青梅市石神前1
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「んじゃ、俺は帰るわ」
『穢れ』の処理やらなにやらを手伝っていたら、時刻は夜になっていた。
全国的な非常事態宣言と、第一種戒厳令が発令された。
各地域で魔術師および武士、有力妖怪が招集され、『穢れ』に対する非常事態に備えているだろう。
穢れの気配があふれ出した東京で、環状線がせわしなくは動いている。
天照大御神おわす天居を中心とした二重の首都結界環状線は、動き続けることで天居および東京を守護している。
ゆえに環状線は飛び込み自殺したやつがいようとダイアは乱れることはないし、遺族に金は要求されない。そこで生み出された穢れすらも、魔力に変換するため、ひどい名前で呼ばれることもある。
が、桜花結界が弱った今、環状線はいつも以上に走らされるようだ。深夜もひっきりなしに運行する予定らしい。
桜花結界がどれほど機能しているのか、現在は不明であるが、数時間経過しても今のところ東京で大きな事件は起こっていないようだ。
情報統制の可能性も多分にあるが、普段でかい顔をしてる魔術師や警察共が頑張っているおかげかもしれない。
「私も、待ち合わせ相手の家に直接向かうことにします」
上野駅の駅の改札で、雪子は俺にそう告げた。
彼女の髪や瞳の色は最初に出会った時と同じ、黒色に戻っていた。結構自由に、雪女と人間の形態を変化させられるようだ。
「なんだ、相手の家知ってんなら待ち合わせする意味ねえじゃねえか」
「東京は危ないって言うじゃないですか。あと、千年桜もみたかったですし」
「それなら半分になる前に見れてよかったんじゃねえの」
千年桜は皓月に真っ二つにされた。
そのついでにスパゲッティモンスターも真っ二つにされたわけだが、どちらの生命力も驚異的だった。
千年桜がスパモンを吸収したのか、スパモンが千年桜に喰らい付いたのか、どちらかわからないが、その二つはモザイク画のように合体し、新たなる存在へと形成しつつあった。
まあ、天照大御神様とか、偉い奴らがどうにかしてくれんだろ。
とりあえず、楽観的に考えるようと努めていると、肩の上でエルフが蠢いた。
「んがっもががっ!」
ザルエルフは縄で縛って、猿轡を噛ませ、暴れたらケツを叩いて大人しくさせている。
「おら、大人しくしろ!」
「ほひへ! ほひへひひはへええ!」
「こら! 静かにしろ!」
「ほひへ!」
「ん? この子、トイレって言ってません?」
雪子の声かけに、ザルエルフは激しく頷いた。
俺はずっとこいつを肩に背負っている。
そもそもババアの客人だし、預けるに足る信頼できる相手はいないからだ。
国に預ければ轍行きだろうし、そしたら生きて帰って来られないだろう。
かといってそこらへんの人間も当てにならない。
エルフは闇市で高く売れるだろうし、その人間が善人でも、強奪される恐れもある。
というわけで、俺は肌身離さずこいつを持ち歩いたわけだが、そう言えばこいつはトイレに行かせた覚えはなかった。
漏らされてもめんどくさいし、肩から下ろして猿轡を外してやった。
「我がトイレだと言ってるだろう! この日本愚民が! 貴様の顔面にかけてやろうか!」
「は?」
俺はエルフを地面で横にして、サッカーボールを蹴るみたいに足を振り上げた。
「あっ! ごめんなさないごめんなさい! 暴力反対! 暴力反対! 嘘! 嘘だから、許して!」
「よし」
「サイテー過ぎませんか」
軽蔑するような視線を向けてくる雪子を無視してエルフを担ぎ上げ、近くの女子トイレに入った。
後ろから雪子が慌てて追い掛けてきた。
「ちょちょちょ、ちょっと待ってください! こっち女子トイレですよ!」
「女がすんだから、女子トイレだろ」
「あなたがいるのが問題なんですって!」
「じゃあ男子トイレだ。おら行くぞ」
「うぅ……」
「待ってください! 私が! 私が面倒見ますから!!」
「分かってんのか? こいつは東京ぶっ潰しかけたマジックキャンセラーのスパモン術師だぞ」
ザルエルフの召喚した化け物、どうやらそいつは、『地芽吹き、海滴る、空飛ぶスパゲッティモンスター』というらしい。
アメリカと西洋のエルフ達の一部が熱狂的に信仰する創造神らしく、馬鹿でも分かるように説明すると、世界をミートパスタとビールに変えるらしい。
「分かってますから!」
俺は個室の前でザルエルフを降ろし、その腕の縄の縛り方を変えて、ロープを伸ばし、雪子に引き渡した。
「え?」
個室の扉を開けて、ザルエルフを押し込み、ボケッとしている雪子を顎で入るように促した。
「俺は他人を信用しねえ。ほら入ってとっととさせろよ」
二人が入った後、個室の外で扉を閉めながら俺は忠告した。
「カギ閉めるんじゃねえ。何するかわからないからな」
「え? 嘘ですよね? ここで待つつもりですか」
「とっとと済ませろ」
「うっうぅ……日本愚民のくせに……、日本愚民のくせに……!! ――あぁ! 引っ張らないで! まだパンツ下ろしてもらってない! 出ちゃう! 出ちゃうから!!」
