青梅線四等車両1
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「勝手に腕生えてくるの便利ですね」
隣を歩くセーラー服姿の雪子が、感心した風に言った。
「便利じゃねえ。ババアに捥がれやすくなっただけじゃねえか」
俺たちは教科書の入っていない学校指定のバッグを手に、琴平神社から石神前駅への道を歩いていた。
家を出る前に制服を一着失うとは思っていなかった。シャワーを浴びて服を着替えて、Tシャツザルエルフを担いで家を出た。
エメリアは猿轡を噛ませて縄でぐるぐる巻きにしてある。
これで安全だ。
「実は琴平家、家庭崩壊してます?」
「してねえよ」
腕が捥げただけだろ。
「手合わせで負けたら、相手の言う事を聞かなきゃいけねえんだよ」
「誰がそんなルール決めたんですか」
「中坊の頃、俺が決めた」
「バカなんですか? 絶対勝てないじゃないですか」
「やってみねえとわからねえだろ。それにこっちは殺す気で行くんだ。賭けるもんがねえと釣り合わないだろ」
「なんでそんなこと始めたんですか」
「強くなりたかったからな」
強ければ、全てじゃなくても、だいたいのことはなんとかなる。
それはババアの言う通り、この世の真実の一つだった。
俺達は四等車両の切符を購入した。
石神前の狭い駅のホームに六両編成の電車がやってきた。
最後尾の五等車両ではなく、後ろから二番目の四等車両に乗り込んだ。
四等車両に乗っていた人間と妖怪が、俺の姿に気づくと、そそくさと電車を降りるか、隣の車両に移っていった。
雪子が空いた長椅子の真ん中に座って言った。
「こんな田舎なのに、石神前駅は人がけっこう降りますね」
「俺と一緒に乗りたくねえだろうからな」
石神前駅から奥の片田舎で、俺の事を知らない奴はいない。
「なんでですか?」
「俺を避けてるんだ。俺は運が悪いからな。巻き込まれないように電車から降りたんだ。実際その方が賢い」
「そんな差別的なことされて嫌じゃないんですか?」
「差別も区別も似たようなもんだろ。喧嘩売ってこねえ限り相手するこたあねえ」
「でもこれはあからさまです」
「個人の勝手の範疇だろ。俺に降りろってんならぶっ飛ばすけどな」
ここまで説明しても雪子は不服そうな顔をした。
電車が走り出した。不意に雪子は俺に提案した。
「話変わるんですが、この子、縛るのやめませんか」
「あ? こいつ放してスパモン呼び出したらどうすんだよ」
俺は縄を引っ張って眠りかけていたエルフを起こした。
なんでこの状態で寝れるんだよ、こいつは。
「だからって、ずっと縛り付けて猿轡しとくんですか? それこそ、どうにか逃げ出そうとしてスパモン呼ぶかもしれません」
「放したほうが、隙を見て呼ぶんじゃねえのか」
「敵対関係であるほうがよほど、その危険性が高まります。これからも学校に通いながら、ずっと見張ってるのも無理な話ですよ」
「たしかにな」
家では手枷足枷を付けておくとしても、俺の傍に常に置かなきゃいけないのはちょっとでは済まないくらい面倒だ。
ある程度の自由で懐柔できるならそれもありか。
やっぱり千院轍に引き渡すという手もあるかと思ったが、あのクソ女に渡すぐらいならスパモンを呼ばれたほうがマシだ。
それに、スパモンはあんな狂気的な外見でありながら、この世の悪という存在ではなかった。
あの日、千年桜とスパモンは同時に真っ二つに切断された。だがスパモンは驚異の生命力で千年桜に絡みつき、同化した。
邪悪な存在が千年桜と融合したならば、日本はただでは済まなかっただろう。
だが今の日本で銃弾は茹でたてパスタに、爆弾はミートソースに変わるだけで済んでいる。
スパモン桜。スパモン結界。
人々は、今の千年桜と桜花結界をそう呼んでは笑っている。
以前同様、穢れは祓われているし、死者のリスボーンも海賊姿で再誕すること以外損なわれていない。
