皓月1
「なっ――」
反射的に、息を止め、全ての動きを止めた。
時間が停止した?
どこかに時間停止能力者がいる。
ザルエルフはくたばってるはずだし、一体誰だ?
「はぁっ、はあっ……三千院のクソ女め……。花見客の全てが部下なのか? ここまで、やるか!?」
そいつは、悪態をつき、足を引きずりながらやってきた。
俺達の居るトイレ前広場で、男は膝に手を突き、息を吐いた。
三十代前半ぐらいの血まみれの若い男だった。
どこか神性を感じさせるグレーの髪と瞳、紫色の長袖シャツに黒のズボンを履いていた。
そいつは何者かよって腹と胸をガチでぶち抜かれており、右足も折れていた。
「それより、なにより、あのキャリーバッグは何だ? 漫画本じゃねえか。これも、三千院の計略か……? くそったれめ」
男はいまいち魔術系統のはっきりしない恰好をしていた。
右手手首には仏教由来と思われるの金のリング、左手には金色の腕時計を付け、首には小さな金の十字架のネックレスをかけている。
いくつか嵌めている指輪もそれぞれ違う魔術系統のシンボルが刻まれている。
オールラウンダーのように見えるが、日本人の容姿でありながら日本神道のシンボルは無いというのは、奇妙だった。
その時。、そいつは、ふと何かに気づいたように俺を見つめた。
やばい、バレたか!?
そいつは俺をまじまじと見ながら近寄ってきた。
……バレてる、バレてる。
だったら戦闘だ。
こいつは負傷しているし、時間停止空間でコルトでぶち抜けば、殺してしまう可能性もあるが、倒せる。
男が俺の間合いに踏み込んだ時、その視線は俺の担いでいるものを見つめている事に気づいた。
「やはり、エメリアだ。それにキャリーバッグもある!!」
そいつは心の底から嬉しそうに笑い声をあげた。
「ククク、ハハハ、フハハハハハハハ!! ついている! ついているぞ!」
どうやら俺が時間停止能力者であることはバレていないようだ。
だが、何がこいつの目的だ? こいつとキャリーバッグとザルエルフに何の繋がりがある?
「エメリア! 起きろ! なんだ? 気絶しているのか?」
男はザルエルフ、エメリアという名前なのだろう――に声をかけたが、反応はなかった。
正直安堵した。
時間停止能力者二人なんて同時に相手したくはない。
だが、エメリアに触れないところを見ると、俺と同じ、制限された能力者なのだろう。
「はっ、こんなたわけたガキになにされてんだか。まあいい。これで全ての条件は揃った」
公園にやってきた時の悲痛さはどこかに消え、男は急に元気を取り戻していた。
男は饒舌に一人でしゃべっている。
「からかってやろう。時間停止能力者の楽しみってやつだ。なるべくゆとりをもって、余裕ぶった感じ……そう、ミステリアスだ。三千院のクソ女にやられたせいで、いまいち髪型が決まらんな……」
男は俺に背を向け何やら身なりを整え出した。
なにやってんだこいつ。
行動はバカみたいだが、こいつの時間停止能力は俺より格上だ。
俺が時間停止空間に巻き込まれてから一分近くになる。
俺が頑張っても、一度に数秒が限度だ。
「治癒魔法は……、轍に封じられてるか。こんなボロボロな男が眼前に現れたって、スプラッタだ。。見栄えってのはいつどこだって肝心だが、背に腹は代えられん。諦めるか」
男は、俺に向き直った。
「さあ、クソガキの驚く面でも拝んで、一瞬でボコしてやるか」
男が時間停止能力を解除した。
世界の喧騒が息を吹き返し、世界の全てが動き出した。
その時、男は眉をひそめた。
「ん? こいつの顔、どこかで――」
「隙ありぃぃぃぃ!!!!」
俺は思い切り、男のまたぐらを蹴り上げた。
骨まで砕く確かな感触と共に、男は十メートル近く上に吹き飛ばされて、落下してきて池のフェンスにぶつかって倒れた。
「死んだな」
男として。
「いったい何事ですか!?」
叫ぶ雪子を無視し、ザルエルフを放り捨てると、俺は倒れた男に近寄り、コルトを向けた。
ダンッダンッダンッダンッダンッダンッダンッ!!