ジャー。
水洗トイレの流れる音がして、二人は個室から出てきた。
「ぐずっ、えっえっ、ぐず……」
ザルエルフは泣いていた。
俺は猿轡をはめ直して、担いた。
「よし行くか」
雪子は無言だった。
なんだ? 俺は悪くないだろ。
「じゃあな、また会うか知らねえけど、元気でやれよ」
俺はスマホと駅の表示を交互に確認する雪子へ手を振ったが、完全に無視された。
まあいい。
俺は帰途についた。
駅の連絡路を通り、外郭環状線に乗り、新宿で青梅線に乗り換えた。
それから全員無言だった。
そう、全員だ。
なぜか雪子は俺と同じ電車に乗り、同じ駅で同じ電車へ乗り換えた。
「お前、いつまでついてくるわけ?」
「は? 方向が一緒なだけですよ。勘違いしないでください」
「どの駅に行くんだよ? 間違ってねえだろうな?」
「……」
はい、無視。
心配してやってんのに、無言かよ。俺は悪くねえだろ。
四十分ほど電車に揺られると、東京十三区外にでて、立川市の立川駅に着く。
そこからさらに二十分かけると青梅市の石神前駅に到着する。
で。
俺はまだ電車に乗ってる雪子に声をかけず、石神前駅で電車を降りた。
かついだエルフはいびきをかいて寝てる。
こいつがやったことはムショにぶち込まれるどころか、処刑されてもおかしくないだろうに、よく眠れるな。
おそらくこいつはアホだ。ババアの知り合いに相応しいアホだ。
俺は無言で歩き続ける。
石神前駅を出て好文橋を渡って、中学校前を通り、吉野街道を横切った。
そこまできても、雪子はまだ後をついてきていた。
「おい。てめえ、いつまでついてくんだ? ホントは泊まる場所ねえんだろ?」
「はあ? 違いますよ。話しかけないでもらえませんか、気持ち悪い」
「ああ、そうかい、そうかい。宿が無くて俺の家の前で土下座したって入れてやらねえからな」
俺は観梅通りを曲がり、すぐに神社への石段に足を駆けた。
その時、雪子が俺を引き留めた。
「……待ってください」
「は?」
なんだこいつ、やっぱ泊まるとこねえんだろ。
「ここ、あなたの家、ですか?」
「あったりめえだろ。誰がよその家帰るんだよ」
俺は鳥居横の石碑を親指でさして言った。
「見ろよ、琴平神社だ。頭やられてんじゃねえのか」
雪子は考え込むように唇に指をあてた。
「……あなた、名前は?」
「暁っつたろ」
「苗字は?」
「琴平」
「琴平?」
そう問い返して雪子は停止した。
「琴平、暁……さん?」
「あ? 文句あんのか?」
雪子は小刻みに震え出した。
そして、ガタガタと大きく震えだした。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁl!!」
雪子は頭を抱え絶叫した。そして鳥居に両手を駆け、なんども頭を打ち付けた。
「おい、どうした!? 頭イカレたか?」
スパモンの毒電波とか何かに当てられたかと、心配して肩を押さえたら、雪子は発狂したように笑い声をあげた。
「フフフ、ハハハ、フハハハハハハ!!」
雪子は俺の両肩に手を置き、強く握りしめた。
そしてアスファルトを強く蹴った。
彼女の膝が、俺の腹をぶち抜いた。
「っ、かはっ!」
蹲った俺を、雪子は正面から蹴り倒した。倒れた所で、彼女が放った氷の飛翔物が俺の手足を地面に固定した。
雪子は氷で日本刀を造り上げ、俺の眼前に突き付けた。
「動かないでください」
ご丁寧に氷の矢が俺を取り囲み、時間停止して動けばただじゃすまない状況にしてくれている。
「な、なんだってんだ!? 何が目的だ!」
動揺する俺に、雪子は冷え切った瞳で問いかけた。
「あなた、待ち合わせの相手は、本当にそのエルフなんですか?」
「ああ!? そうに決まってんだろ!」
何言ってんだこいつ!?
アスファルトに身体ぶつけて悶絶してるそこのザルエルフが、俺の待ち合わせの相手で間違いない。
「おばあ様からはどのように伺ってたんですか?」
「あ? ババア? ババアには千年桜の洞の穴の前に、くっっっっそ面のいい女がいるから、そいつを連れて来いって言われたんだ。間違いねえ。自分で言うのもなんだが、俺は女の面の美醜にはうるせえんだ。あの場で一番面が良い奴はこいつだった。現にババアの知り合いに相応しい頭のイカれた意味不明な野郎だったしな」
「ははは」
俺の説明に、雪子は乾いた笑い声をあげた。
「おい、ちょっと、どこ行くんだ! そっちには俺の家しかねえぞ!」
「琴平暁は死にました。私の中で、今、死んだんです」
そう言って雪子は一人、琴平神社の石段を登っていった。
一章あとがき
ここまで読んでいただきありがとうございます。
一章はこれで終わりです。
良ければ、星のボタンを押しておいてもらえると、元気がでます。
公募に送ろうと思っていた関係上、全三章構成です。
(一章終了時点で、通常の公募では文字数オーバーになるのは目に見えていましたが)
二章は書き終わっていますが、内容整理したいので、多分今月末になると思います。
読んでくれている方がいるかはわかりませんが、ありがとうございました。