ただ、スパモン桜の触手が届く、台東区と文京区の水道は全てビールが出るし、スパモン桜の傍にある東京大学は東京ストリッパー大学に名称を変え、不忍ビール池は彼らの飛び込みスポットになっている。
多少の変化はあれど、神国は平常運転に戻り、意外なほど早く日常は帰ってきた。
「それに、私は彼女の目的について、本人の口から直接聞きたいんです」
雪子はそう付け加えた。
三日間、俺はエメリアを尋問したが、どうも女の相手は苦手だ。引き出せた情報は要領を得ないものばかりだった。
雪子は案外気を遣いができるところもあるようだし、同い年の女同士、心が通じあるかもしれない。
「なら、放してみるか」
それに、今朝は飯を食わせたんだ。別の答えがでてくるかもしれない。
俺はエルフの猿轡をはずした。
「ぷはあ! ようやく我を束縛するなどという愚行をやめたな、この日本愚民共――いたぁ!」
彼女が口を開いた瞬間、雪子は腕にゴムパッチンした。
「西洋妖怪のくせに調子に乗らないでください! 舐めた口きくたびに、輪ゴムでパッチンします」
「う、うぅ……」
この車両には俺達三人以外居ない。
乗客共が俺を避けて降りる事に今以上に感謝したことはなかった。
この世は舐められたら終わりだ。
ゴムパッチンで脅して尋問するなど、琴平神社の現人神である俺のブランドが下がる。
「あなたは、どうしてあの日、スパモンを呼び出したんですか。何が目的ですか?」
「わ、我の目的は、この国の国民を全てスパモン教にすることだ!」
俺が尋問した時とエメリアの答えは変わらなかった。
彼女は三日間、それを主張した。
「スパモン教にして、どうするつもりですか?」
「スパモン教にして悪いのか?」
「善悪は関係ありません。どうしてそうするのか、理由を聞いています」
「……」
「ゴムパッチンしますか?」
「ちょ、ちょっと待って! 考える! 考えるから!」
「考える?」
「えーと、えーと、日本愚民をスパモン教にして、スパモン教にしたら……タコパ、タコパしたいかな。ビールでタコパ!」
「ふざけないでください」
「いたぁ!」
エルフは涙を流した。
「ひどい、ひどすぎる……。正直に答えたのに。我が何したって言うんだ……」
「千年桜壊そうとしただろ……」
俺は思わず突っ込んでしまった。
「あれはコウゲツが千年桜壊したら願いが叶うっていうから……。日本愚民をスパモン教にしてあげようと思って……」
「千年桜の中心部で願えば、ってやつだろ。んなわけあるか。千年桜のルールはそんな簡単に書き換わらねえよ」
「え!? そうなの!?」
「久作がそう言ってたぜ。まあ、皓月にとっちゃ、願うだけみたいなことかもしれないけどな」
何度も思い出す。
幾つもの魔法陣を広げ、自在に収束させるあの様は、この世の奇跡でしかなかった。
『皓月のいう事は信じるな』
あの夜別れ際におっさんは俺に忠告した。
んなことわかってるっつの。
ただ、魔術の腕だけは尊敬せざるをえなかった。
一つの術の規模や出力、自由度は轍には及ばないだろうが、早さ、正確さ、そして外国の魔術も操る魔術分野の広さはコウゲツのほうが勝っているだろう。
俺の話を聞いてエルフはがっくしした。
「じゃ、じゃあ、我は……我は、どこへ行けばいい?」
「どこ行くってなんだよ」
「日本愚民をスパモン教にして、私が教祖になって褒められながら楽しく暮らすつもりだった。でも、日本愚民がスパモン教じゃないのなら、我は、どこへ行けばいい?」
「ムショの中がいいんじゃねえの?」
「それか研究機関で実験体になるか、亜人ソープランドくらいですかね」
俺の提案に雪子が付け足した。
エメリアが叫んだ。
「ソ、ソープランドは嫌だ!」
「ぬるぬるしてるからスパモン教徒向きだと思いますけど」
「お前そんなことばっか詳しいよな」
俺は呆れ気味に雪子に行った。
彼女の顔がぱっと赤くなった。
「ち、違いますよ! 上京するにあたって、ウシジマくん読んだだけで、決してそう言う事に興味があって調べたわけじゃないですから!」
「はあ、そう」
ウシジマくんにソープランド出てきたか?
