アメ地下5
階段の先には俺たちが入ってきた管理区域の商店街がある。
アメ地下の入り口から地上へは『吉運開闢結界』の影響で、出たいところに出られる。
「逃げられますよ!」
雪子が十数本の氷の矢を生み出した。
こいつこの距離から攻撃する気か!? 絶対周りの人妖に当たるだろ! そしたら殺傷事件だ!
「怪我人がでるだろ! ここは俺に任せろ」
俺は印を作った。
ザルエルフがなんだろうと、決して俺から逃れることはできない。
なぜなら、俺は時間停止能力者だからだ。
「『絶』」
一度の『絶』は数秒しか持たないとしても、繰り返し無理なく使えば、余裕で捉えられる。相手が俺を時間停止能力者として認識していない今なら、赤子の手を捻るより容易い。
と、思ったら、ザルエルフは時間停止空間で、キャリーバッグを持ち上げ動いていた。
「は?」
意味不明な光景だった。
静止した世界で俺やババア以外のやつが動いている……。
奇妙な感覚だった。
だが、おそらくこの状態を鑑みるに、ザルエルフは時間停止能力者だと推測される。
そして、時間停止空間の中でキャリーバッグを持ち移動できるということは、ババアのような俺より上位の能力者だと考えたほうが良い。
俺は『絶』を解いた。
「あれ!? エルフがワープしてる!? なんとかしてくれるんじゃなかったんですか!」
「こっちにもいろいろ事情があんだよ!」
ここは三丁目であり、管理区域まではバラックが並んでいる。遠回りをしている暇はない。
乱暴な手を使うしかないか。
俺はコルトを抜き、管理区域の方角へ構えた。
俺は深く息を吸い、大声を上げた。
「あーーー! 万久作がバラックに突っ込むぞ!! みんな逃げろーー!!」
そして、思いっきり霊力を込め、引き金を引いた。
ダンッ!!!!!!!
オーク化による増強で勢いを増した霊弾が、暴風となって、一直線にバラックを吹き飛ばした。
最短距離一直線の道が出来上がった。
「いくぞ!」
俺は雪子と共に駆け出した。
「あなた、さっき怪我人がどうとか言ってませんでした?」
「雪子、あいつは時間停止能力者だ」
「時間停止能力者!? なんでそんなことが分かるんですか!?」
「俺が時間停止能力者だからだ。さっき、時間停止してもあいつは動きやがった」
「じゃあ、オークに変える力じゃなかったんですか!?」
「そういやそんな力もあったな」
俺は瞬時に気づいた。
「ってことは、オークに変える力を持つ時間停止能力者だ!」
「だとしても、やることは一つですよ!」
雪子は待機させていた氷の矢を飛翔させた。
それらは人混みと共に階段を上るザルエルフに降下した。
惨劇が起きてもおかしくなかった。だが、それらは的確な動きで、ザルエルフだけを捕え、そして、刺さる直前に全て、粉砕された。
「はあ~~??」
雪子が声を上げた。
「今あの子時間停止しました!?」
「してねえな」
「だったら、わかりましたよ! あいつは、コピー能力者ですね! あれ、私の『絶対守護領域』ですよ、絶対!」
「だったら時間停止能力を持ってるのも納得いくな。でも、オークにする魔法はなんだよ」
「それは、直前にオーク化能力者と戦っていたか、オーク化能力も持つコピー能力者です!」
エルフは階段を上り切り、キャリーバッグを引いて管理区域に駆け込み、下からでは見えなくなった。
「急ぐぞ!」
俺達は階段を駆け上がり、邪魔な通行人をぶっ倒して道を開いて、アメ地下の入り口に並ぶドアの前にたどり着いた。
「そういえば、ここのドアって、変なとこ出るんでしたっけ?」
「普通、そう思うよな」
雪子の言う通り、『吉運開闢結界』は意図しない場所に導かれることがある。
しかし、正しく使うことができれば追ってが有利だ。
