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アメ地下2


 ピンクの敷居をまたぐと、そこは広大な空間だった。


 地下帝国でも築けるのではないかという広さだった。コンクリートで固められた壁、階段、地下でも並んで聳えるコンクリートビル、その下で陽気に声を上げる露天商、道端で段ボールを広げ怪しい者を並べる浮浪者、ビル街の向こうに広がる広場に並ぶバラック、それらを白くぼんやりと照らす至る所に乱雑に建てられた白熱灯……。


 人いきれと妖怪の体臭、塵埃と料理の臭いが混ざり、どこかからうっすらと下水臭がする町、それがアメ地下だった。


「思ったより、というか、かなり広いんですね」


「一億総火の玉時代に政府が作った核シェルターだからな。何万人かが暮らせるようにできてんだろ」


 俺は肩に載せたエルフを背負い直した。


 俺たちが出たのはアメ地下の大きな入り口の一つである、地下トンネルの降りたすぐ先の防火扉だった。


 核シェルターの管理棟であるコンクリートビルが左右に並び、比較的まともな商店街が並んでいる。

ここは主にアメ地下で良い生活をしているやつらか観光客が利用する商店街で、百メートルほどある管理区域の向こうの階段を下ると、避難区域がある。


 避難難区域は数万人が生活できるほど広大で、手前側にはブラックマーケットが並び、その向こうに無秩序なスラムが存在する。


「こんな広い場所で、どうやってキャリーバッグを探すんですか」


「こういうとこには情報屋がいるんだよ。ついてこい」


 人混みの間を抜け、俺は『地下モスクドキングテリア』の開けっ放しの扉をくぐった。

「何か食うか?」


カウンターで雪子がメニューを見て声をあげた。


「うげえ。何ですかこれ」


「ミミズバーガーだろ。結構うまくて流行ってんだぜこれ」


 イラストには新鮮なミミズがバーガーのパティから飛び出してうねっている様子が描かれている。

 他にもコオロギやゴキブリ、廉価商品ではダンボールバーガーもある。

 ガキの頃は都市伝説だったが、もはや一周回って時代を先取りしていた感まである。


「ほんとに、流行ってんですかこれ」


「うまいからな」


「食べたことあるんですか」


「あるよ。うめえぜ」


「嘘ですね」


 雪子は冷たい瞳で俺を睨んだ。


「嘘じゃねえ」


 嘘ではない。齧り付いた瞬間、刃でぶっちぎったミミズが暴れ出してやばいことになる。それがいいらしい。わけわからん。


「バーガー四個、ポテトL四個、コーラ四個、お冷四個、店内で」


「ぜ、絶対食べませんからね!」



 ワンオペの千手観音さん――千手観音の着ぐるみを来た何かだが――が、オーダーを聞き取り、電卓を叩き、料金を提示した。その間にも伸びた腕でバーガーを焼き、パティが出来上がってくる。


 俺が支払いを済まると、薄汚れたプレートの上に、ミミズバーガーとコーラが置かれた。


 赤いパティの中ではミミズくんが元気にうねっていて食欲が増す、わけない。


「うひぃ」


 雪子が隣でドンびいている。俺も同じ気分だ。


 蠢くバーガーを載せたトレイを持ち、やたらめったら広告が貼られた店内の階段を上り、三階にたどり着いた。


 三階からはアメ地下が広く見渡せた。

 地下にはこの場所と似た管理棟の立つ入り口が三つあり、それ以外にも奥の方にもいくつか建物があるが、あれらが一体何なのかは知らないし、知らないほうが良いこともあるだろう。


