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上野千年桜6

 轍がそう言った時、化け物の触手が大地に一斉に振り下ろされた。


 轍は動じず、空に手を向けた。


「『滅せ、玉赤花(ぎょくせっか)』」


 轍が放った光線は触手にぶち当たると、触手を切断し、本体にぶつかって、赤い煙を上げて消えた。


「あら、これで本体抜けへんのえ」


「おい、あれを見ろ」


 久作が遠くを見て叫んだ。俺達はその方向を見た。


「触手にやられたやつら、裸にされているぞ!」


 不忍池の反対側には、触手に薙ぎ払われただろう人妖が、素っ裸になっていた。

 頬や顔が赤く、酔っ払ったかのようにふらふらと歩いている。


 変化しているのは人妖だけじゃない。


 触れられたビルや建物は、全体がマットレスやクッションのようなふわふわしたものに変化し、生物ではない小さな物体は、名状し難い形状の様々な物に変っていた。


 その上、不忍池は黄金色に変わっていた。


 それは麦の香りがする薬物性の苦々しい液体、いわゆるビールに変わり、全裸になった人妖の一部は歓喜し、池に飛び込んだ。


「あほくさ」


 轍が実に人間的な呆れた表情を浮かべていた。久作が言った。


「珍しい。逃げないのか?」


「いつもやったらしっぽ撒いて逃げるんやけど、今逃げたらあの男と同じなってまうし、ここで天照様の指示が出るまで待つわ」


 轍もまともな頭の部分があるんだなと思った。


 俺は久作に尋ねた。


「桜花結界は大丈夫なのか?」


「千年桜なら大丈夫だろう。あれは百八階層からなる強固な防御結界が――」


 バキバキバキツ!


 末端の枝が折られ、ピンクの花弁が宙を舞った。


 化け物は千切った枝花を呑み込んだ。


「まさか! ありえん!」


「時間停止中にも結構やばい音してたけどな」


「時間停止中? あいつは時間停止の中でも動くのか?」


「あ? そうだよ。あの化け物を呼び出したエルフが無効化能力者だとかどうとかでな。その影響じゃねえの」


 久作は少し考えた。


「つまりあいつは、千年桜の結界を無効化して蝕んでいるのか。で、そのエルフはどこだ?」


「そういや、あの化け物召喚してから見てねえな」


「おそらくエルフは化け物の中だ。エルフを取り除くぞ。そいつをやればマジックキャンセルは無くなる」


「無くならなかったどうすんですか?」


 いつの間にか正気を取り戻していた雪子が尋ねた。


「その時は、その時だ。マジックキャンセル込みでも桜花結界は一ヶ月程持つだろう」


「作戦はあんのか?」


「俺がお前を思いっきりぶん投げる。あとはどうにかしろ」


「くそったれが。やるしかねえか」


 まあ、それくらいしか方法はねえか。


 突っ込んだ勢いで、時間停止してなぐりゃあぶっ飛ぶだろ、と考えて、思い返した。


「いや、だめだ。時間停止効かねえんだった。おい、おっさん、あいつは時間停止が効かねえから、時間停止中に殴っても多分、ぶっ飛ばねえ」


「なんだと!? じゃあ、だめか」


 久作がしゅんとした。


 なんだ、そんなに俺をぶつけたかったのか?