アメ横集落が迷宮と呼ばれるのは『吉運開闢結界』の使用者の本心を検知し、本来目的地とする場所でない場所に出てしまうからだ。
俺のように邪念無く、正しく使用することができれば、相手の傍に瞬時に出ることが可能だ。
それを読んでハメることもできるが、どうみても日本人じゃねえザルエルフはそんなことまで意識が行くはずがない。
俺がドアを開けると、便座が目の前にあった。おそらく公衆トイレだ。
「え、トイレ?」
「とっととこい」
雪子の腕を引っ張ってトイレに引きずり込むと扉を閉め、再び開けた。すると、アメ地下ではなく、ただの公衆トイレに出た。
立しょんしてるやつに悲鳴を上げる雪子を置いて、トイレから飛び出すと、目の前にピンクのキャリーバッグを引いて走るザルエルフがいた。
公衆トイレ前の広場で、ザルエルフは俺を見つけ、目を丸くした。
「ア、アッ……、乱暴してくる日本愚民ッ……!」
「おら『気絶パンチ』」
「うあっ」
腹を殴ると、ザルエルフは気絶した。
二度目の気絶パンチは、その特性上効力が弱い。すぐに目を覚ましてしまうだろう。
俺はエルフを担ぎ上げた。
「よし。これで全部解決だな」
公衆トイレから出てきた雪子は冷たい視線を俺に向けたが、諦めたように嘆息した。
「……まあいいでしょう。キャリーバッグは帰ってきました」
「もう無くすんじゃねえぞ。助けてやんねえからな」
「こちらこそ、もうあなたの顔は見ないで済むことを祈ってますよ、アカカスさん」
倒れているキャリーバッグを起こして、雪子は上を見上げた。
「ここからは千年桜が綺麗に見えますね」
まだ冷たい春の風が、頭上に広がる千年桜を揺らした。
「私は、まあ、こんな姿ですが、待ち合わせに場所に向かってみます。期待したような結果にはならないでしょうが、約束は約束ですから。あなたも、無事、帰れますように」
「気を付けろよ。東京はイカれてるからな」
「確かにイカれてますね」
雪子は懐かし気に言ってそれから、少し微笑んだ。
「でも、悪い気分じゃないですよ」
「? そうか?」
「ではお元気で」
彼女は俺に背を向けて、千年桜の方へ歩き出した。
その時、千年桜の根本で、赤い閃光が煌めいた。
上野公園の木々が一瞬にして黒炭となり発火した。続いて大爆発が連鎖し、上野公園の半分ほどの地面がひっくり返った。
爆風と、地震が、僅かな遅延を伴って、俺達に襲い掛かり、雪子は尻餅をついた。
「な、なんなんですか! 東京(この街)は!」
どう考えても異常だった。
あの赤い光はどうみても轍の玉赤花だ。なにやってんだあいつは。あんなところでぶっ放せば数百人は死ぬだろ。本当に頭がイカれてるのか?
上野公園は狂騒に吞まれた。叫び声を上げ、人間や妖怪が駆け出した。
俺は駆け出し、ぶつかってくる馬鹿野郎どもを張り倒し、雪子の前に立ちはだかった。
「おい、大丈夫か」
雪子は呆然として、呟いた。
「待ち合わせは、中止にします。今日は、ネットカフェに、泊まります」
「ああ、そのほうが良いだろうな」
手を刺し伸ばして雪子を立たせた。
逃げ出す者達の波はすぐに終わった。
奇妙だった。玉赤花と爆発でだいたい死んじまったとしても少なすぎる。
何かがおかしい。
上野駅の五等車両に轍が出現する、地下街の異様な魚人、万久作だけでなく秘密警察の精鋭がピンクのキャリーバッグを追っている、そして、人妖がいる上野公園での玉赤花と爆発の連鎖……つまり――。
わからん。
点と点が繋がらない。無理だ。
だが、どうせやることは変わらない。
「おい雪子、俺達も逃げるぞ」
「ええ、そうですね――」
俺が声を掛けた瞬間だった。
雪子が停止した。
いや、世界の全てが――時が、静止していた。