 三階の窓際の隅の座席に、目的の二人はいた。


 どろどろとした液体が固まったような赤い巨体が、ソファ席の上にケツを引っかけて、どかっと座っている。

 巨体には何百かの瞳があり、そのほとんどが瞼を閉じていたが、それでも二十以上の瞳が店内をぎょろぎょろと見回していた。

 そいつには人間と同じ数の手足があり、でかいTシャツをパツンパツンにして着て、マックのポテトを体にあるひだの間に突っ込み続けていた。


 このでかいやつは妖怪の百目だが、その隣には緑色で、年老いた三つ目の妖怪がいた。


 大きな甲羅を背負ってるところを見ると、亀の妖怪のようだが、よくわからん。歩くのに難儀するのか、隣には木の杖がある。


「おい亀親父。半月ぶりだな」


 亀親父(適当に俺がそう呼んでる)は、俺の方を向き、穏やかに言った。


「おやおや、『坊主』さんかい。この前はご苦労だったね。もうここには来ないかと思ったよ」


「貸しってのがあんだろ? そいつを貰いに来た」


 亀親父の前に座って、バーガーとポテトを全て差し出した。

 亀親父はコーラを手に取って、口を付けた。


「前言った通り、金ならないよ。あるのは情報だけさ。それもココだけのだよ」


「その情報をよこせ。これっくらいのピンクのキャリーバッグを探してんだ」


 亀親父は少し眉をしかめた。


「ピンクのキャリーバッグねえ……」


「どこにある? 知ってんだろ」


「やっかいなのに首を突っ込んでるね。この前の事があるから教えてもいいけど、おすすめはしないね」


「もったいぶってんじゃねえ。教えろ」


 亀親父はポテトに指を伸ばして、一本つまんでポリポリ食べてから言った。


「百目。例のアレは今どこにあるかい?」


 亀親父がそう尋ねると、百目が、唸るような言葉にならぬ声で答え、親父が俺に言った。


「三丁目の魚人のバイヤーが露店で売ってるよ。行くのはお勧めしないけれど」


「サンキューじじい」


 俺は席を立って、店を出た。雪子が遅れずついて出てきた。


「さっきの妖怪、当てになるんですか?」


「百目の目ん玉がアメ地下の至る所にあんだよ。ブツは見つけたんだから、あとは回収するだけだ」


 俺は管理区域から階段を下り避難区域に行き、早速アメ地下三丁目で、魚人のバイヤーを探した。


「場所はわかるんですか?」


「この前な、百目の目ん玉が何者かに潰されて困ってたらしくてな。犯人ぶちのめしてやったんだ。そん時に覚えた」


「そういう仕事得意そうですもんね」


「まあな。人助けってのは、やっぱいいもんだぜ」


 アメ地下の闇市はトタン屋根と廃材の柱でできた商店や、来たねえござを広げて品物を並べている露店がほとんどだ。

 簡易的なテナントが建てられている区域もあるが、そこらは地下でもなお、人目をはばかる物を取引しているらしく、限られた者でしか入ることができない。


 盗品を売る都合上、手離れの良さを重視する闇市では、最新のスマホを二束三文の値段で買うことができる。

 二丁目から四丁目は盗品が流れ込む市場で地上から買い付けに来る人間が多い。

 五丁目や六丁目には、地下住民のための粗悪な食物や、ゴミ山から拾ってきたような廃品を売っている。


 縁日のように込み合う人と妖怪の間を抜け、三丁目の闇市を探していくと、それは見つかった。


 広げたブルーシートの上に、リックサックやキャリーバッグが数個並び、その横に店主とみられる魚人が折り畳みチェアに座っていた。


 その中の一つは、なんとなく見覚えのあるピンクのキャリーバッグだった。


「私のキャリーバッグ!」


 雪子が駆け寄り、それに触れようとした時、露店の主である魚人が三又の銛を雪子に突き付けた。


「な、なんですか!」


「トルナ!」


 魚人の目は血走り、荒い息をついていた。


 なんだこいつ。薬中か?


 横から銛を掴み、俺はなだめた。


「悪かった。おい、こいついくらだ?」


「サンゼンマン」


「三千円か?」


「サンゼンマンエン!」


 魚人は俺の手を振り払い、異様な目つきで銛を構えた。

 魚人が銛を向けると同時に、俺はコルトを突き付けていた。



「はあ? てめえ、舐めてんのか!? もう一回聞く。いくらだ?」


「サンゼンマン!!」


 ダンッ!!!!!


