表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄昏の堕天使— She Could Not Stop Saving People —  作者: 夏乃緒玻璃


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/12

鏡の中のスペクトラ①

「上崎くん、缶コーヒー奢ってあげるから、一緒に帰ろう?」

 

 オカミズ――オカルトマニアの浦部瑞季がポニーテールを揺らしながら来る。

 近い。


「えーと、また何か――そういう?」

 

 屈託なく笑い、当然だと頷く瑞季。

 

「そういう! あのね――本牧の」

「ま、待って待って。まだ返事してないのに」


 えーなんでー!と言った表情で少し頬を膨らますオカミズを宥めつつ、考える。


 どうしようか――今、うちは門限なんか無いようなものだから、少しばかり遅くなっても構わないが、りりせさんの家に寄るのが遅くなるのはよくない気がする。

 

 「ごめん、今日は予定があるから――明日では?」



 ◇◇

 

 翌日。


「あのですね、光くん――」


 またティーポットが変わっている。


 りりせさんの茶器は、よく変わる。

 不器用で、よく割ってしまうのだとか。


 今日は、白磁の上品なポットだが――注がれる液体は、ドロリとした苔のような深緑。

 

 グリーンティーにマテグリーンとペパーミントを混ぜた、といっていたけれど、これは少し配分に問題がありそうだ。


 トン。


 手のひらを上に向けて、どうぞと促しながら、自分にも、それを注ぐ。

 

 りりせさんは、その色を見てほんの一瞬だが「うわ」という表情をしたが、目を閉じて香りを確かめると、うんうんと納得したように頷いた。


「――その浦部瑞季さんのオカルト傾倒は、たぶん(ごう)でしょうから、あまり振り回されるのはどうかと思いますよ」

 

「はい――それはそうなんですけど」

 

「居もしない怪異を探して彷徨ううちに――この前のように鬼と出会えば、自らが怪異と成り果ててしまう。そんな事だって、あるかもなんですよ?」


 しょんぼりとしながら、チラリとサイモを見やると、黒猫は「ミャウ」と、普段と少し違う鳴き方をした。

 

「あら」

 

 りりせさんは少し意外そうな顔で、小さな友達を見る。

 

「サイモが光くんを庇っていますね――驚きました。いつの間にそんなに仲良くなったのでしょう」

 

 黒猫に好かれるような事などした覚えは無いけれど、このフォローはありがたい。

 

 手を伸ばして、そっと頭から撫でてやる。

 気持ち良さそうだ――。


「しかたないですね。わかりました――少しお待ちなさい」

 

 りりせさんはそう言って、席を立ち、奥へ。

 

 「いつもありがとうな、サイモ。うちの時も――中村橋の時も、いつもお前が助けてくれた」

 

 「ミャオ」

 

 黒猫サイモは一声鳴いた。

 それが「気にするな」というニュアンスなのは、なぜか僕にもはっきりわかった。


 奥からりりせさんが戻ってきた。

 手に、ガラスのケースを抱えている。


「趣味で、ガラス細工や――加工宝石を集めているんです。天然石よりずっとお手頃ですし――本物の宝石よりも繊細なカットが入っているものが多いんです。ほら、これなんか」

 

 ケースから、見事なエメラルドを取り出す。

 

 それは、ガラスの台座に収まった緑色の宝石で、僕が今まで見たどんな宝石よりも輝いていた。

 

「すごい光り方ですね。眩しいくらいだ」


「はい。天然のエメラルドには――たいてい傷がありますが、これは人工ですから無傷です。だから輝きも美しい――」

 

 そして、少し目を伏せる。

 

「傷ついた宝石は――もう宝石とは呼ばれない。宝石の真の輝きはない――しかし」

 

 僕が何かを言う前に、りりせさんはエメラルドを箱に戻し、横の白い宝石を取り出した。

 

 「光くん、これが何かわかりますか?」

 

 謎かけを楽しむかのように、少しだけ悪い顔をする。


 「ダイヤモンドじゃないんですか?」

 

 ものすごくキラキラした、高そうなダイヤモンドにしか見えないその石を、りりせさんはヒョイとつまんで、してやったりという顔で口を押さえ、ふふっと笑った。

 

「これは人工石のモアサナイト。ダイヤモンドに見えますが、人工で――よりクリア。だから魔除けの力も天然石以上なのだと言われています」

 

 言われても、違いなど全くわからない。

 

 そもそも――天然石とか人工石とかの定義も知らない。

 宝石だって磨かなければただの石だろうし、ガラスやプラスチックだって元を辿れば石みたいなものなんじゃないのかなと、漠然と思う。

 

 それに人工、天然どちらも綺麗ではあるのだろうけど――。

 

「はい」


「えっ?」

 

 その魔除け石を、りりせさんは僕の掌に、そっと載せた。

 

「持っていればお守りに。でも危なくなったら投げちゃっていいですよ――使わなくて済むのが一番ですけれど。無事に返してくれたら、ご褒美にそこの――」

 

 ケースの隅にちょこんと置かれた人形を、細い指でつつく。


「――ガラスで作った小鹿さんの人形を、プレゼントしてあげますから」


 とても大事な秘密を、打ち明けるかのように、僕を真っ直ぐに見て――りりせさんは言った。

 

「ありがとうございます」


 なぜ鹿なんだろう。

 好きなのかな、と思いつつも、受け取り、大事にしまいながら――しかし僕は思う。


 律々瀬(りりせ)リカさん――もう「天使ではなくなった」という、不思議なお姉さん。

 

