琴平神社2
琴平神社には、本殿の他に平屋の一軒家があり、お守りなどを売っている社務所も兼ねている。
百夜様とアカカスさんと、琴平家にお邪魔している私はそこで暮らしている。
以前は神楽殿や宝物殿があったようだが、今は廃墟と化していて、基礎と柱の残骸が残っているだけだ。
そして、琴平家には地下室がある。
廊下の隅の扉を開け、石段を下ると、古臭い木戸がある。
その中は、おそらくは書庫なのだろう。
壁一面に本棚の並んでいるが、今は本棚に本は一冊もなく、がらんとした感じがする。
「ご飯持ってきたぞい」
百夜様は私達と同じ朝食を、ザルエルフーーエメリアの前に置いた。
エメリアは布団をどけて起き上がった。
手と足に鎖の先に大きな重りのついた枷をしているが、鎖はちょっと長めになので自由に動ける。
背丈の低い彼女は百夜様のTシャツとジャージを身に着けていたが、さすがに少し窮屈そうだった。
お腹が少し見えるし、体のラインがつっぱり、シャツが張っている。
彼女は目の前に出された食事を見て言った。
「うぅ、ヌードルでない食べ物は食べ物ではありません……。ヌードル……、ヌードルを、出してください……」
彼女のお腹が大きな音を鳴らした。涎も垂れている。
彼女はここにやってきて三日、水以外口にしていない。
調べた情報によると、スパモン教ではヌードル以外を口にすることが許されないらしい。
難儀な宗教だ。
ちなみに彼女が丁寧語を話すのは、ここ三日間、百夜様に可愛がられた結果だった。
初日はご飯の事をゲロだと悪態をついて、気絶させられた。
彼女の怪我は治癒魔法が効かないからやっかいだった。
彼女は前日と同じ質問を口にした。
「これはヌードルの形をしていませんが、もしかして、これは白米ヌードルではないですか?」
「これは白米じゃな」
「うぅ、では、これは味噌ヌードルスープではありませんか?」
「これは味噌汁じゃな」
「うぅ、ではこれは、ヌードルしらすではありませんか?」
「これってヌードルだって言えば食べれるやつですか?」
私はいい加減、彼女が可哀そうに思えてきたので、口を挟んだ。
エメリアは答えた。
「調理者がヌードルだと言えば全てヌードルになるから……」
「そんなんでいいんですか」
「スパモン神は寛大だから……」
スパモン教、適当だなあ。
「これはしらすじゃな」
しかし日本の神は寛容ではないご様子。
「うぅ……」
エルフは鳴るお腹を抱えて俯いた。
百夜様はエルフを見下して満足げに言った。
「信仰が擦り減っていく瞬間はいつ見ても心地よいのう」
踏み絵とか好きそうな笑みだった。
「とはいえ、わしにも生活ってものがあるからのう」
百夜様はしゃがみ込んで、エルフの顔を覗き込んだ。
「小娘。年はいくつじゃ?」
「じゅうご」
「ふむふむ。それはちょうどいい」
何がちょうどいいんだろう?