「な、なんですか、信じてないんですか? か、仮に、調べてたとしてもウィキペディアだけですからね? 動画は見てませんから、十八歳からですから」
絶対見たことあるだろ、こいつ。
「お前って変態だよな」
「へ、変態って何ですか!? 現実的なライン提案してるだけですよ! エルフがこの日本社会で生きて行こうって思ったら、ソープか治験しかないに決まってるじゃないですか!」
「決まってねえよ」
ソープ以外にもいろいろ店はあるだろ。
「エルフと言ったら、あの、堕落しきった、全てを先送りにする、奔放で怠慢な種族ですよ!? そのせいで人間に負けたくせに、見栄っ張りで長命だから、すぐ歴史修正しようとしますし」
「あー! 偉大なるわが民族、スパモンの子らを愚弄するなんて! 今すぐ電気ザルを被せて洗脳してやる!!」
「聞きました!? やっぱりエルフは危険外来妖怪です! この清く美しい神々の国から出て行ってください!」
雪子は激昂しゴムパッチンした。
「いたぁ!」
ゴムパッチン。
「いたい!」
もう一度ゴムパッチンしかけたのを俺は止めた。
「お前が、話するからってこいつの猿轡外したんだろ」
「そ、そういえば、そうでした。私としたことが、少し冷静さを欠いていたようです」
雪子は誤魔化すように少し咳払いした。
「雪女とエルフって、同じ美少女ポジションで被るじゃないですか。だから、ついつい敵対視してしまうんですよね」
「あのー、申し訳ないですが、隣の車両から苦情が来ていますので、もうちょっと声を小さくして話してもらえますかね」
俺たちの傍に車掌がやってきて注意した。
鬼の能面を被り、頭には制帽を載せ、黒い厚手の制服を着た半透明の車掌だった。俺がガキの頃から青梅線で働いている妖怪で本体は運転席にいて、霊体を飛ばしている。
「あっ、ごめんなさい」
雪子は反射的に謝り、それからエルフを睨みつけた。
「あなたのせいで怒られたじゃないですか」
「しゃ、車掌さん! 助けて! 我、こいつらに捕まってソープに売られそう! 助けて!」
エメリアの声に、車掌は鬼の能面を彼女に向けた。
鬼の面にそぐわぬ、車掌に相応しい優しい声で彼は尋ねた。
「エルフさん、保険証をお持ちかな?」
「ほ、保険証?」
エメリアは目をぱちくりさせた。車掌は頷いた。
「そうだよエルフさん。この国では保険証がないと、人権がないんだよ。法律も憲法も西洋妖怪さんの人権を守らないんだよ。わかるかな? だからエルフさんの乗車賃は取ってないし、首を飛ばされても動物虐待か器物破損にしかならないんだよね。わかるかい?」
「そ、そんな……。じゃあ、どこで保険証は貰えるんですか?」
「市役所だよ、エルフさん。でもエルフさんは住所がないから保険証はもらえないだろうね。だからまずは住所を手に入れないといけないね」
「住所はどうやったら貰えるの?」
「住所はね、部屋を借りたりお住まいを決めると決められるよ。でもね、お住まいを決めるには保険証が必要なんだ」
「え? じゃあ、つまり」
「お前さんは一生、死ぬまでモノ扱いってことだね! ゲッヘヘヘヘヘヘ!」
車掌は薄気味悪い笑い声をあげて、すっと消えていった。
たいていの日本妖怪は西洋妖怪のことを嫌いか、おもしろいオモチャだと思っている。
雪子が喜んで言った。
「ほらみたことですか! あなたは一生奴隷人生を歩むんですよ!」
「こ、琴平!」
エメリアは縋りつくように俺を振り仰いだ。
「あんだよ。苦情来てんだから静かにしろよ」
「我と、偽装結婚しよう!」
「はあ?」
雪子がエメリアにチョップした。
「あいたっ」
「あなた、偽装結婚って、意味わかってます?」
