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上野千年桜4

 俺達は千年桜の根元にやってきた。


 大樹の幹径は百メートルを超える。


 桜を中心とした広い円形の広場になっており、広場の外周にはキッチンカーやちゃんとした屋台が並んでいる。


「ただでさえ人が多いのに、ここは人が一杯いますね」


「まあ、上野で待ち合わせなら、洞の前か天照大御神像の前だからな」


 キッチンカーの集中している広場の入り口付近を抜けると、人混みは一段落した。


 洞の近くになった時、雪子が俺の背に身を寄せてきた。


「おい、くっつくなよ」


「前向いて歩いてください。この勘違いメンヘラ貧困ビッチ姿を見つかったらどうするんですか。ホントは美少女なのに、あの人にダサい女だと思われたらどうするんですか」


「あっそ」


 後ろに隠れてたとしても、片腕無くて血まみれの男と、ボロボロ白ワンピ女は相当目立つと思うけどな。実際さっきからめっちゃ見られてるし、避けられている。


 まあ、周囲の人妖に距離を取られるのは都合が良いがな。


 俺達は洞穴の前にたどり着いた。


 洞穴は高さ十メートル程度の大きな黒い穴だった。


 千年桜の周囲は、低いポールにロープが貼られ、簡易的に仕切られている。


 日本の守護の象徴とも言われる千年桜には結界の類は何も張られてない。なぜなら上野千年桜自体が強固な結界であり、破壊することが不可能だとされているからだ。


 洞穴は観光スポットでもあるため、人だかりができやすいが、血まみれ場違い男と、その背後張り付き女の出現に、周囲から人が離れていった。

 待ち合わせ人を探すのにはちょうどいい感じだ。


 俺はお目当ての人物を探した。


「おっ、いんじゃねえか」


 そいつはすぐに見つかった。


 少し離れた位置にいるそいつに、向かって歩き出した。


「待ち合わせって……エルフ?」


 背中にしがみつくように歩く雪子が、待ち合わせ相手を見て目を丸くした。


 俺はそいつの前で立ち止まり、見下ろした。


「よお、てめえだな」


 背の低いエルフの少女だった。


 長い金髪に黄金の瞳。中学生くらいの背丈で、少し垂れ気味の長い耳。


 そして、エルフだという事を加味しても、くっっっっそ面の良い女だった。


 待ち合わせ相手はこいつで間違いない。


 ただ、そいつの服装は奇妙というより他なかった。


「ざるですか、それ?」


 エルフは頭にザルを被っていた。


 黒と白を基調としたシスター服を着ながら、頭にザルを被っている。


 エルフは戸惑っているように見えた。


「え? え? お前達、誰ですか?」


 ツラは西洋風なわりに流暢な日本語だった。


 俺はコルトを引きぬき、エルフの顔面に向けた。


「それじゃ、これからよろしくな」


「え?」


 雪子が間抜けな声をだした。


「ひぃっ」


 エルフが小さな悲鳴を上げた。


 ダンッダンッダンッ!!


