上野千年桜3
「きったないクロックス……。これも盗品ですか」
「いいや、駅近でやってるやつらはまともな奴らさ。あいつだって古物商の許可証もってんだろ」
雪子にクロックスを買ったのは、道端で鮮やかな赤い敷物を広げた、中古品売りの露天商だった。大人ほどの背丈はあるが、赤子みたいにずんぐりした丸い妖怪だった。
公園の沿いの道路の片側にはずらりと露店が並んでいる。妖怪八割人間二割という顔ぶれで、花見客相手に商売をしている。
「それに、あいつは赤い綺麗な敷物敷いてただろ。あれはあの仕事でそれなりに儲かってるってことだ。それなりにやっていけてるやつはやっていける理由がある。ぼろっちい筵でスマホ売ってるやつとかは、だいたい盗人だ」
「はあ、なんかいろいろあるんですね……」
雪子は並ぶ露天を興味なさげに眺めながらそう言ったが、俺が上野公園への横断歩道を渡ったので、声を掛けてきた。
「あれ? アカカスさん、そっち行くんですか? さっきの看板だとアメ横はこっちですけど」
「今のはお前の履物探しただけだ。こっちに、用事があんだよ」
当然ながらアメ地下へ行くにはアメ横に行く必要がある。が、アメ地下に行くより先に済ませたいことがあった。
「用事ってなんですか? 用事って」
「待ち合わせだよ」
「あ! 待ち合わせ!」
「なんだよ。大声出して」
「あ、すみません……。いえ、こんな格好じゃ行けないので、私のほうは、大丈夫です……」
「てめえも待ち合わせしてんのか?」
「まあ、そうだったんですけど……」
雪子はおずおずと、上目遣いで俺を見上げた。急にしおらしくなって、キモい。
「見てくださいよ。分かります?」
見て見たが、そこには面は良いが、汚れた白いワンピースを着た頭のおかしい少女がいるだけだった。
「なにが?」
「かなりおしゃれで可愛いでしょ? ほら、綺麗で可愛い洋服でしょ? 今日という日のために、選んだんです」
勝負服に白いワンピース?
「センス悪くないか?」
「わ・る・く・な・い・です!」
「ボロボロで、汚ねえけどな」
「あなたのせいですよ!」
腹パンされたが、治癒魔術によりガチで完治したようで、全く痛くなかった。大したもんだ。
「それに、この髪、鶯谷の良い床屋で切って、セットしてもらったんです」
「美容室な」
「び、美容室です……」
雪子は、苦々しげに言い直した。
「とにかく、かなり気合いれて、東京に来たんですよ! 会いたかった人に会うために」
「なら会いに行きゃあいいじゃねえか」
「こんなボロボロの姿じゃ会えませんよ……。クロックスだし」
「別にいいじゃねえか会っちまえば。どうせ男なんてヤれるかヤれねーかしか考えてねーんだし」
「え!? そうなんですか? ホントですか?」
なんでちょっと嬉しそうなんだよ。
「だいたいのやつはそんなもんだろ」
知らんけど。
「だとしたらこれでもいけますかね?」
ちょっと前までの敵愾心はどこへやら、希望を抱いた瞳で良い返答を期待していやがる。
「ちょっとまて、真面目に考えてやる」
俺は雪子の姿をまじまじと見つめ、客観的に観察してみた。
自信満々の白ワンピに白い帽子。
清楚系を目指しながらも、全体的埃にまみれ、ワンピースのスカートは線路の油で汚れている。地面を走ったせいで靴下も茶色い上、履いているのは痛んだクロックス。服の質はいいのかもしれないが、汚れのせいで全体的に貧しさを感じさせる。
つまり、勘違いメンヘラ貧困ビッチスタイルだ。
ヤリ目の男でも、性病を危惧して避けるかもしれない。
ツラは良いんだがな……。
東京まで男に会いに来て、ドン引きされるなんてさすがにそれは可哀そうだ。
俺は建設的なアドバイスをしてやることにした。