さっきまで叫んでたくせに妙に冷静な雪子が詰め寄った。
エメリアは折れなかった。
「日本愚民と結婚すれば住所が貰える。そうすれば我にも人権ある。人権あれば、日本愚民に見下されてなくて済む」
「はあ。言ってることは分かりますが……」
俺は少し偽装結婚について考えを巡らせた。
「偽装結婚か……。ザルエルフ、偽装結婚って偽装でも結婚だよな?」
「えっ、そうだけど……」
「結婚ってことは俺達、一応夫婦だよな」
「まあ、そうなるけど……」
「だよな。ってことは、エッチなこともしていいってことになるよな――ぐあっ」
雪子の蹴りが俺の腹に突き刺さった。思わず腹を抱えて蹲った。
「さ、最低! え、え、エエッチだなんて! しししていいわけないじゃないですか! こ、このロリコン野郎!」
「ロリコン、野郎だぁ……?」
その言葉に、俺は痛みも忘れた。立ち上がって雪子を見下ろした。
「俺はなあ、ロリコン呼ばわりされるのがこの世で一番許せねえんだ。今言った言葉取り消すってんなら額を地面にこすりつけて謝るだけで許してやる」
「はあ? ロリコンだなんて、何度でも言ってあげますよ! この、変態! ロリコン! 少女性愛者! ロリババアコンプレックス!!」
「野郎! ぶっ殺してやる!!」
俺はコルトを引き抜き、思いっきり霊力を込めて、ぶち抜いた。
だが、霊弾は雪子にぶつかる前に、消失した。
『絶対守護領域』だ。ほんのわずか、青白く輝く粒子が散った。
雪子は冷たい瞳で俺を見据えた。
「せめて、『絶』を使って撃ち込んだらどうです?」
「試しただけだ。次は『絶』でぶち込む」
俺が詠唱しようとしたその時、車内放送が流れた。
『車両内で基準値以上の霊力の乱れを検知しました。緊急鎮圧処置に入ります』
ガゴンッ!
車両の全ての出入り口と窓が鉄の鋼鈑で遮られ、同時に同時にが消え、車内は一瞬で暗闇になった。
「なんですかこれ」
「くそっ、これは電車の防御機構だ。車内で非情事態が発生した時、鎮圧するための措置だよ」
最近は五等車両しか乗ってねえから、油断していた。
「雪子! 今すぐ絶対守護領域でここをぶち抜け」
「はあ? 命令しないでもらえます!?」
暗闇の中で雪子は嘲笑した。
「口の利き方に気を付けてください。あなたにとってはピンチかもしれませんが、私には絶対守護領域があるから無敵なんです」
「我もマジックキャンセルあるから無敵じゃなあ」
バカエルフも似たようなことを抜かしてやがる。
「液体窒素ぶち込まれて、一瞬で意識飛ばされるぞ」
車内に充満した窒素ガスは化学平衡に従って、一瞬で血中の酸素を奪い去る。その後、蘇生してくれるので死ぬことはないのだが、正直食らいたくはない。
「ていや!」
雪子が一瞬で壁に大穴をあけた。
神道法礼を施された強化鋼鈑が一瞬で消え、青白い光に変わる様は、やばさを感じるが、正直助かる。
緊急鎮圧処置を行っている間も電車は走り続けている。
「どうするんですか?」
俺はエルフを担ぎ上げ、そして雪子も抱えあげた。
「捕まってろ」
「ちょっと、何するんですか! 放してください」
「暴れんな、今から飛ぶんだよ!」
「飛ぶぅ? 制服が汚れるじゃないですか!」
「うまく着地すりゃあいいじゃねえか!」
俺が飛び出そうとした瞬間、後ろから声が掛かった。
「琴平君」
鬼の能面を被った車掌がそこにいた。
「止めんならぶち抜くぞ」
「友人ができたみたいで、安心しましたよ」
「うっせえ」
俺は液体窒素が噴出する音と同時に、走る電車から飛び出した。
「またのご乗車をお待ちしておりますよ」
そんな声が背後から聞こえたような、気がした。




