琴平神社1
「なんで鼻ほじってるんですか」
「鼻くそぐらいほるだろ、家なんだし」
朝食に呼ばれて居間への襖を開けると、琴平アカカスが、八畳間の畳で寝そべり、小指で鼻をほじっていた。
ピーンと、鼻くそを床に敷いたティッシュに飛ばしてから、彼は小指を擦り付けた。
汚い。
目の前でやらないで欲しい。
「手を洗ってきてください。ご飯前ですよ」
「うっせえな。気に入らねえなら出てきゃあいいだろ」
「はあ? なんですかその言い方?」
彼の突っかかるような言い方は私をイラっとさせた。
「こっちだって、あなたみたいな人と一緒に暮らしたくはないんですけどね」
「朝ごはんじゃぞ~」
私が軽蔑的な視線を彼に送った時、台所から百夜様が、朝食をお盆に載せ運んできた。
白米と、目玉焼きと、味噌汁、しらす。
「百夜様、暁さんが鼻くそほじってるんですけど、どう思われますか?」
百夜様はお盆からお皿をテーブルに並べながら言った。
「孫はいつも鼻くそほじらんぞ?」
「え?」
「雪子ちゃんが来たからあえて目の前でほじってるんじゃ」
「はい? どういうことですか?」
「おいババア」
横になっていたアカカスさんが体を起こし、百夜様を睨みつけた。
「いつもわしが鼻くそほじるとブチギレるくらいじゃ。客の前じゃわしはほじらんがな」
「ババア黙れ」
部屋に殺気が満ちる。
一触即発の空気だった。。
似たような光景はここ二日見ている。
この家では喧嘩が一日一回は発生するようだ。
私は壁際に身を寄せ、『絶対守護領域』を展開した。
百夜様がアカカスさんを煽った。
「ワシの孫は女の子との接し方がわからんから、ぞんざい男子を演じるこざかしい思春期ムーブをしているんじゃよ。カーワーイーイー」
アカカスさんが印を結び、詠唱した。
「『絶』」
次の瞬間、アカカスの身体はそこに無く、家の壁がぶち抜けて、百夜様が捥いだ腕を持っていた。
停止した時間の中で、アカカスさんは今日も敗北したらしい。
「鬼の力を手に入れたとて、百年早いわ」
白く輝く瞳を落ち着かせ、百夜様は私に捥ぎたてのアカカスさんの腕を差し出した。
「孫がつっかかって、ごめんな雪子ちゃん。お詫びにこの腕をやる。青梅の闇市に持っていけば五万円分のパチンコカードと変えてくれるのじゃ」
え? この神様、孫の腕売ってパチンコしてるの?
「そうか? じゃあ、わしが頂くとして」
百夜様は孫の腕を新聞紙で包みながら優しい口調で言った。
「孫は本当はいい子なんじゃ。雪子ちゃんに突っかかったのも、孫の気遣いなんじゃ」
「どういうことですか?」
「はじめのうちは気を付けていても、長く暮らしていればわしがティッシュで拭くこともしないで、鼻くそをほじってそこらに擦り付けているのを、雪子ちゃんは目撃するじゃろう。だから、最初から自分が悪役になって、雪子ちゃんに嫌われることで問題提起したんじゃ」
「そうですか」
つまり、アカカスさんは百夜様が私に嫌われる前に、自分が鼻くそをほじってみせることでその嫌悪感を和らげようとしたということだろうか。
やろうとしたことはおかしいけど、もしかすると、少しだけ家族思いな人なのかもしれない。
だからって、彼の態度を許す気にはならないけど。
私は彼の事はおいておいて、百夜様に忠告した。
「だとしても、鼻ほじったら手を洗ってください。あと、そこらへんに擦り付けないでください」




