上野千年桜7
「ママ……、ママ……」
母を呼ぶ、か細い少女の声が聞こえた。
「どうしたの、エメリア?」
気づけば俺は霧の中に居た。
霧の中にはなぜか家の一角があり、古びたその家屋ではぼろ布のような衣服を纏い、ザルを被ったエルフの少女が、同じくザルを被って編み物をしている母の隣で佇んでいた。
エルフの少女、エメリアは今よりずっと幼い姿をしていた。
少女は、涙を流した後のようで、目を赤くしていた。
「ママ。みんなが私をスパモン教徒だっていじめるんだ」
「大丈夫よ。スパモン様の触手が、私達にはついているから」
「なら、どうしてスパモン様は私を助けてくれないの?」
「今はヌードル期だからよ。スパモン様がヌードルを食べていらっしゃるの」
「ヌードル期はいつ終わるの?」
「ヌードル期が終わったら次はヌーディスト期よ。スパモン様がヌーディストを創るの」
「ママのバカ!!」
少女は怒りに顔を赤くした。
「私スパモン教なんてやだ! 私もクリスマスしたい! 豆まきもしたい! 五体投地もしたいし、ザルじゃなくてたまにはアルミホイルも巻きたい!」
少女の激怒に、母親は編み物の手を止めて言った。
「じゃあ、すればいいじゃない」
「え? いいの?」
「いいわよ。全てスパモン様の触手の思し召しですもの」
「でも、私がやろうとすると、みんなにいじめられるんだ!!」
少女は嗚咽を上げた。
瞳から大きな涙が零れた。
「私だって、クリスマスチキン食べたいし、炒った豆食べたいし、千歳飴食べたいのに! 私がスパモン教だから、みんなに嫌われて、いじめられる! スパモン教なんて大っ嫌い!」
「エメリア」
母親は顔を上げ、少女を見た。
「今から私は大切なことをあなたに言うわ。そして、あなたはそれを聞かなければならない。いい?」
少女はコクリと頷いた。
母親は言った。
「それ、全部あなたの性格が悪いからよ」
「……え?」
「だって、あなた、友達から貰った食べ物は美味しくても全部ゲロの味だって言うし、他者の宗教は馬鹿にしてスパモンの話しかしないし、自分以外の存在は全て下等生物だと思ってるし……。あなたと話しているとみんな不愉快なの」
「ママ……ひどい、ひどいよぉ……。どうしてそんなこと言うの?」
「事実よ」
母親は嘆息して続けた。
「エメリア。あなたは、この世で一番スパモン様に愛されている。でも、あなたは性格が悪いから、みんなに愛されない」
「違うもん! 私性格いいもん! かわいいし、頭いいし、運動は普通だけど、そこら辺の愚民共と違うもん!!」
「エメリア……」
母親は少し悲しそうな顔をした。
少女は泣きわめいた。
「スパモン教なんて大っ嫌い!! だって、私を一人ぼっちにするんだから!!」
「うっせえぞ、クソガキ!!」
俺は苛立って、怒鳴り散らした。
「え?」
エメリアの腕を掴んで引っ張り上げた。エルフの少女は俺を見上げ目を丸くした。
「誰?」
「嫌々嫌々、いいやがって! 嫌だったら、ぶっ飛ばせばいいだろ!!」
俺は母親に向けて、コルトを構えた。
エルフの母親は俺に優しく微笑んだ。
「ママッ!!」
ダンッーー!!
俺は確かに細い腕を掴んでいた。
瞳を開いた時、まるで宇宙にいるかのような暗闇が広がっていた。
はるか遠くで星々のような何かが瞬いている。
俺は意味不明な化け物の中に居る。
それだけは、なぜかよく分かった。
「誰!?」
エメリアが叫んだ。
彼女の姿はなかった。ただ宇宙と、掴んだ腕の感触だけがあった。
「誰だっていいだろ! 黙ってろ!!」
「ひっ」
どうせぶちかますなら、本気でやってやる。
俺は印を結んだ。
「『絶』」
宇宙が静止した。
「へえ、止まるじゃねえか」
「やめて!」
「俺を止めてえんなら、止めてから言え!!」
俺は、全力の霊力を込め、コルトの引き金を何度も引いた。
ダンッダンッダンッダンッダンッダンッダンッダンッダンッダンッダンッ!!!
エメリアの身体を抱きしめ、絶を解除する。
瞬間、停止した世界から時間の束縛を受けた世界へと移された霊弾が、光速で対象にぶつかり、弾けた。
宇宙が――化け物の肉体が、内部から爆発し、俺達は外へ投げ出された。
ゴンッ!
エメリアを抱きかかえたまま、俺は大地にぶつかって転がった。
「ってえ……」
『絶』の空間で放ち、至近距離で弾けた霊弾の影響か、体がしびれて動かねえ。
腕の中のエメリアを見ると、どうやら気を失っているようだ。
池の向こうに胴体の片側が大きくえぐれたスパモンと千年桜が見えた。
どうやら不忍池の反対側に俺達は着地したようだ。
「あとは、轍とおっさんがうまくやってくれんだろ」
その時、すぐそばで足音がした。誰かが隣に立ち、俺達を見下ろした。
「雪子か……?」
「助かったよ息子」
「皓月!? てめえ!」
俺は起き上がろうとして、皓月の放った光の矢により、手足を地面に縫いつけられた。
「マジのスパゲッティモンスターなんて初めて見たよ。こいつはな、ロサンゼルスを一夜にして廃墟にした女だ。眉唾もんだったが、ガチだったようだな」
皓月は俺達から離れ、時を止めた。
『解けろ、那由多』
スパモンが現れる前まで展開していた魔法陣が、そのままの状態で皓月の周りに展開された。
「スパモンのやつ、桜花結界を喰おうとしてるな。しぶてえやつだ。まあ、マジックキャンセルがなければ余裕で、ぶち抜けるだろうがな」
桜花結界にかじりつく化け物は静止し、無効化能力が消失しているのは明らかだった。
「教えろ! てめえは、なんで桜花結界を壊そうとする!?」
「答えはお前自身、もう知っているだろ?」
全ての魔法陣が収束し、巨大な一つの魔法陣を形成した。
「桜花結界は、間違っている」
その中心で、ピンクのキャリーバッグの蓋が開き、眩く輝く球体が、浮かび上がる。
皓月は詠唱を締めくくった。
「『神国を開闢せよ。ニホニウム』」
青白い輝きが世界を覆った。
「神国の黎明で合おう、息子よ」