「てめえはツラがいい。男と会ったらすぐ服を脱げ。それで行ける」
「んなわけありますか!」
「ぐおっ」
また腹をぶん殴られた。
拳のくせになんか刺さった感触がして、やたらといてえ。よく見たら、殴った拳に氷でできたメリケンサックが付いている。
「なんだよ、勘違いメンヘラ貧困ビッチのてめえに、親切にもアドバイスしてやってんのに……」
「誰が勘違いメンヘラ貧困ビッチですか! 私が勘違いメンヘラ貧困ビッチだとしたら、あなたなんて中二病エアガン半グレヒョロガリヤク中ガンギマリ渋谷系男ですよ!」
「は?」
聞き逃せない単語を耳にした。
俺は彼女の胸倉を掴んだ。
「な な、なんで急に怒るんですか!? やる気ですか!? 残ってる腕も飛ばしますよ!」
「てめえは、言っちゃいけねえことを言った……」
仮に腕を飛ばされようと、構わねえ。
目を白黒させる少女の瞳の奥を睨みつけ、俺は尋ねた。
「てめえ、俺のどこが渋谷系男子だって? 俺は生まれも育ちも青梅出身だぞ! クソ溜めみてえな渋谷と一緒にすんな! 青梅舐めんじゃねえぞ、青梅!」
「オウメ!?」
雪子は驚いた声を上げたが、その後、眉を下げて俺に尋ねた。
「……オウメってなんですか」
「まさかてめえ……青梅を知らねえのか。都心から電車で一時間の好立地。雄大な大自然。妖都山梨に対する最強の防衛拠点。東京都青梅市を知らねえってのか!?」
「オウメ、市……? 東京って十三区以外もあるんですか?」
「!?」
あまりに残酷な少女の言葉に、思わず胸倉を掴む手を離し、後ずさった。
「……東京ってのは、十三区、以外も、ある」
「あ、そう言えば私の入学する高校も、市だったような気がします。それで、その街が、なんか、すごいんよね?」
「……」
「……。え? どうして黙るんですか?」
俺は歩き出した。
「ちょ、ちょっと待ってください。ど、どこ行くんですか」
「いや、いい。俺が悪かったよ。傷治してくれてありがとな。じゃあな。元気でやれよ」
「ま、待ってくださいよ!」
俺は歩き続けた。
――そうか、そうか。東京は十三区しかないのか。
上野千年桜の下を歩いていた。
四月の千年桜は美しい。
春の日の光が、桜の花でできた桃色の屋根を抜け、地上を優しく照らしている。晴天は空を埋め尽くす桜花の向こうで、揺れる枝の向こうに、星のように時折煌めく。
地上には人間と妖怪が、それぞれ別々であったり、時に混ざり合ったり、酒宴を楽しんでいる。
いい日だ。これ以上に、平和な日はない。
今なら待ち合わせ相手のババアの知り合いとも仲良くできそうな気がする。
「うぉっ、いてっ」
人間と天狗、二人で顔を赤くし、肩を組み、酒瓶を大きく振っている平和の象徴みたいな、男達と肩がぶつかった。
「おい、何してくれんだてめえ!」
天狗が鼻を高くして俺に怒鳴り、俺の胸倉を掴んだ。
ああ、楽しそうな奴らだ。今日という日に相応しい陽気さだ。
「てめ――」
ダンッダンッ!!
俺は天狗をぶち抜いた。
崩れる天狗に引っ張られ、尻もちをついた人間が、恐怖に引きつった顔で俺を見上げた。
「ひぃっ!」
俺はコルトを突き付けた。
「殺すぞ!! てめえは何区出身だ!! 言ってみろ!!」
「あ、足立区——」
ダンッダンッ!!
「ふう」
俺はやっかいなよっぱらいを世間のために黙らせ、額を拭った。
春の陽気がうぜえ。
「よし行くぞ」
コルトを腰に差して、俺は歩き出した。
「ちょっと! どこ行くんですか!」
雪子はノビた酔っ払いの顔の様子を一瞬伺い、俺に着いてきた。
強く撃っちゃいねえんだから、気を失っただけだ。骨も折れちゃいねえ……はずだ。
「上野千年桜の洞穴だよ」




