琴平神社3
「アカカスさん、明日、東京ネズミーランドに行きましょう」
朝の食卓にってきた雪子は、突然、そう言った。
「はあ?」
「金ならあります」
雪子は、まだご飯が運んできていない食卓に札束を叩きつけ、さっと広げた。
二十万。
二十枚の聖徳太子御大の顔が広がっていた。
それを見てババアが瞳を輝かせた。
「いいなー、東京ネズミーランド。わしもいきたいのう」
「ババアは青梅から出れねえだろ」
借金四十四億事件により、ばばあは轍に制約をかけられ、自由に外出できなくなっている。
正確には琴平神社が信仰されている地域より外に出られない。
今は青梅市を平定し各神社に分社を立てたため、青梅市内は自由に行動できる。隣の羽村町は今年中に平定する予定だ。
「はいはーい! じゃあ、我も行くー!」
台所から炊飯ジャーを持ってきたエメリアが陽気に手を上げたが、雪子は目を細めた。
「あなたは十三区内に踏み込んだら命はないと轍に脅されてますよね?」
「で、でもさー、バレなきゃ大丈夫だって」
「あなたには監視員がまだ付いてますから無理です」
雪子はエメリアの額に人差し指を押し付けて、顔を寄せた。
「それに、言っておきますが、これはデートです」
「デ、デート!?」
「デートなので私とアカカスさんの二人で行きます」
「も、もしかして、男と女で、エッチなことするやつ!?」
「男と女でエッチなことするやつです」
焦るエメリアに雪子は動じずにそう言った。
「おい、勝手に話を進めるな。俺が行くなんて言ってないだろ」
「アカカスさん。琴平神社の依頼料は、一日四万八千円でしたよね?」
「そうだが?」
「九万六千円出します」
雪子は別の封筒から聖徳太子御大九枚と夏目漱石先生六枚を取り出して、机に置いた。
「だから、依頼として受けてください」
雪子の表情は真剣そのものだった。
ここに住み込んで一月、落ち着いてきたかと思えば、意味不明なことを言いだしやがって。
「何が目的だ?」
「あなたとデートに行きたいだけです」
その表情が、人とデートに行きたいやつの顔か?
「それでも嫌だと言ったらどうすんだ?」
「座ったままでも構いませんが、立ってください」
「は?」
瞬間、雪子の髪が一瞬で青白い色へと変化した。
それは、彼女が人から雪女へと戻ったことを意味する。
室内が一瞬で凍てつき、冷気に肌が粟立つ。
青い瞳が俺を射抜いた。
「手合わせしてください。負けたら言う事を聞いてください。絶を使う時間を一秒だけ与えます」
「てめえ、ふざけてんじゃねえぞ」
「一」
立ち上がりコルトを引き抜こうとした瞬間、俺の両手が、青白い輝きを残して消し飛んだ。
雪子の『絶対守護領域』だ。
彼女とは食卓を挟み、一メートルは距離が取れているはずだ。
攻撃に使ってなかっただけで、リーチがこんなにあったのか!?
それだけじゃなかった。俺の身体は凍結され、時を止めて逃げられないように、氷の矢が包囲している。
なんだこいつ、本気で殺しにきてるじゃねえか!
「おい、待てって!」
雪子が氷の刀を俺に向けた時、世界の全てが停止した。
俺が『絶』を使ったわけじゃない。
とすれば、時間を止めたのは、この場にいるもう一人、百夜だ。
ババアは呆れた風にため息をついた。
「孫、デリカシーがないのう」
「痛えな、くそったれが」
腕から血がドバドバと出てくるが、それを見越したように厚い氷が畳を覆っている。
「ひどいことを言ったバチじゃなな」
「ひどいことだと? ひでえのはこいつの方じゃねえか。朝っぱらから意味がわかんねえ」
「女の子がデートに誘ったんじゃぞ? 孫の冷たさにバアチャンびっくりポンじゃ」
ババアと話しているうちに、出血と痛みが収まり、両肩がムズムズしてきたかと思うと、ピッコロさんのごとく、両腕が生えてきて再生した。
が、状況は好転しない。俺は動けず、雪子の氷に包囲されている。
「最近さー、雪子ちょっと元気ないよねえ」
時間停止中であるにも関わらず動く謎の生物、エメリアが言った。
「ため息をつくこと多いし、なにか、悩みがあるんじゃないかな」
「なら話聞いてやれよ。女同士だろ」
「雪子って、自分の悩みとか、肝心な事喋らないじゃん? 多分我が聞いても教えてくれないよ」
「俺なら話そうって気になるってのか?」
「わかんないけど。じゃなきゃ、暁とデートしたいなんて頭のおかしいような事言わないと思う」
「ということは、孫がデートに行けばだいたいのことは解決しそうじゃな」
ババアはそう言いながら、俺を囲んでいる氷の矢を一つ一つ片付け始めた。
ババアは時間停止した世界で、通常の世界のように物に干渉することができる。
俺からすれば、まさしく神業だ。
「勝手に決めんじゃねえよ」
ババアはあらかたの氷を片付けると、俺に向き直った。
「――気絶パンチ!」
「ぐぼあはっ……!」
ババアの拳が俺の腹にめり込んだ。
これは気絶パンチなんかじゃない。
ただの腹パンだ!
そもそも気絶パンチなんて高等技術をババアが使えるわけがねえ。
俺は悶絶し、蹲った瞬間、時間停止が解除された。
「あれ――」
雪子が攻撃を止めた気配がした。
「雪子ちゃんの勝ちじゃ。孫とデートに行ってくるとよいぞ」
「くそっ、このババア……」
「なんじゃと!? わしの気絶パンチが効かぬのか!? ……気絶キック!」
サッカーボールのように横っ腹が蹴り飛ばされ、柱に頭をぶつけた。
柱が折れたような音と共に、視界が白くなった。




