外伝(韓遂伝 〇〇二) 張純の乱
~~~洛陽の都 閲兵式場~~~
「全軍、進め!」
(え、えらいことになってしまった……。
なぜずっと文官畑で歩んできた私が、韓遂討伐軍など率いる羽目になったのだ)
「全軍、止まれ!」
(しかしもう逃げることはできない。
なんとかして無事に帰ることだけを考えなければ……)
「霊帝陛下のお成ぁぁりぃぃ!!」
(そうだ。都にさえ戻れれば、金とコネでなんとでもなる。
命さえ助かればいいんだ……)
「うむうむ、くるしゅうないぞ」
(討伐軍の中心に居座って、陣幕の中から一歩も出ないぞ。
それなら何があっても大丈夫だろう)
「おや?」
(ち、張温殿! 頭をお下げください!)
「…………へ?
ああっ!? こ、これは陛下!!」
「ちょうおんははいれいしないのか?」
「ほっほっほっ。
古の儀礼に則れば、将軍に任じられた者は陛下にさえ拝礼しないと言います。
張温殿は形骸化しつつある儀礼を重んじたのでしょう」
「そ、そ、そうなんです! そういうことです!」
「そうか。ちょうおんはぎれいにくわしいのだな。
よいよい。そのままあたまをあげておれ」
「ははあっ!!」
(結局下げやがった……)
~~~洛陽の都 討伐軍~~~
「先程は助かりましたぞ陶謙殿。
危うく陛下の御前で恥をかくところでした」
「はて、なんのことやら。
それよりも討伐軍の編成をお急ぎなされ。
董卓様が待ちくたびれておろう。彼を怒らせて良いことはない」
「う、うむ。董卓将軍は先行して陣地を築いているのだったな」
「董卓の野郎と向こうで合流すんのか?
そりゃだりィな……」
「張温将軍、急病で副官に欠員が出ている。
代役を選んでいただきたい」
「あ、ああ。候補は誰だ?」
「騎兵ならば俺に任せてもらおう」
「ここは安定感あふれる私にお任せを!」
(こ、この二人か……。
董卓や孫堅だけでも頭が痛いところに、
さらに問題児を抱え込みたくはない。
……公孫瓚は商人と義兄弟の契りを結ぶ破天荒な男だったか)
「涼州に安定感をもたらすためにもぜひ私をお選び下さい!」
(……しかしこいつよりはマシだろう)
「副官には公孫瓚を任じる」
「承知した」
「なっ――!?」
~~~中山郡~~~
「張温はいったい何を考えているのだ!
この中山を安定して統治している私ではなく、
あんな山猿を副官に選ぶとは!? 私は遺憾の意を唱えるぞ!」
「だから言っただろ。
官吏なんかやめちまってよ、二人ででけえことをやろうぜ」
「またそんな格好をして、大それた安定感のない話か。
公務員になるのは私の子供の頃からの安定した夢だ」
「だが理解のない上司のせいで出世は見込めず、
漢室も黄巾の乱でガタガタだ。お前の好きな安定感がどこにある?」
「むう…………」
「今こそどでかい夢を叶える時じゃないか?
俺が皇帝になり、お前が安定の王様になればいいじゃねえか」
「ふむ、安定王か……」
「子供の頃から俺とお前が組んで出来なかったことは無い。
俺らは地元じゃ負け知らずだろ?
それに俺は烏桓の奴もだいたい友達なんだ。協力してくれるぜ」
「そうだな。今こそ私がこの中原に安定をもたらす時かもしれない。
よし、可及的速やかに善処するぞ!!」
~~~烏桓軍~~~
「我々は張挙の誘いに乗ることにした」
「残念だ。やはり鮮卑ではなく、
お前たち烏桓に派兵要請が出されたことが理由か?」
「ああ。今ならば派兵に応じるふりをして、
たやすく漢の領土に踏み込める」
「こうなることはわかっていた。
だから俺は、応援を頼むなら弱い鮮卑にしろと主張したのだがな」
「我々の企みを密告するか?」
「そんなことはしない。俺はもう漢に見切りをつけた身だ。
お前に口封じされたくはないしな」
「見損なうな。我々は友人を裏切らない」
「冗談だ。悪く思わないでくれ」
「漢に義理が無いなら、我々のもとへ来ないか。歓迎する」
「いずれ官吏はやめても、俺は漢の人間だ。ここで生きていくさ。
……そろそろ行かなくては。武運を祈る」
~~~長安 討伐軍~~~
「ち、張純が張挙と組んで反乱し、
援軍を頼んだ烏桓の丘力居が裏切っただと!?」
「ははっ。こりゃ面白ェ。
全部裏目に出ちまったな!」
「笑い事ではない!」
「烏桓が攻め込んだのは俺の故郷に近い。
すまんが俺は帰らせてもらおう」
「ほっほっほっ。公孫瓚様も行ってしまいましたぞ。
虻蜂取らずとはこういうことを言うのでしょうな」
「ま、まだ涼州にもついておらんのになんということだ……」
「まあ起こっちまったことはしょうがねェや。
それよりさっさと董卓と合流して、韓遂の方を始末しようぜ」
「あ、ああ。お前に言われるまでもない。
張純や烏桓の対処は他の者に任せ、我々は韓遂に当たるべきだ」
「わ、わかった。急ぎ董卓殿と合流するぞ!」
~~~涼州 反乱軍~~~
「官軍め、戦う前から泡を食っておるわ!」
「えへへ。一戦もしないで戦力を減らせましたね」
「それにしても運が良かったな。
張純が反乱し、それに烏桓も呼応してくれるとは」
「あ、それはたぶんぼくのおかげですよ」
「な、なんだと?」
「張挙さんに丘力居さんを紹介したのはぼくだし、
官軍に鮮卑より烏桓の方が頼りになるって吹き込んだのもぼくですよ」
「お、お前が裏で糸を引いてたってのか」
「いやいや、そこまでは言いませんよ。
ただの結果論ですし、ぼくも驚いてますもん。
まあ、こうなったらいいなあとは、ちょっと思ってましたけど」
「……やはりお前は恐ろしい男だ」
「褒めてもジャンパーも耳かきも出ませんよ。
それより董卓さんへの備えを整えましょう」
「お、おう……」
(……ひょっとして我々は、
自分達の手に余る力を得てしまったのではなかろうか)
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かくして張温の失策により官軍は大きな災いを招いた。
だがいまだ戦端は開かれず、
大乱もまだ始まったばかりに過ぎなかった。