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アメ地下4

 縮地だ。


 久作が目に終えぬ速度で、一瞬で地を駆けた。


 勝負は一瞬で決まる。


 創造された氷柱が全てぶち抜き、雪子の眼前に久作は姿を現した。


 万久作は破壊不能である。


『赤く燃えた石炭から手でダイヤモンドを創ることができる』、

『試しにミサイルに括り付けて月まで飛ばしたら八時間後大気圏突入して戻ってきた』、

『クマムシに行った試験は全て終了済み』、

『暇な時は沈没船の引き揚げ作業に従事させられている』、

『どうせなら次はブラックホールの中に放り込んでみたい』、

 ……などなど、万久作における様々な噂がこの世には存在している。


 どれも眉唾だが、確かなことが一つある。


 万久作は破壊不能である。


 久作は低い姿勢から、その拳を放った。


「『気絶パンチ』!」


 気絶パンチとはみぞおちをぶち抜くのになぜか気絶させられる超絶技巧技である。

 相手を無力化するのに便利な技だが、同一対象に一日に何度も使用すると耐性ができてしまう欠点もある。

 が、雪子は今日一度も喰らっていない。


 よって、雪子は負ける――はずだった。


 久作の拳が、不可視の障壁に衝突した。


 不可視の壁にぶつかったおっさんの拳は青い光を放ち、鉄が熱された様に赤くなった。


「止められた、だと?」


「えっ? うそっ!?」


 何もなかった空間にひびが入り、おっさんの拳が障壁を貫いた。


 だが勢いを殺されていた拳を避けるのは容易く、雪子は飛び退って、拳を避けた。


「これは全治二週間だな」


 おっさんは皮膚が剥け、赤くなった自分の拳をさすりながら言った。


「やる気無くなりますね」


 雪子は額に汗を浮かべ、眉を寄せた。

 

 彼女に収束していた霊気は既に拡散していた。オッサンのパンチがどうやら、それを散らせたらしい。


「『絶対守護領域』まで破られたとなると、本格的に田舎に帰りたくなりました」


「俺が怪我をしたのは五年ぶりだ。お前のその力は、おそらく存在そのものを消し去る強力な力だ」


「ご名答です。よくわかりましたね」


「長く生きている以上、いろいろ経験があるんでな。そして、俺なりの回答が一つある」


 オッサンは雪子を見つめた。


「最強の魔法も、最強の力もこの世には存在しない。生きている以上、いつかは負けるものだ」


「それは勝ってから言ってもらえますか? 先ほどの『絶対守護領域』は本気ではありません。この力は容易く人を殺めてしまいますので、人に向けて使いたくはありません。ですが、あなたは特別頑丈ですね」


「まだやるのか?」


「私はですね、負けるのが嫌いなんです」


「負けたくなければ、殺す気でやるんだな」


 オッサンが姿勢を低くした。


 二人の衝突が起こるかと思われたが、いい加減良いだろう。


 雪子が『地牢』を破壊してくれていたおかげで、俺は容易く地面から抜け出していた。


 さあ、執着をもたらそう。


 俺は印を切り、詠唱した。


「『絶』」


 世界が静止した。


 『絶』の時間では俺に制約がある。


 物を動かすことができず、物に触れればそれは光速で動いている物に触れることに等しく、解除後、ものすごい衝撃を俺に与える。


 ゆえに基本的に『絶』の世界での俺の行動は移動だけになってしまうのだが、発想を逆転させれば、これは攻撃にも使える。


 『絶』の世界で俺が何かをぶん殴れば、それは光速に近い速度でぶん殴られたことになる。


 俺はこれを、『絶パンチ』と名付けている。


 当然、その代償はただでは済まない。


「残念だったな、おっさん!」


 俺は助走をつけ、久作を殴りつけた。『絶』の世界で拳がおっさんの顔面にめりこみ、歪ませた。


 『絶』を解除した。


 瞬間、俺の右腕が粉々に弾けた。


 同時に弾道ミサイルが着弾したような爆風が、身体を吹き飛ばし、周囲のバラックを薙ぎ払った。


「いてて」


 バラックの柱から飛び出たクギが俺にぶっ刺さっている。


 まあいい。


 絶パンチで、右腕がぶっ飛ぶ時は、バグのような瞬間的な痛みで、神経がぶっ飛び、マジで逝きかける。

その後、一時的に痛覚がいかれるので、痛みに鈍くなる。。


「え? なにしてくれるんですか」


 無表情に雪子が俺を見下ろしていた。


 彼女は無傷だった。爆風は例の『絶対守護領域』だかで防御したんだろう。


「邪魔だったか?」


「邪魔かと問われれば、出会った時からあなたは邪魔でしたね」


「そりゃあお互い様だな」


「はあ? 消し飛ばしますよ」


 ガチでキレてそうな、ドスの聞いた低い声だったので、俺は無視して上を見上げた。


 アメ地下の天井の一部が崩落している。オッサンはあそこにぶつかったんだろう。おそらく地上まで貫通してる。


 久作はクソ強ええからな。全然生きてんだろ。


 オッサンの誤算は俺がオーク化していることを見落としたことだった。普段であれば首を折られた時点でその日は動けなくなるが、今日は違う。回復力と力が異常に増している。


 俺は様子の変わった雪子を眺めた。


「お前雪女だったんだな」


「なんですか? 悪いですか?」


 薄暗い地下で、白い髪と青い瞳が深く深く輝いている。


「悪かねえよ。気配はマジで人間だったからな。気づかなかったってだけだ」


「私の霊力の精度は一族の中でも随一ですからね」


 冷え切った声で俺をあしらうと、彼女はあたりを見回した。


「どうした?」


「私のキャリーバッグがありません」


「秘密警察のやつらか?」


「凍結させた五人以外にも居たのならそうかもしれません」


 五人の秘密警察は氷結したまま、倒れて地面を転がっている。


 ほんとに生きてるんだろうな、これ?


 雪子は少し沈思した。


「……そんなに私の同人誌が重要なのでしょうか?」


「いや、待て。おい、ザルかぶったエルフがいねえぞ」


「どうでもいいですよ、そんなの。ん?」


 その時、瓦礫の中から何かが飛び出した。それは目ん玉に手足がついた妖怪だった。


「なんですかこいつ」


「百目の目ん玉の一匹だろ」


 その目玉小僧は身振り手振りで、とある方向を見ろと言っているようだった。俺達はその方向を見て、声を上げた。



「あっ! 私のキャリーバッグ!!」


「ザルエルフ!」


 ザルエルフがピンクのキャリーバッグを持ち、遠くの階段を上っていた。


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