表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
42/54

桜花結界1

「目が覚めたか?」


 走る車のエンジン音が聞こえた。


 窓の外でオレンジ色の首都高速の街灯が過ぎ去っていく。


 俺は後部座席で寝かさているようだった。身体を起こすと、皓月がハンドルを握っていた。助手席にはエメリアが座っている。


 向かう先なんて、聞かなくても分かった。


 上野千年桜だ。そこ以外、行く場所なんてない。


 エメリアが後ろを振り向いて言った


「暁、情けないですねー。デート中に彼女を攫われるなんてー」


「うっせ」


「うるさくないよ。このままでは雪子は死にます」


 エメリアが真面目な顔をして言った。


 こいつのこんな顔は初めて見た。


「暁は雪子のことを知らなかったんですか」


「知ってたらとっくに手を打ったっての」


 知ってたらずっとマシな話ができた。もっと良い解決策が見つけられたかもしれない。


「おい、クソ親父。説明しろ」


「人に教えを乞うて、クソを付けるんじゃないクソ息子」


「じゃあ、教えろよ親父様。千年桜のために、どうして雪子が死ななきゃいけないんだ」


「それを知って、どうする?」


「千年桜をぶっ潰すに決まってんじゃねえか」


「面白い事を言うな。どうやって壊すんだ?」


「千年桜にエメリアを括り付けて、結界が弱体化した状態でぶん殴ってりゃ、壊れんだろ」


「発想としては悪くないな」


「はあ? お前達親子は揃って頭おかしいのか?」


 エメリアが俺を睨みつけた。


 親父は口元に笑みを浮かべ、唐突に語り出した。


「少し前の話になる。千年桜は、俺と久作、轍、早池峰、リンネ、天照、ショウちゃんで創った」


「ショウちゃんって誰だ」


「ショウちゃんはショウちゃんだ」


 親父はそれを説明する気はないようだった。


「千年桜のアイデアが浮かんだのは、俺が大学の頃だ。ふと思ったんだ。『穢れ』ってエネルギーにしたらやばくね、ってな。そもそも『穢れ』てのは、原爆が人間も妖怪も神も土地も、まとめて吹き飛ばしちまったせいで生まれた荒魂(あらみたま)なんだが、とにかくやばかった。それを鎮めるために西京のやつらが、天照の身を三つに分かち、『穢れ』と合わせあたらなる神として鎮めようとしたんだが、見事に失敗した」


「そんなの、聞いたことないぞ」


「国家機密だからな。米カスに迫られてたからって、天照を生贄にしようって発想が雑魚なんだ。五年も本土決戦やってりゃ天才的な魔導士もいなくて、貧相な発想の奴らだけだったんだろうな。当時ガキだった俺や轍にやらせたほうがマシだっただろう」


 親父は嘲けるように言った。


「結果『穢れ』は天照の神格を得てこの地に強く根付いた」


「国は何もしなかったのかよ」


「できなかったんだ。戦後でこの国は、米カスの息のかかった宮家の西京、天照の治める東京、露馬鹿に取られた東北の三つに分裂してたからな。朝鮮がドンパチした頃、露馬鹿は北に追い出されて、その後は東京の天照、西京の宮家で対立した。米カスは天照が実は露馬鹿に味方してると疑って、西京に東京を攻めさせた。米カスの支援を受けた西京があっという間に東京を奪ったが、米カスの支援を受けているってのが、西京のやつら以外全員気に入らなかったらしく、周りに掌を返されて、西京は負けて、結局この国は天照が治める神国となった」


「その間『穢れ』はどうなってたんだ?」


「ずっと、在ったさ。天照の神格を得たことで、荒魂のような激しさは無くなり、神としての形を得つつあった。東京と西京が戦っているうちに、穢れの産土神(うぶすながみ)として、各地に神と眷属が産まれ、彼らの穢れた大地を守るようになり、最後に、穢れた大地の外の世界を求めるようになった」


「人を襲うようになったのか」


「そうだ。触らぬ神に祟りなしと言っている場合ではなくなった。天照の統一の下、神国は、『穢れ』を祓うことに力を注いだ。だがそれは上手くいかなかった。彼らの『穢れ』は通常の穢れとは性質が違った。多くの犠牲を出し、成功と失敗を繰り返し、徐々に祓い清めていったが、そのうち神国内部にも膿が溜まり、カルト宗教が産まれ、テロが起きた」


 親父は苦虫を噛み殺したようにそう言った。


「敵が変わるだけの、終わらない戦いに俺はうんざりしていた。そんな時、リンネと出会った。期して、久作も帰ってきて、轍と早池峰も久作を見に来た。久しぶりに大学の旧友共の顔を見た時、俺はかつての空想を思い出した。三つ分けたに天照もまだ二人いる。さっそくショウちゃんに連絡を取った。そして、俺達は桜花結界および千年桜を創るために動き出した」


 車は高速を降りて、緩やかな長いカーブを曲がり、一般道に下った。


「そして、できた」


「できた、じゃねえよ! 俺が知りたいのは雪子がなんで犠牲にならなきゃいけないかだ。桜花結界の作り方が肝心じゃねえのかよ」


「全く肝心じゃない。むしろ、計画はうまく行き過ぎて、簡単にできた。で、問題はできた後に生まれた」


 一般道へ合流する信号で停車しながら、親父は続けた。


「桜花結界は感情に敏感な、混沌とした結界として完成した。しかし、『穢れ』が最も大きなエネルギーとなっている。そのため常に『穢れ』に含まれる苦痛や憎しみ、悲しみの感情に影響され続けることがわかったのだ。それを抑えるには、強靭で善良な精神を必要とする。お前の幼い頃、リンネが、次に早池峰が、『穢れ』に汚染される桜花結界を抑えるために犠牲となった」


「だからって、雪子が犠牲になる必要はないだろ」


「桜花結界をコントロールするには強大な魔力が必要になる。お前の女は早池峰と同じ、日本の原初の神に近い古の雪女の娘だ。ゆえに、轍たちは彼女を犠牲としたほうが、桜花結界に良いと判断したんだろう」


「轍が?」


 親父の話に俺は少し疑問を持った。轍は頭こそおかしいが、神国の為に動いている人間だ。そんなやつが年端も行かない少女を犠牲にするだろうか……。


 いや、するか。


 普通にしそうだ。


「轍ならやるだろうな」


「それに彼女の精神が、善良であることも重要なファクターとなる。他者の為に自分の命を捧げようなんて、普通は考えない」


 俺は沈黙した。


 親父のいう事はもっともだった。


「この犠牲は、いつまで続くんだ?」


「『穢れ』の浄化はあと数年で終える。今回が最後の犠牲者だろうな」


「……だったら、俺でも良いって事なのか?」


 言葉にしてから、はっとした。


 親父は苦々しい顔をしていた。


「いや、そういう意味じゃない。魔術的な話を聞いただけだ」


 俺は言い訳する様に口にした。


 信号が青に変わったが、親父はアクセルを踏まなかった。


 灰色の瞳が、俺を見据えていた。


「それはさせない」


 後ろからクラクションが鳴らされた。


 親父は俺を見つめ、強く言った。


「俺はもう二度と、大切なものを失いたくはない」


 しびれを切らした後続車が隣のレーンに避けて俺達を抜いていった。


「それに、焦ることはない。今なら全てを手に入れることができる」


 そう言うと、親父は前を向いて、それからアクセルを踏んだ。


 ゆっくりと車が加速し始めた。


「俺は、リンネを取り戻すために、この国にやってきた」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