首都結界外郭外回り環状線五等車両1
全ての窓が割れ、風が吹き荒ぶ電車の五等車両で、むき出しの電熱線がぼんやりと赤く光っていた。四月の冷たい風に当てられ、左肩のうずく痛みと共に俺は電車に揺られていた。
福祉政策の一環として乗車賃がタダである五等車両は、劣悪な環境にも関わらず座席のほとんどが埋まっている。その乗客は全て貧しい妖怪であり、短命な小型の妖怪達も電車の隅で身を寄せ合い、目的地に到着する時を待っている。
『この電車は首都結界外郭外回り環状線、上野・東京方面ゆきです。次は池袋、池袋。お出口は左側です。湘南新宿ライン、埼京線は——』
電車のアナウンスに反応し、妖怪共が、ドアの付近へと動き出す。車両の隅にいたボーリングピン達(おそらく付喪神の一種)も、ピョコピョコと動き出し、降車する者達の列の最後尾で三角形を作った。
下等な付喪神は大した知能を持たず、渡り鳥のように自分が必要とされる場所を探して歩く。彼らが降りるという事は、池袋にちょうどいいアミューズメントパークでもあるのだろう。
『池袋駅~池袋駅~。左側のドアが開きます』
電車が駅のホームで停車し、ドアが開いた。
「どけどけ、ジャップ共! ぶっ殺すぞ!」
降りる妖怪達を押しのけ、一体の人外が乗り込んできた。
崩れそうな灰色の皮膚に、ぶよぶよした屍肉、頭部に残るまばらな白髪……、片方の瞼のない西洋妖怪のグールだった。
妖怪達は迷惑そうにそいつに道を開けてから降車していったが、避け損ねた奴もいた。ボーリングピンの群れだった。
「ヘイ! スットライ~ク!!」
グールに蹴り飛ばされたボーリングピン達が、ガラガラと、大きな音を立てて車内の床を転がった。車内の視線がグールに集まった。
「あ? 何見てんだ!」
ガラの悪いグールに睨み返された妖怪共は目を逸らした。
『ドアが閉まります。ご注意下さい』
ベルと共に、電車のドアが閉まった。俺は動き出した電車の慣性で後方へと転がるボーリングピンを見送っていた。
「ペッ」
目の前でグールが何かを吐き出すような音を出したかと思うと、俺の頭部になにかが降りかかった。
くそったれが。
指で拭って、確かめるまでもなくわかる、これは唾だ。
グールが俺の左隣に腰を下ろし、俺の肩に手をまわした。
「まったく、日本は嫌になっちまうな兄弟。虫以下のカスモンスターが虫のようにわんさか歩いてやがる! おいらみたいな高等な知能を持ったモンスターも、同じモンスターとしてまとめられると悲しくなっちまう。なあ兄弟、そう思うだろ?」
俺は、汚れ切った五等車両の床を見ていた。仲間との合流の為、後方から前方に戻っていくボーリングピンを、グールが蹴飛ばした。
グールは俺を覗き込み、その汚い顔を寄せてきた。
「なあ兄弟、金貸してくれや」
グールは残っている俺の右肩を撫でながら言った。
「左の腕、妖怪に毟られたんだろ。血の良い匂いがする。新しい傷だなよなあ。やられたのは昨日か一昨日か? なあ、こっちのほうも毟られたくはないよなあ?」
口の中には黒いカビがびっしりとこびりつき、唾液と混じった菌糸がねっちょりと伸びていた。
俺は黙って、右腰のホルスターからあるものを抜き、グールの顔面に突き付けた。
コルト・パイソン.357マグナム。
鈍い銀色の銃身をした口径9mmのリボルバーだ。
グールは目の前のコルトに、目を丸くし、そして大声で笑った。
「おいおい、あんちゃん、ここは桜花結界に守られた神国日本だぞ? 鉄砲がなんの役に立つってんだ? 銃弾も爆弾も、全部花びらになって砕けちまう。あー、わかったぞぉ……、俺が外来種だからって銃にビビると思ってんだなあ? 確かに米国から日本に来たばかりの新入りグールはビビるやつもいるかもな! 法礼済みの銀弾はやべえって聞くからな。だがな、俺は東京生まれ東京育ち、江戸っ子の在日三世のグールだ! 鉄砲なんていうチンケな脅しにゃ、屈しねえぞ」
「だろうな。このリボルバーには弾が入ってねえ。てめえは。そんなことにも気づかねえ平和ボケしたアメカス野郎だ」
「え?」
俺は引き金を引き、弾倉に込めた霊力を爆発させた。
ダンッ!!
銃口から霊弾が迸り、グールの頭を吹き飛ばした。
「あぎゃあああああああ――!!」
グールの頭は絶叫を上げ車内でバウンドした。窓の外に飛び出しそうになったグールの頭を俺は捕まえた。
眼前に持ち上げたグールの頭が、ヘラヘラとした愛想笑いを浮かべた。。
「調子はどうだい、江戸っ子?」
「へへ……、命拾いしましたぜ赤髪の旦那」
「お前、喉ねえのにどうやって声でてんだ?」
「江戸っ子の魂でございやすぜ、旦那」
頭の後ろでは首無しの身体が起き上がりゴマを擦っている。
「てめえら頭と体が離れても動けるのは便利だよな。学校行きながら家でゲームできるじゃねえか」
「へへへ。それが頭と体が離れすぎると動かなくなっちまいますんで」
「んなこと知ってる。身体だけ残されても邪魔なんだよ」
「はい?」
「じゃあな。元気でやれよ」
「旦那、ちょっと待———」
俺は窓の外へ頭を捨てた。
「あぎゃ――」
同時に身体も窓の外へ飛び出し、景色と共に流れていった。
「やれやれ」
電車の後方から仲間たちに合流したボーリングピンを眺めながら、俺はため息をついた。




