テレビ男2
皓月は一か月前の、紫色のシャツに黒いズボンの姿ではなく、アロハシャツに短パン姿だった。
久作と同い年であるはずなのに、神の血のせいで若く、どうみても二十代の若者にしか見えなかった。
「変な魔法掛けられてんだろ。ほらよ」
皓月はなぜか物干し竿を担いでおり、その先に吊るしてあった何かを俺の上に落とした。
「うげ」
それは金髪の少女だった。
魔術用の人形でも吊るして来たのかと思ったが、髪の匂いが完全に我が家のシャンプーだったので、見なくてもエメリアだと分かった。
マジックキャンセルで装備を潰されないよう、物干し竿に引っ掛けて運んできたらしい。
そして、例によって例のごとくこいつは気絶している。おそらく気絶パンチを喰らったのだろう。
エメリアの存在は非常に助かる。
が、それより先に聞きたいことがある。
「皓月、てめえがなんでこんなとこにいるんだよ」
「言っとくがお前に用はない。用があるのは、そこのテレビ男だ」
皓月は物干し竿でテレビ男の頭を叩いた。
「一日中こんな場所にいてくれて助かったぜ。よくも一ヶ月、さんざん追い回してくれたな」
「琴平皓月……。なぜ、ここにいるのですか……?」
「エメリアの近くにいると桜花結界が無効化されるんでな。千年桜に依存するてめえには感知できねえよなあ」
「ですが、あなたの気配は今も遠くに感じられます」
「トリックだよ」
皓月はニコニコでテレビ頭を物干し竿で小突いた。
「エメリア・スパゲッティモンスターは諜報部の監視もあるはずですが」
「あんな雑魚共どうにでもなる。俺を誰だと思ってる? 神国一の魔導士、琴平皓月だぞ?」
「得意の幻術ですか……、諜報部員にマジックキャンセルの有無を一定間隔で取らせる必要がありましたね」
「ってことで、てめえの負けだ」
皓月は印を切った。
「『星霜』」
瞬間、世界が停止した。
『星霜』は『絶』と同じ時間停止能力だ。
魔術と違って、個人的な能力に決まった名称はない。使用者は好きな名称を名づけて詠唱する。だからババアは最近『スーパー時間停止タイムLT』に名称変更している。
俺はエメリアのマジックキャンセルにより雷の種が消え去ったのか、身体が動かせるようになった。
立ち上がって、目の前で磔にされているテレビ男を見つめた。
「おい、親父、こいつは一体なんなんだ?」
「俺も良く知らんが、轍共が千年桜から生み出した付喪神だ。だが、この少女がいないと、何やら完成しないらしいと見える」
親父はテレビ男の隣で倒れている雪子を見下ろした。
俺は彼女を見つめながら言った。
「雪子は桜花結界の為に、身を捧げるつもりでいた。関係があるのか?」
「桜花結界の為に、身を捧げる……」
親父はそう呟いて黙り込んだ。
「知ってるんだろ?」
「……」
「もったいぶってんじゃねえ! 知ってること全部話せ、クソ親父!!」
俺は皓月に詰め寄った。時間停止さえなければ胸倉を掴んでいただろう。
親父の灰色の瞳が、まっすぐ俺に向けられた。
「……そこまで言うのなら、話してやる。だが、先にこいつを片付けてからだ」
皓月は胸に架かった十字架のネックレスを引きちぎった。
「来い、『カルテナ』」
瞬間、皓月の背に純白の翼が広がり、十字架は瞬く間に形状を変え、一振りの剣に変わった。
その剣には、切っ先がなかった。
刺突により刺し貫くことができないその剣は、他者を殺すためではなく同胞を護るため、天使達が用いる正義執行の剣だ。
皓月はペン回しでもするようにカルテナを回し、剣を白く美しく輝かせた。
「あばよ! テレビ頭!」
そして、勢いよくテレビ男の顔面にカルテナをぶち込んだ。
ブラウン管テレビの画面がぶち割れ、剣が貫通して背後から飛び出した。
その瞬間、ありえないことが起こった。
テレビ頭の画面が点灯し、砂嵐が波打った。