霊弾に撃たれ、男の両脚と、両腕が変な方向に折れ曲がった。
意識を失っているのか男の反応はない。
「覚えとけ、クソ野郎。俺はな、余裕ぶった時間停止能力者をぶちのめす瞬間が、一番の生を実感するんだ」
時間停止能力者と戦って、白星が付いたのは初だけどな。
「で、何があったんですか? また時間停止ですか?」
雪子が俺の隣に並んで、男を見下ろした。
「そうだよ。こいつがよ、時間停止能力者で――」
その時、俺の隣で赤い光が瞬いたかと思うと、突如轍が俺の隣に現れた。
「わっぱ、なぜここにいる」
瞳が深紅に眩く輝き、見たことのない殺気立った気配がそこにはあった。
「あ? くそみてえな時間停止能力者なら、ぶっ倒したぜ」
「は?」
三千院が目を丸くして、男を見た。
轍の動きは迅速だった。
「『死穴』」
男の左胸に黒い穴が生じた。
その時、世界が静止した。
「ああ、あぶねえなあ。生死を分けるのは、ギリギリまでの我慢なんだよなあ……」
男は黒い穴を、そこに残し、手足を修復させ、身体を起こした。
俺はコルトを向け、男に撃ち込んだ。
ダンッダンッダンッ!
が、霊弾はヤツが無詠唱で張った結界に弾かれた。
「殺意のない霊弾だな。本気で撃ってないのが丸わかりだ。殺人を躊躇っているのか? それとも桜花結界に救われないのが恐ろしいのか?」
男は血を吐きながら立ち上がった。
「遊びっていうのはなあ。本気でやらないとつまらない。本気で遊ぼうとしないことは、自分にとっても相手にとっても、双方への冒涜でしかない」
男の胸の穴が塞がっていく。
「再生者……。てめえ不死身か?」
「そう睨むなよ。轍の封印を解除するまで、この自動再生は使えなかったし、こっちは治癒魔術を使ってんだ。お前みたいに、深夜零時に勝手に治るわけじゃあない……」
「!? てめえ、俺の事を知ってるのか?」
男の言ったことは正しかった。
俺の肉体は深夜零時、どれほど損傷していても、全て回復する。
ババアに聞いても原因は分からなかったが、神の血が影響しているのだと、俺は思っていた。
が、どうやらそれは思い違いだったようだ。
男は本当に楽しそうに笑った。
「面白いことを言うな。お前が深夜に回復するのも、俺が施した魔術によるものだし、お前は、俺の息子だ」
「なんだって?」
俺の親父だと?
「ってことはてめえが、琴平皓月か」
琴平皓月。
内容は伏せられているが一級政治犯として指名手配されている俺の父親だ。
政治犯となる前は『瞬唱』と称えられる国家一の魔術師だったらしい。
その話を聞いた時は、時間停止能力で誤魔化してるだけだと思っていたが、先ほどの無詠唱結界を見るに、時間停止能力を抜きにしても、その実力は本物のようだ。
俺はコルトをもう一度向けて言った。
「今更のこのこ出てきやがって、何の用だ?」
コルトの脅しは全く通じなかった。
親父——琴平皓月は、何かを懐かしんでいるようなはかなげな瞳で、わずかに枝を揺らす上野千年桜を見つめた。
「息子よ。今の日本をどう思う?」
「あ? どうとも思わねえよ。日本なんてこんなもんだろ」
「いいや、違うな。お前は昔の素晴らしい神国を知らない。見ろ、今の日本を。桜花結界に覆われ、妖怪は人間を喰わず、再誕により死は遠ざけられ、銃と爆薬は花びらに変った」
皓月はゆっくりと歩みを進めながら語った。
「安全で平和な世の中だ。だが、魔術師はその力を持て余し、彼らの美徳は腐敗した。そして、弱者は武器を失い、力ある者の横暴に抗う術がない」
「ごたごたうるせえな。悪役がほざく戯言に興味はねえ。結局てめえは、負け犬ってことなんだろ?」
皓月は一瞬言葉を詰まらせた。
己の理想を蔑ろにされ、少し頭にきたしたようだ。煽った甲斐がある。
「息子、反抗期か?」
「うっせえ、結構前から反抗期なんじゃ、こちとら」
「お袋に迷惑をかけるんじゃないぞ」
「迷惑してんのはこっちだっての」
「だろうな」
皓月は苦笑しそう言ってから、急に真面目な顔つきをした。
神性を秘めた灰色の瞳が、俺を見つめた。
「お袋の話題ついでに俺達の、秘密を一つ教えてやる」
皓月と俺の間に、張り詰めた緊張が走った。




