「加護の呪文?」
「そうだ」
「そんなの敵にまでかけてどうすんだよ」
「殺しちまったら俺が穢れるだろ。長く生きるには穢れないことが大切だからな」
瞬間、親父は時間停止を解除した。
親父はアクセルを深く踏み込みながら、両手で素早く印を結びつつ、現代西洋魔法の幾何学的な魔法陣を無詠唱で二重展開し、さらに詠唱した。
「『蒼龍の加護を以て射抜け、「超新星」』」
星雲のように幽玄な虹彩が現れた次の瞬間、白光が一直線に道を貫き、全てを爆発させた。
武装車両は高く吹き飛び、ビルの屋上に落下し、バリケードは粉々に砕け散った。
「見たか! 公僕の馬鹿ども! 俺とやりたきゃあ警察予備隊の戦車くらい用意しとくんだな!」
親父は楽し気に嗤った。
やってることはイカレてるが、おかげで上野公園までの道はすっきりした。
とりあえず俺は、一撃で吹き飛ばされた不憫なバリケード部隊の無事を祈った。