 三度引き金を引いて、俺は嫌になってきた。


「おいおい……またかよ」


 今日はこんなんばっかだ。


 俺の放った霊弾は、雪子の時と同様、エルフの少女に届く前に打ち消されていた。


「だ、誰か助けてくださいーーー」


 エルフは大声を上げた。


 周囲の人間がざわつきだした。


 が、俺は冷静に、コルトの弾倉を回して弄りながら、考えた。


 ああ、クソみてえね日だ。なんだんだこの銃、ぶっ壊れてんのか? んなわけねえよなあ。しっかり毎日手入れだってしてるし、グールはぶち抜けたし。まあ、サイドプランか。


「『気絶パンチ!』」


「くえっ……」


 俺はエルフを腹パンして気絶させた。


「よし」


 気絶したエルフを担ぎ上げ、歩き出そうとしたその時、首元に氷の剣が突き付けられた。


「理由を説明してください。あなたの行動は意味不明です」


 正面には雪子が立っていた。


 殺されてもおかしくないほど、冷たい瞳だった。


 時間停止して逃げたいところだったが、エルフを背負っていちゃあ、そうもいかない。停止世界で動けば、こいつはぶっ飛ぶし、俺もぶっ飛ぶことになる。


「わかった。説明するから落ち着け」


「私はいつだって冷静ですが」


 周囲には俺の逃亡を防ぐための氷の矢がまたも漂っている。それどころか、俺の足元から氷が這いあがってきている。


 こいつガチでキレてんのか。意味が分からん。


 周囲にまで及んだ氷のせいで、見て見ぬ振りが得意な東京人すら逃げ出した。すぐにも警官か武士団がやってくるだろう。


 俺は仕方なしに説明した。


「俺が中坊の頃、もうちょっとまともな頭をしてた頃だ」


「あなたにもいかれてる自覚あるんですね」


「うっせ。その時俺はババアの使いで、なんかのブツを受け取りに、上野駅をぶっ飛ばしたあの女、三千院轍の所に行ったんだ」


「なんかブツって、なにを取りに行ったんですか?」


「わからねえ。というか、話にブツは関係ねえ。それで、あいつの勤務先だかのなんたら庁に行って、門をくぐった瞬間から記憶がねえ。気づいたら家にいて、その日の夜中だった。ババアが言うには四肢が切られて丸焼けにされて、ブツと一緒に送りつけられて来たらしい。……ほら、これでわかっただろ」


「は? だからなんだっていうんですか」


 雪子は苛立たしげに眉を寄せ俺を見つめていた。


「やばい奴を相手にする時は先手を取るしかねえってことだ」


「全然わかりませんが」


「あーなら、この前ババアのパシリで切り刻まれそうになった時の話をしてやる――、っっっっ、いってえ!! くそったれ!!」


突然の頭痛に、額を押さえ、蹲った。


 雪子に攻撃されたのではない。


 釘でもぶち込まれたかのような痛みだった。アクリル板に釘で穴をあけるように、ぐりぐりと力任せに頭蓋骨の内側から食い破られるような、そんな痛みに視界がチカチカしてきた。


「どうしたんですか!?」


「くそったれ、頭が、頭が割れそうだ!!」


「大丈夫ですか! 私に見せてください! 何か手当ができるかも――」


 雪子がかがみこんで、俺に手を触れようとした瞬間だった。


 ニョキ。


 ぴたっと頭痛が止んだ。


 額を抑えていた指の隙間から何かが飛び出ていた。


「あ?」


「なんですかそれ」


「わからねえ。なんだこれ」


「ツノっぽく見えますけどね」


 雪子は俺のデコから生えている物体、おそらくツノを撫でた。出っ張ってるくせに普通に額を撫でられているような変な感じがある。


 俺は瞬間的に閃いた。


「ははーん。わかったぞ。これはこのエルフの力だ」


「エルフの力?」


「おそらく触れた人間をオークに変える呪いみたいなのを持ってるんだ。だから俺に角が生えたんだ――っっっ、うっ」


 突如として腕の無い左肩が疼きだした。


「ちょ、ちょっと! 今度は何なんですか!?」


「左肩……、左肩が! ぐ、ぐぐぐ、ぐぁぁぁぁぁぁ!」


 ズボシャァ!


 左肩から左腕が生えた。


 なんじゃこりゃ?


 俺は左手を握ったり開いたりして、完全に動くことを確認した。



「こりゃあいいぜ! まるでピッコロさんになった気分だ」


 ザルエルフのオーク化の力だかなんだか知らねえが、こいつは便利な力だ。ババアの知り合いにも偶にはいいやつがいるもんだ。


 雪子が俺の隣でため息をついた。


「こうも奇妙な現象が続くと、あなたの行動は正しかったと言えなくもないですね」


「だろ? ババアの知り合いなんてろくでもねえやつしかいねえんだ。ぶちのめしてからじゃねえと話が通じねえ奴らだからな。こいつも目を覚ましたらもう一回ぶちのめしてやらねえといけねえ」


「はあ。ならそれでいいです。その子を背負ったままでいいですから、早く私の荷物を取り返しに行きましょう」


 雪子はそう言って、地面に落ちていたざるを拾い上げ、エルフの頭にかぶせた。


「何拾ってんだ」


「だって、この子が元々つけてたんだから、大切な物だったら可哀そうでじゃないですか」


 それもそうか。これが実はとんでもない魔法具だったりしたら困るしな。


 その時、人混みの向こうにサイバー十手を持つ警官の姿が見えた。


「サツが来やがった。ずらがるぞ」


「その方が、私も助かります。まだ、待ち合わせ相手に見つかってないと思いますので」


 こんだけ目立っといて、それは無理だろうけどな。


 そんなことは口に出さず、俺達は身を低くして、人混みに紛れ、上野公園を抜け出した。


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