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上野千年桜8

 


 ****


 私はビール臭い池の隣を走っていた。


 私がマジックキャンセルを打ち破り、アカカスさんが、化け物を内部から破壊し、エルフを連れ出した、

 化け物は三分の一くらい肉体が崩れたが、そうとう生命力が強いのか、その状態でも活動し、千年桜にその触手を伸ばし、小枝を毟って食べていた。


 ひとまず、エルフを取り出すという目標はうまくいった。


 私はアカカスさんの安否を確かめる為に池の向こうに向かおうとした。


 しかし、青い輝きが世界を切り裂いた。


 何が起こったのか、誰も理解できなかっただろう。


 次の瞬間、鼓膜を破るような爆音と化け物の悲鳴が聞こえ、遅れてやってきた衝撃波に吹き飛ばされ、私はコンクリートの壁に全身を打ち付けた。


 今日一日、わけがわからないなんてことは、もうたくさんで、何とも思わなかった。


 起き上がると、千年桜と、巨大な化け物が縦に大きく裂かれ、青い炎を上げて燃えていた。


 私は呆然と立ち尽くし、その惨状を眺めていた。


 が、気づいた時には、世界は変化し始めていた。


 大地から赤黒い瘴気が、ふつふつと沸きはじめた。


 それを目にするのは初めてだったが、私は直観的に理解した。


 この地に封じされていた、『穢れ』が姿を現したのだと。


 大地から沸き上がるそれらは、赤く黒く漂う形なき魂の残滓、時代に忘れ去られた死者の悲しみと苦しみだ。


 数十年前、第二次世界大戦末期。


 神国だけが取り残された戦争で、この地は戦場となり、六十六個の原子爆弾が投下された。


 敗北した神国には『穢れ』が蔓延り、この国は東西の統治下におかれ、内戦が続いた。


 だが、十六年前、突如上野に生まれた『桜花結界』はそれら全てを封じた。


 『穢れ』を祓い、弾丸と爆弾に花を手向けた。


 私は千年桜が生み出された後しか知らない。

 だから、千年桜が破られた今、それら全てが、降りかかってくるのかもしれない。


 でも、今は、あの人の無事を確かめよう。


 頑丈そうだし、大丈夫だろうけど……。


 池をぐるりと回ったところで、向こうに倒れたアカカスさんと、ザルエルフの姿が見えた。


 大した怪我も無さそうだ。


 よかった。


 ほっとした私は進む足を緩め、ゆっくりとアカカスさんの傍まで歩いていった。


 彼は化け物の中にいたせいか、酸っぱいような甘いような臭いがする。


 どうしようか、どうやって起こそう。


 悩んだ結果、私は足で起こすことにした。


「おーきーてーまーすーかー?」


 足で揺すって、彼から魔法の気配がすることに気づいた。


 よくよく見て見ると、深く眠っている。


 睡眠系の魔法をかけられているのかもしれない。


「それなら、ちょっと起こしてあげますか」


 私がかがみ、アカカスさんの額に手を当てようとした、その時だった。


「雪子様」


 私の背後に何かがいた。


 瞬間的に『絶対守護領域』を展開したが、相手からの攻撃はなかった。


 私はゆっくりと振り向いた。


 そこにいたのは奇妙な姿の妖怪。


 あるいは神だった。

 

 ブラウン管テレビ、だったろうか? 

 

 黒いスーツに、黒いズボン、黒いネクタイに、白いシャツ……、そして、頭にブラウン管テレビを被った男だった。


 どうみても、NO_MORE映画泥棒のパクリみたいな姿の男だった。


「どうして、私の名前を知ってるんですか?」


「約束の時が近づいています、雪子様。早池峰水名(みな)様、あなたのお姉様と同じ場所へ、あなたが参られる時です」


 姉の名を耳にして、私の胸がきゅっと苦しくなった。


 息がしづらい。


 私は冷静に相手を見つめた。


「あなたは、案内人ですか? 待ってください。約束の時は一月先はずです。千年桜は致命的な状況かもしれませんが、私には、やり残したことがあります」


 私の主張にテレビ男は頷いた。


「ご安心ください。千年桜は現在、百一層の結界が破られておりますが、桜花結界の機能は失われていません。十分修復可能です。おっしゃる通り、約束の時まで、時間は十分あります。ですが、お忘れなく。その時、私はあなたを必ずや千年桜の下へとお連れさせていただくことを」


「……わかりました」


「では、やることがありますので、これにて」


 テレビ男は瞬く間にその身を雷に変えると、近くの電線に滑り込んで姿を消した。


 私は、大きくため息を吐いた。


「もうなにがなんだか、わからないんですが」


 膝を抱いて、蹲った。


 破れている泥だらけのワンピースと、よく眠っているアカカスの顔が近くに見えた。


「こんなにボロボロになってまで、何がしたいんでしょうね。私達は」


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