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立川実践高校2


 校長室は広く格調高い雰囲気の部屋だった。


 壁に並ぶ棚には、分厚い書物と共に、この学園の数々の栄光が飾られている。


 俺たちの正面の黒檀の机に、女性が黒革の椅子に座って、こちらを見ていた。


 こいつがどうやら校長らしい。


 ゴリラが部屋を出て行ったのをきっかけに、そいつは口を開いた。


「姉からあなた達の事は詳しく聞いてますよ、琴平暁さん、早池峰雪子さん、エメリア・スパゲッティモンスターさん」


 校長はどこか見覚えのある初老の女だった。魔術師の風格がある。萎れた細く長い指が、彼女の本当の年齢を物語っているような気がした。


「姉って、誰だ?」


「三千院轍です」


「はあ? ゲロみてえな名前だすんじゃねえ。クソアマの妹? ババアじゃねえか」


「姉は人を超越してしまいましたからね。私のような、一介の魔術師とは違います」


 ババアは俺の挑発に乗らず、落ち着いて名乗った。


「申し遅れましたね。私は三千院(うい)と申します。さて、本題に入りましょう」


 ババアは何枚かの用紙の入ったクリアファイルを差し出した。


「んだよ、説教じゃねえのか?」


「これはエメリア・スパゲッティモンスターさんの住民票、保険証、入学証明書です。彼女をこの学校の生徒にしてもいいですよ。琴平神社が住所ということで、入学を許可しましょう」


「ほんと!? 偽装結婚しなくても保険証が貰えるのか!?」


 エメリアがファイルを取って、掲げた。


「差し上げます。私は権力がありますので」


 ババアは微笑んだ。


「ただし、これは交換条件です。あなたがスパゲッティモンスターを今後、決して召喚しない事を誓ってください」


「え?」


 エメリアは目を丸くしてババアを見た。


「電車の中での話は聞かせてもらいました。エメリアさんにはもう桜花結界を破壊する理由はなく、普通の生活をしたいのでしょう」


「盗聴していたんですか?」


 雪子が眉をひそめた。


「意外でしょうか? 琴平神社は五年前の借金四十四億踏み倒し事件以来、国に監視されていますよ」


「なんですか、それ」


 雪子が俺を見た。俺は雪子に説明してやった。


「ババアが琴平神社を担保に投資信託でクソほど借金作ってな。んで、国の差し押さえが来て拒否ったら、国と喧嘩になって、ババアが諜報機関ぶっ倒して、国と和解したんだよ」


 和解の条件として琴平神社は神社としての稼ぎを全て借金返済に充てなければいけないし、その上ババアは現金やカードに触れると国庫に転送される呪いを三千院轍にかけられた。おかげでババアは物々交換で生活している。ざまあみろだ。


「三日前の件で、琴平百夜だけでなく、あなた達も監視対象となっています」


「皓月のせいか」


「彼の血縁者とその同居者は関与を疑われていますし、エメリア・スパゲッティモンスターさんは共犯者ですから」


 三千院憂はエメリアに視線を向けた。


「エメリア・スパゲッティモンスターさん。あなたはこの国であまりに大きな異変を起こしました。あなたはこれから国の監視下で生涯を歩みます。日本国から脱出も、不可能と思われます」


「うぅ……」


「琴平百夜があなたの身を預かった以上、国は手出ししないでしょう。しかし、あなたは制限され続ける。国はあなたを愛していません。あなたは死ぬまで神国日本での人権を得ることはできない」


 淡々と言葉を吐いてきた憂は一度口をつぐみ、思いやりのある暖かな声で言った。


「ですが、今なら、あなたは人権を手に入れることができる。スパゲッティモンスターを召喚しない事を誓うだけで、道を外れたあなたが、人並みの生活を得ることができます」


 憂はエメリアを見つめた。


「いかがです? あなたは、誓いますか?」


 エメリアは少し逡巡した後、胸に手を当てた。


そして、己を鼓舞する様に、三千院憂いに一歩踏み出した。


「それでも、わ、我は――」


「では、学校に通うことを諦めるんですか?」


 断りを入れようとしたエメリアに、憂は鋭く、そう問いかけた。


 エメリアは言葉を呑み込み、憂の言葉を繰り返した。


「学校に、通う……?」


「あなたはその力から他者に理解されず、いままで孤独な生活を送ってきたでしょう?」


 ババアはまるでエメリアの痛みを何もかも知っているかのように心を寄せて話した。


「普通の人妖達を羨んだことはありませんか? 勉学に憂い、課題に追われ、教師の愚痴を言い、友人と慣れ合ったり、喧嘩したりする。ただ、平和で怠惰な日々。当り前にあぐらをかいた、無為に思える時間」


 エメリアがその金色の瞳を大きく開き、息を呑むのがわかった。


「自分が何なのかを知らず、何になるかもわからない。ただつまらない日常を、当たり前だと思い、憂い、時折、心から笑う日々。あなたは、そんな時間を望んでいたのではないのですか?」


 三日前、スパモンの中で見た記憶で、こいつは孤独だった。


 スパモン教を呪い、普通の生活を夢見ていた。


 エメリアは長い沈黙の後、ババアを見つめた。


「我が、スパモン様を、呼ばなければいいのか?」


「なにも信仰を捨てる必要はありません。学園の生徒の為にも、召喚しないと誓っていただければ、いいんです」


 エメリアは俯き、足元を見つめた。


 逡巡する時間があって、彼女は口を開いた。


「……、だったら、我は――」


 彼女が言い終わる前に、俺はコルトを引き抜いた。


 ダンッーーーーバリィン!