「……わかりました。なら、私が同行します」


 名乗りを上げたのは雪子だった。


「てめえがでてきて何ができんだ?」


「舐めないでください。あの化け物にはマジックキャンセルが掛かっています。が、マジックキャンセルなんて、『絶対守護領域』の下位互換でしかありません』


 雪子の言う事には一理あった。マジックキャンセルじゃあ、相手を倒せないだろうが、『絶対守護領域』なら攻撃にも使える。


「確かにな。全部をはじき返すバリアと全部を貫くビームがありゃあ、ビームのほうが強そうだしな」


「でしょう! 先ほどの玉赤花が触手を貫いたように、魔法強度が高ければマジックキャンセルも貫通します。それに、私の『絶対守護領域』は玉赤花に打ち勝っていますから」


 雪子は確信して言った。


 轍は不敵に笑った。


「ほな、早池峰の娘のお手並み、見せて欲しいわあ」


「……いいでしょう」


 雪子は轍に一歩詰め寄り、その瞳を見据えた。


「この世に最強の力も、魔法もありません」


「久作の受け売りやありまへんか」


「ですが、真実です。あれほどの力を誇った姉も、今はいません」


 雪子は轍に背を向けた。


「久作さん、私とアカカスさんを、ぶん投げてください」


「え? さすがに女の子投げるわけにゃいかんだろ」


「まちいや。これに乗ってき」


 轍は袖の下から、赤地に金の刺繍が施された毬を落とした。


 それは地面に落ちて跳ねると、ぱっと糸がほつれ、伸びあがったかと思うと、大きな動物の姿を象り、実体化した。


 それは鹿に似た大きな獣だった。


 頭部には雄々しい白く輝くの角が聳え、白銀の鬣がその顔を覆う。

 首から胴へかけ五色に煌めく鱗がびっしりと並び、膂力溢れる馬に似た銅と脚先を持ち、全身に纏った青い霊気が、炎のように揺らめいている。


 麒麟。


 生命を慈しむ神獣であるその獣の足は、本当の意味で地に着くことはない。


 こいつなら、空を駆けるのも余裕だが、俺は全員があることを見落としている事に気づいていた。


「なんかいい感じで話を進めてるけどな、肝心の火力が足りねえだろ。バケモンに突っ込んだ後どうすりゃいいんだ?」


「マジックキャンセルを破ったのだから、あとはあなたの霊撃でぶち抜けばいいじゃないですか」


「相手は時間停止中に物を動かせるんだ。ってことは、時間停止状態で霊弾撃ち込んでも、普通に打っても変わらねえんだよ」


「バカですか? そんなの関係ありません。ああいうデカブツは内側からぶち破ればだいたい倒せるんです」


「たしかにぃ?」


「それに、あなたは半神ですよね? バカみたいに霊力があるんですから、バカみたいに中から打てばいいんです」


 雪子は確信に満ちた瞳で俺を見つめて言った。


 なんだこいつ、結構賢いじゃねえかよ。


「なら、いっちょ、やっちまうか。結局、ぶっとばすしかねえんだ。強え奴が正しい。それがこの世の道理だしな」


「いや、マジックキャンセラーを中から連れ去るだけでいいぞ。化け物が弱体化すれば、その後はどうとでもなる」


 化け物をぶっ飛ばす方向で盛り上がってきたところに久作がつまらない事を言った。


 だから、モテねえんだてめえ。


 俺は久作を無視し麒麟に飛び乗り、雪子に手を伸ばした。


「即ぶち込みに行くぞ、乗れ!」


「わかってますよ!」


 雪子を引き上げ、俺は麒麟の両角を握った。


「おら! いけ!」


 麒麟の両腹を足でぶっ叩いた。


 麒麟が高い声で嘶き、大地を蹴った。


「「ぐえっ」」


 麒麟は一瞬で天空まで跳躍し、化け物の上を取った。俺が麒麟にしがみついたように、雪子が俺にしがみついた。


 麒麟の存在に気づいたのか、化け物の触手が一斉に降りかかってきた。


 麒麟は空を蹴り、次々襲い来る触手の間を抜け、あっという間に、化け物の直上にまで到達した。


 雪子が麒麟の背で立ち上がった。


「着いてきてくださいよ!」


「わかってらあ!」


 先に麒麟から飛び降りた雪子の後で少し間を空けて、飛び降りた。


 雪子はスカイダイビングのように両手を広げ、詠唱した。


「『久遠の静寂をもたらす者、汝が名は剣! 抹消せよ、エターナルフォースブリザード、ソーーーーーーード!!』」


 雪子の右腕が氷雪を纏い、一瞬にして、数メートルの巨大な氷の刃が生成された。


「くーらーえーーー!!」


 雪子はそれを化け物に突き立てた。


 ガリッ! ガリガリガリガリガリッッ!!


 氷の剣は恐らく『絶対守護領域』を纏っている。

 でなければ一瞬で化け物に無効化されているはずだ。


 だが、それでも化け物の無効化障壁を破り切れず、氷刃はあっという間に削られていった。


「雪子!」


 彼女を襲う触手を、俺は全力を込めた霊弾で弾いた。


「くー、たー、ばー、れ!! このアホモンスターがぁ!!」


 氷の剣が全て砕かれた時、雪子は左手を振りかぶった。


 何らかの技のように見えた。


 左手は一瞬で漆黒を纏い、彼女は、それを叩きつけた。


 瞬間、ぶん殴られた化け物の肉体の一部は、時空がねじ切られたように漆黒に吸い込まれ――そして、弾けた。

 爆発で飛ばされた雪子が叫んだ。


「暁さん!」


「ぶち抜いてやらあ!!」


 俺は雪子がぶち開けた大穴に、コルトを構え、突っ込んだ。


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