「うわっ」


 思わず声がでた。


「うぎゃああああああああああああ!!!!」


 魚人の右足が吹き飛び、地面を跳ねた。。


 俺は加減して骨を折る程度に魚人の足を打ち抜いたつもりだった。だが放たれた霊弾は、想定とは違い、壊滅的な威力を持っていた。


 これは、おそらく、担いでるエルフのオーク化させる能力のせいで、俺の力が上がっているせいだ。


「やりすぎです! 動かないでください! 今手当しますから!」


 雪子は俺を睨みつけて制し、手当てするために魚人へとかがみ込んだが、彼女に突き出されたのは銛だった。


「え?」


「どけ!」


 雪子を蹴飛ばすと、銛は空を切った。


 俺はかなり加減して、コルトで魚人の腕を打ち抜いた。


 ダンッダンッ!!


 魚人の腕が折れ曲がり、銛を手放した。


 よかった。腕が飛ばなくて。


 肩を踏みつけ、蹲る魚人に俺は尋ねた。


「もう一回だ。こいつはいくらだ?」


「サン、ゼン、マン——うぎぃ!」


 ダンゥ!


 魚人の腹を打ち抜き、今度は魚人の頭を踏みつけ、地面に押し付けた。


「ちっ、くそ。もう一回聞くぞ。こいつが、いくらか、言ってみろ」


 正直、しんどかった。


 いくら地下街の住民だとしても、足吹き飛ばして、腕折って……。なんで俺は女のキャリーバッグ一個のために拷問しなきゃならねえんだ。


 あとで、雪子に治してもらえねえかな。

 

 俺は焦っていた。


「てめえ! このままドタマぶっ潰すぞ!!」


「グ、グギギギギ……」


 おいおい、いい加減にしてくれよ……。


「ま、待ってください! あまりにひどすぎます! ここまでしなくていいじゃないですか!」


 ちょうどいいタイミングで雪子が割って入ってきた。


 マジ助かる。


「どけ、雪子。こいつはなあ、たかが旅行者のキャリーバッグ一つでぼったくろうとしてんだ。許しちゃおけねえ。だが、今回はてめえの顔に免じてこれくらいにしてやる」


 俺はせめてもの詫びとして、懐から聖徳太子御大十枚を取り出し、魚人に投げつけ、キャリーバッグに手を伸ばした。


「命拾いしたな。こいつは代金だ」


「ウ、ウゥ……ト、盗ルナ」


「あ?」


「盗ルナ、オデ、ノ、サン、ゼン、マン……」


 末代まで呪わんとする憎悪の眼で、俺を睨みつけていた。


 ぞっとした。


 雑魚であることはよくわかっていた。俺を殺す力どころか、傷つける力もない薄ノロのカス。亜人の中の下等種……。


 だが、その瞳から感じる執念は本物だった。


 恐らく目を放せば喰らい付いてくる。それがはっきりわかる。


 ……なぜだ? 


 違和感がある。


 何かがおかしい。


 このキャリーバッグにはそこまで執着する価値があるのだろうか? 入ってたとしても少女の旅行着くらいで、マニアはいるだろうが、命を賭けるほどのものではないはずだ。


 だが、もし、このキャリーバッグが本当に三千万の価値があるとしたら? このキャリーバッグに何が入っている?


 思い出せばおかしなことばかりだ。


 こいつは不可解な力を用い、霊弾どころか、あの玉赤花を打ち消した。その上、見てわかるほど、氷の術と治癒術の練度が高い。それは一級術師を超えている。


 こいつは、一体何者だ?

 そして、何を持ってきやがったんだ?


 俺はキャリーバッグに伸ばした手をひっこめ、魚人を見つめたまま、ゆっくりと立ち上がった。


「……おい雪子」


「なんですか?」


 そうだ。俺は忘れていた。


「こいつの中身は、なんだ?」


 今日は最悪な一日になる予感がするんだ。


 三千院に殺されかけて終わりだと思っていたその予感は、おそらく、また続いてる。



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