 クソババアの顔面に撃ち込んだ霊弾と、雪子の放った氷塊が、ババアが瞬時に生んだ障壁に砕かれ飛散し、校長室のガラスを割った。


「え?」


 エメリアが俺達を振り返ったが、そんなことどうでもよかった。


 俺はコルトをババアに向けたまま、雪子を一瞥した。


「雪子てめえなにやってんだ」


「あー、サイアク。なんでこうもタイミングが重なるんでしょうね」


 雪子は額に手を当てて天を仰いだ。


「二人とも、どうして?」


 エメリアは目を丸くして俺達を見た。


「クソ女の妹だからに決まってるだろ」「轍の妹だからに決まってるでしょう」


「姉だけでなく、私も、嫌われたものですね」


 憂は障壁を展開した手を振りながら苦笑した。


「エメリア、クソ女の口車に乗るな」


「信仰は折れた瞬間、信仰でなくなります」


 エメリアに諭した雪子は憂に向かって言った。


「あなたが三千院轍の妹だというなら、あなたの提案には決して乗ってはいけません。なんたって、東京に来て、最初に私を殺そうとした人間の妹ですから」


「俺はスパモンなんて馬鹿な生物、ちっとも好きじゃねえが、てめえがスパモンを呼ばなくて、誰がスパモンを呼ぶってんだ」


 俺はエメリアの胸倉を掴み、黄金の瞳の奥を見つめた。


「保険証が欲しい? だったら結婚でも偽装結婚でもなんでもしてやる。だから、クソ嫌いでも、許せなくても、てめえが信じてきたもんを簡単に捨てるんじゃねえ」


 彼女は、はっとして瞳に涙を浮かべた。


 俯き、唇を嚙みしめ、言った。


「我は、お前とは偽装結婚しない」


 エメリアは俺を突き飛ばして離れると、憂を振り返り、震える声で、力強く言った。


「そして、スパモンを呼ばないことも約束しない」


 それから、大きく息を吸って宣言した。


「むしろ、我の入学を許さなければ、スパモンを呼び、この学校を破壊する!」


「……そうですか」


 憂は少し考えた後、それだけ言った。


 俺は憂に釘を刺した。


「言っとくが、俺に脅しは効かねえ。退学上等だ。俺はこんな学校来なくたっていいと思ってんだ」


「私だって、退学上等ですよ。なんなら退学したいくらいなんですからね」


「だろうな」


「なんですか、その目は? 全部あなたのせいじゃないですか」


 雪子は目を細めて俺を見返した。


「はあ? 教室の件は全部てめえの自爆だろ」


「あーあー! 言わないでください! 今忘れようとしてるところなんですから!」


「ふふふ。面白いですね、あなた達。姉がボヤきたくもなるのも分かります」


 憂は笑った。


「わかりました。スパモンを召喚しないことを約束しなくても結構です」


 憂は微笑を残したまま、俺を見つめた。


「ただ、琴平暁さん、あなたと新しく契約を結びたい。それを守ってくれると言うのなら、エメリア・スパゲッティモンスターさんの入学を許可しましょう」


「んだよ」


 怪しい提案だったが、聞き返さないわけにはいかなかった。


「この学園では『絶』を使用しないことを誓ってください」


「あ? んなことでいいのか?」


「ええ、そうです」


 憂は頷いた。目的がわからない。


 政府の手先だから、スパモンをどうにかしたかったんじゃないのか?


「先ほど同様、これもまた、縛りの無い口約束のような誓約です。あなたはいつだって破ることができます、ですが、破ったことは私にすぐにわかる。たったそれだけの契約です」


「なんだ? スパモンを呼ばないってのもただの口約束だったのか?」


 拘束の無い誓約なんて、なんの役にも立たないはずだ。


 そんなことをして、何の意味がある?


「ええ、そうですよ。教師が生徒の自由を奪ってどうするというんです?」


「どうだかな。ただの負け惜しみだろ」


 俺の探りに答えず、憂は話を戻した。


「『絶』がないと不安ですか? 琴平百夜の血がなければ、あなたは何もできないのでしょうか?」


「いちいち口うるせえババアだな。その条件、飲んでやる」


 子馬鹿にしたような憂の態度が気に入らなかった。


 たったそれだけの約束で俺を縛れるつもりなのか?


 いいじゃねえか、その鼻を明かしてやる。


「だから、今この場で住民票も保険証も入学証明書も全部こいつに渡せ。じゃなきゃ、今すぐ『絶』でてめえをぶち抜く」


「もちろんそのつもりでした」


 嘘つけクソアマめ。


「そろそろ、入学式で校長挨拶をしないといけません。それではお三方、これからの学園生活を楽しんでください。入学おめでとうございます。琴平暁さん、早池峰雪子さん、エメリア・スパゲッティモンスターさん」


 そう言い終え一礼すると、憂は一枚の式札となって姿を消した。


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