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皓月3

「『(ばく)!』」


 皓月が詠唱し、地面より生まれた幾重もの縄によって、俺の身体が一瞬にして大地に括り付けられた。


「てめえ! 卑怯だぞ!」


「間抜けなガキだ」


 皓月は俺を嘲笑った。


 なんて卑怯なやつだ!!


「くそったれ! 答えろ! 母さんはどこにいる!?」


「そんなことを俺が答える義理が、どこにがある? バカはそこで観てろ。桜花結界が破られる瞬間を」


 ガチでクソ野郎が千年桜に向き直った時だった。


 一つの人影が奴の下に駆け寄った。


「皓月!」


「エメリアか」


 それはザルエルフだった。ザルエルフははしゃいだ様子で瞳を輝かせていた。


「ようやくだな。我々の念願が叶う時だ! この堕落した国が、真の主の理想郷になる!」


 今まで気絶していたせいで知らなかったが、ザルエルフはどうにも偉そうな喋り方をする奴だった。


「そうだな。とうとうこの時がやってきた。さて、エメリアお前にもう一つだけやってほしいことがある」


「なんだ? 我にできることならなんでも言ってくれていいぞ」


 ゼルエルフーーエメリアは、少女らしく胸を張った。


 皓月は彼女を手招きをして、耳打ちするように身体を屈めた。


 エメリアが皓月の口元に耳を寄せた。


「『気絶パンチ』!」


 腹を殴られたエメリアは倒れた。


「そのエルフ、仲間じゃねえのか!?」


「ああ? 仲間なわけないだろ」


 皓月は耳を掘りながら、実に悪役じみたセリフを吐いた。


「轍のクソ野郎のせいで、俺は桜花結界からこの国に入国できない呪いを課されてるんだ。こいつは、結界を抜けるために世界中を探して見つけだしたマジックキャンセラーだ。ゆえにもう用済みだ」


「無効化能力者なのか!?」


「時間停止能力者とでも思ったか? こいつにそんな力はない。お前に角が生えたのも、俺が施した鬼の血の封印が、こいつによって解かれたせいだ」


「鬼の血の封印だって?」


「恩着せかましく言えば、ガキの頃のお前は鬼の力にやられかけていた。だから俺が呼ばれて術を施したんだ」


 皓月はエミリアから離れるために、少し場所を移動した。


「というわけで、恩を感じてるなら、そこで、見ていろ。世界が恐れる桜花結界の破れる様をな」


 皓月は詠唱を始めた。


 一瞬にして複数の魔法陣が空と大地に展開された。


 それは『瞬唱』という称号を超えた、魔術の奇跡だった。


 同時詠唱という詠唱法が二千年代に入り編み出された。

 だが、こいつは同時詠唱をいくつ行っている?

 少なくとも五つ。状況によっては十以上行っている。


 そして最も奇妙なことは、魔法陣がいくつも展開されているにも関わらず、魔法が完結しないことだ。


 通常、魔法は行使したら術が完結まで辿り着いてしまう。


 辿り着かなければ、それは術式の破綻を意味し、致命的な事故に繋がる。


 だが、目の前の魔法陣は待機状態で重ねられ、そしてある時に進められて停止し、さらに重ねられた。


 二つの単純な魔術が、解決前に重ねられることで、全く別の脅威的な魔術に変わり、それがさらに重ね合わせられていく。


 それでいて、魔術が破綻することなく、高度な芸術性を持ち、詠唱されていく。


「素晴らしいだろう。これが俺の編み出した魔術重複法『那由多(なゆた)』だ」


 さらに信じられない事に、高度な詠唱を成しながら、皓月は話をしだした。


「講釈とは、ずいぶん余裕だな」


「お袋の封印技に、対象の時間を停止させ封印する『スーパー時止め結界タイム』があるだろう? それを応用し、魔法の解決を停止させている。それが『那由多』だ」


「なんだ? ババアの『スーパー時止め結界タイム』ってのは」


 技名は術者が好きにつけれるが、ババアの『スーパー時止め結界タイム』は初耳だった。


「……」


 皓月は答えなかった。


 それどころか、口の隙間から血が垂れ、コンクリートの地面を赤く濡らした。


 あれほどの魔術を同時並行で行っているのだから、対話する余裕などないはずだ。それなのに、言いたいことだけ言ってくるとは。見栄っ張りの馬鹿野郎か?


 俺は目の前で行われる魔術の奇跡を、眺めていた。

 

 桜花結界が無くなると、何が起きる?


 わからない。それは未知数だ。今や桜花結界によってさまざまなことが置換されている。それは意図的に公表されていないものも、まだ発見されていないものもある。


 おそらく、神国日本は大きく変わる。


 だが、それよりも、こいつの目的は何だ?


 奴は言っていた。


 大切なものを奪われたと。


 もしかして、……母さんが、絡んでいる?


 そして、母さんの結末が、俺の推測通りだとしたら、こいつは――。


「裏切り者には罰を」


 怨嗟の声をあげ、立ち上がったのは、小さな人影。


 ザルを被ったエルフ、エメリアだった。


「桜花結界の力で、日本愚民を我が主の信者とする計画は、嘘だったのか」


 エメリアは三度の気絶パンチを受けて痛むお腹を押さえ、一歩ずつ皓月の方へ歩き出した。


「日本愚民は蒙昧な考えに捕らわれている。この世界は全て我が主によって造られ、我が主によって進められている。間違った教えは、正さねばならない」


 エメリアは立ち止まった。


「最後にぬかりましたね、皓月。実はお前たち二人の話は聞いていました。あの桜を倒して、中心で願えば、我の悲願は達せられる。そこに皓月の手は不要です」


「邪魔を、するな……!!」


 皓月は反射的に魔術を放った。


 炎の渦はエメリアに触れる直前に消失した。


「チッ」


 皓月は彼女のマジックキャンセルを忘れるほど焦っているようだった。


 無効化能力者の彼女に触れられれば、皓月の神の奇跡とさえ呼べる魔法陣は崩壊する。


 そして、これほど大規模な陣を並べ詠唱中の皓月は動くことができない。


 だから、彼女は皓月に触れ、魔術を崩壊させるだろうと思われた。


 だが、魔法陣の手前で、彼女は不意に立ち止まり、狂信的な笑みを浮かべた。


「皓月、用済みなのはお前だ」


 そして、エメリアは詠唱(・・)した。


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