「なに?」
「解析――完了、しました」
雷光が、視界を真っ白に染めた。
雷撃に撃たれ、全身が引きつり、大地に引き倒された。
潮風が肌を撫でている。
皓月はやられる直前、一瞬で時間停止を解いたようだった。
ぼんやりとした視界の中で、顔面に剣が突き刺さったまま稲光を漏らし、テレビ男が立っていた。その足元には純白の両翼を失った皓月が倒れている。
テレビ男が、変わらない機械的な口調で言った。
「形勢逆転ですね」
「くそ、野郎が……。てめえが、どうして、時間停止を……」
呻く皓月に、テレビ男が告げた。
「皓月さん、私はあなた方が生み出した千年桜から生まれた存在。この一ヶ月間、幾度もあなたに逃げられながら、時間停止能力の解析を行いました。そして、今さっき、私は自身の死を以てして、時間停止に応答する力『一時停止解除』に覚醒したのです」
「まさか……。お前はお前の居た場所に再誕するように、桜花結界で置換されているのか?」
皓月は驚愕に目を見開いていた。
「その通りです。桜花結界は他者を殺したことのない魂を掬い上げ、もう一度生を与えます。たいていはその者の心の拠り所で再誕しますが、私は私自身を信仰とすることで、即時復活を成しているのです」
「轍め。相変わらずイカれた発想してやがんな」
テレビ男は一度全身を雷に変えると、その中を切り裂いて、カーチナが地面に落下した。
剣に直接触れたくないのか、雷で剣の傍の大地を吹き飛ばし、剣は皓月から離れた所に転がった。
「さて。琴平皓月。姑息なあなたは、次に何を見せてくれるんですか?」
「てめえの禿げ頭に三色ケーブルぶっ刺してやるよ。バカみてえにたくさん――ぐぁぁぁ!」
テレビ男は皓月に雷撃を浴びせた。
「桜花結界を守る轍様達も、明日になればあなたの追跡のため動くことができます。それまで、あなたを封印させていただきます」
「やれるもんなら、やってみ――ぐおぉぉぉぉぉ!」
「安心してください。轍様はあなたを殺さないでしょうから――」
「——ん、ん。ふああ」
間の抜けた声がした。
芝生の上で、エメリアが目を覚まして、あくびをした。
「エメリア・スパゲッティモンスター……。そういうことですか、皓月。確かに彼女がいる限り、魔法で生み出された存在である私は退くしかありませんね」
テレビ男が後ろに飛び退って、皓月から距離を取った。
それを見て、エメリアは声を上げた。
「あ! 皓月!!」
彼女は起き上がると、一目散に皓月に駆け寄り、大きく足を、サッカーボールを蹴り飛ばすように足を振りかぶり、皓月の横っ腹を蹴り上げた。
「死ね! 死ね死ね! 皓月死ね!!」
「ぐふっ、ごはっ、ぐはっ」
皓月の横っ腹が何度も蹴り上げられた。
俺と同様、皓月とエメリアが会うのは、あの事件以来、一カ月ぶりだ。エメリアには裏切られた記憶が深く刻まれていたのだろう。ざまあみろだ。
「げはっ、ゴホッ、ゴバァッ!」
皓月が血を吐いた。
「ひぃ! こいつ血吐いてる!」
彼女はドン引きして蹴るのをやめた。
そうか。エメリアに蹴られ続けたら、皓月や雪子のような魔術で再生している奴らは死ぬのか。新しい発見だ。
いや、感心してる場合じゃない。
「雪子!」
俺が跳ね起きた時には、テレビ男は雪子をお姫様抱っこで抱え、宙に浮きあがっていた。
「エメリアさんが居ては、私に勝機はありません。ですが、目的は果たしました。それでは皆さん、ご機嫌よう」
テレビ男は、そう言い残し、雷光の軌跡を残して、飛び去って行った。
「あ! 雪子! 雪子が攫われてる!! 暁! どうにかしろ! おい、暁! ……暁!?」
先ほどの雷撃で何か仕組まれていたのか、首の後ろで爆ぜたような衝撃が走り、急に目の前が暗くなった。
駆け寄ってきたエメリアに身体を預けようとして、意識が無くなった。