百夜様は頷き、エルフの朝食へと手を伸ばし、味噌汁をご飯にかけ、その上にしらすを載せた。
「小娘、これぞ、しらす味噌汁ぶっかけ白米ヌードルじゃ!」
「おお!」
エメリアは手を触手の形に切り、神に祈りを捧げた。
「あなたのいつくしみに感謝して、このヌードルをいただきます。スパモン神よ、ヌードルと麦を祝福し、わたしたちの心とからだを支える糧としてください、ラーメン」
彼女はひったくるようにお茶碗を抱え、箸で掻きこんだ。
「もぐもく」
「よしよし、いっぱい食くんじゃ。おかわりもあるぞ」
「ほんとか!?」
「遠慮するな。今までの分も食え」
「うまうま」
不吉な会話はしないで欲しい。
百夜様は突然声をあげた。
「まごー!」
「んだよ、今度は」
百夜様が呼ぶと、学校指定の学ランを短ランに改造するという旧時代の不良のような恰好のアカカスさんが、青色のクリアな歯ブラシを咥えてやってきた。
さっき捥がれた腕は再生している。
勝手に治るんだから治癒術師要らずだ。
「ババア、やけに優しいじゃねえか」
彼は朝食を食べているエルフを一瞥し、それから私の方を見て怪訝な顔をした。
なんでそんな顔をするんだろうか。失礼だと思う。
「なんで制服着てんだ?」
「今日入学式ですからね」
千年桜切断事件発生後、二十四時間という短時間で、非常事態宣言と戒厳令は解除された。
今や国家守護の象徴の千年桜だが、そもそも勝手に打ち立てられたものであることや、桜花結界が失われていないことが確認できたことがその理由らしい。
その証拠に、穢れの発生も二日目には収まり、同時刻から銃弾や爆薬の置換も確認された。
千年桜切断事件はたった一日の混乱を日本国にもたらしただけで、二日後には、平常運転へと戻っていた。
アカカスさん曰く、千年桜切断事件の主犯である彼の父親、琴平皓月が、桜花結界が維持できる程度で、絶妙にうまく切ったからではないかとのこと。
そのような経緯があって、無事入学式の日を迎えたわけだが、アカカスさんはどうも不服らしい。
「そういうことじゃねえ、なんでてめえが立実のセーラー服着てんだってことだよ」
立実とは東京都立川市の立川実践高校の略称である。
勉学に優れた立川高校とは違い、様々なコースがあり自由度の高い校風が特徴の私立高校だ。
「それは、もちろん私が立川実践高校に通うからです」
「マジかよ」
「あなたも同じ高校でしょう? 制服見ればわかりますよ」
百夜様に聞いてたから、知ってて受験したけど。
険悪になりかけた私達の空気を察してか、百夜様が彼を呼んだ。
「孫」
「あ?」
この人、態度悪すぎでしょ。
なんで呼ばれただけで、そんな顔するんだろうか。
「これ学校持ってって」
百夜様は朝食を食べ終えたエルフを指さして言った。
彼は顔を顰めた。
「はあ?」
態度悪いの、仕方ないかも。
「ご飯はくれた」
「犬じゃねえんだぞ」
三日前犬みたいに扱ってた人がアカカスさんがそう言う。
百夜様は動じなかった。
「十五らしいから、高校行く年じゃろ?」
「轍に言ってたじゃねえか。こいつは琴平百夜が責任もって預かるって。てめえが面倒見ろよ」
「それはー、三千院の小娘が、威張るからー。嫌がらせしたくなっただけじゃしー」
百夜様はその見ための通り、子供のように目を逸らしながらそう言った。
千年桜切断事件翌日、三千院轍と万久作の二人が琴平神社を尋ねてきた。
轍はエメリアの身柄の引き渡しを要求したが、百夜様は断った。
「それに、わし今日女の子の日なんじゃ」
「パチ屋の新台入れ替えは女の子の日って言わねえんだよ」
「雪子ちゃんは、どう思う? わしが預かるより孫が学校に連れて行って面倒を見たほうが良いと思うじゃろ!?」
「いえ、白夜様が面倒を見るべきでは? 報酬も国から支払われるわけですし」
身柄引き渡しを断られた三千院轍はあっさり引き下がった。
それどころかエメリアを管理すれば報酬を払うという話へすり替え、全てを琴平神社に押しつけて、帰っていった。
よって、彼女が暴走して何かが起きた場合、全ての責任を琴平神社が負う事になっている。
「孫、手合わせじゃ。負けたら言う事聞くんじゃ」
私に話を振っておいて、百夜様は私を無視した。
「はあ? もう学校の制服着てるんだが?」
「うるさい門等無用じゃ」
「てめっ、くそったれ――俺の腕が! 腕がぁ!!」
血の滴る腕が捥げたアカカスさんが一瞬で生まれたが、私はもう、なんとも思わなかった。