 いま僕を見つめている、紫の、どこまでも深く――黄昏の深淵の星のような輝きに比べたら、どんな宝石も石ころにしか見えないよ――僕はそう思う。

 

 もちろん、そんな事は言えるはずもなく、僕はサイモにだけ、こっそりと心の中で同意を求めて視線を向ける。

 

 小さな猫は「知らないよ」という表情で、プイと横を向いて、欠伸した。


 ◇◇


 本牧の幽霊鏡――。


 いまは衰退したシャッター街の、閉店した高級インテリアショップ「プリズマ」。


 海外雑貨を輸入販売していたそこに置かれた地中海風の大鏡に、幽霊が映るという。

 

 幽霊――と言うより、幻影かもしれない。

 大勢の人間たちが、かわるがわる現れ、歩き、笑い、泣く。

 そんな姿が映るのだとか。


 それは本牧がもっとも輝いていた時代の「光」の記憶が、鏡の中に閉じ込められて分光していて、見たものが鏡に触れると、その色彩(スペクトル)の中に引きずり込まれてしまうのだと言われた。



「――と、投稿サイトに書いてあるけど、この投稿者の「みずいろポニー」って、浦部さんだよね」

 

「あっはー。ばれた?」

 

「ばれるよ。それよりこれ――噂話そのままなんだろうけど、鏡に引き摺り込まれた人なんているの? いてもいなくても矛盾が出るよね。盛ったでしょ、話」


 光の冷静な指摘に、瑞季は「あちゃー」と頭をかきながらも、どこか誇らしげに胸を張った。

 

「鋭いね、上崎くん! 確かに『引きずり込まれた』っていうのは、ちょっと私の味付け。でもさ、鏡の中の街並みが、今のボロボロなシャッター街じゃなくて、もっとキラキラしてた頃の姿だって話はマジなんだよ」


 そんな話をしながら、バスを降りた。

 結局、瑞季に引っ張られたまま、来てしまった。

 

 本牧。

 

 昔の未来都市。

 今は、ごく普通のショッピングモールと団地の融合施設。


「ところで、ここ、スパニッシュ通りって書いてあるけど、なんだろね? 上崎くん、知ってる?」


 並木道の脇、色褪せたプレートを指差して、瑞季がポニーテールを跳ねさせながら振り返る。


 僕は足を止め、ポケットから型落ちのスマホを取り出した。画面の端に入った細い亀裂を指でなぞりながら、手早く検索窓を埋める。

 

「……あ、これ『イスパニア通り』のことかな。読み間違えてるよ、浦部さん」

 

「えっ、イスパニア? なにそれ、美味しそうな名前」

 

「スペインの古い呼び方だって。……へぇ、昔はこのあたり全部、スペイン風の街並みで統一されてたらしいよ。マイカル本牧ができたばかりの頃は、東洋一のショッピングモールって言われてて、噴水があったり、パティオっていう中庭があったり……」

 

 画面をスクロールしながら、当時の華やかな写真に目を細めた。

 今、自分たちが立っている、静まり返ったマンション群やスーパーの入り口からは想像もつかない、熱を帯びた「夢の跡」がそこには記録されていた。

 

「へえ、すごいじゃん! じゃあ、昔はここでお祭りとかしてたのかな」

 

「どうだろう。でも、今はもう……そのコンセプトも、ほとんど建物と一緒に壊されちゃったみたいだね。名前だけが、こうして道に残ってるだけで」

 

 僕はスマホを閉じ、あたりを見渡した。

 海風が通り抜け、街路樹がざわざわと騒ぐ。

 

 かつての熱狂を閉じ込めたコンクリートの残骸が、夕闇に溶け始めていた。

 

「……名前だけが残る、か。なんだか、ちょっと寂しいね」

 

 瑞季が珍しくしんみりとした声を出し、すぐに「あ、でも怪異が潜むには最高の設定じゃん!」といつもの調子で笑った。


「見て、あそこ! あれが5番街だよ」

 

 瑞季が指差した先には、周囲の新しいマンション群から浮き上がるような「城」があった。


 巨大な石造りのスペインの街並みを模したというその建物は、今や煤け、雨風に晒されて、なんとも悲しげに見えた。


「……大きいね。でも、なんだか静かすぎる気がする」

 

 確かに。


 広大な吹き抜けを持つその建物は、入り口こそスーパーの明るい照明が灯っているが、上階を見上げれば、かつての映画館やホテルのあった区画が、深い闇の底に沈んでいる。

 

「ここね、昔は横浜で一番オシャレな場所だったんだって。でも今は……ほら、あそこの螺旋階段、どこに続いてるか見えないでしょ?」

 

 瑞季の声が、高い天井に反響して不自然に伸びる。迷路のように入り組んだ回廊、今はもう動かないエスカレーター。


 バブルの熱狂が冷め、中身だけが抜き取られた巨大な抜け殻。

 

「浦部さん、あんまり奥に行かない方がいいよ。迷子になりそうだ」

 

「大丈夫だって! ……あ、見て、上崎くん。あそこの窓」

 

 瑞季が立ち止まり、5番街の吹き抜けを見下ろす高い位置にある、はめ殺しの窓を指差した。

 

 そこには、かつてのコンセプトの名残か、あるいは単なる装飾か――埃にまみれた、古びたステンドグラスが嵌め込まれていた。

 

 夕暮れの光が斜めに差し込み、床に歪んだ赤と紫の影を落とす。

 

(……りりせさんの家の、窓に似てる)

 

 胸に、ちくりとした予感が走った。

 その時、どこか遠くで、ゴトリという音が響いた。

 

「ねえ、今の……聞こえた?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