外伝(韓遂伝 〇〇四) 反乱軍の崩壊
~~~涼州 反乱軍~~~
「ヒャッハー! 兵糧は消毒だ~~!」
「燃やせ! 全て燃やしてしまえ!」
「ま、また補給部隊が襲われている。
いったいどうなっているのだ。
董卓軍には我々の補給線が全てわかっているようではないか!」
「わ、わかったぞ……。
奴らは見ているんだ!」
「はあ?」
「天子が空から見ているんだ!
だから補給線がバレているんだ! そうに違いない!」
「落ち着け。そんな馬鹿な話があるものか」
「し、しかしあの雷もあまりに官軍にとってタイミングが良かった。
北宮伯玉の言う通りなのかもしれん……」
「ああっ! 聴こえるぞ! また天からの声だ!
俺たちを皆殺しにすると言っている!!」
「言ってる~~!!」
「ただの風の音だ! 韓遂も煽るような真似はよせ!」
「胡族どもめ、何やら混乱しているようだな。
よし、今だ! 鬨の声を上げろ!」
「うわああっ!! 敵だ! 敵が背後に現れたぞ!
奴らは天から降りてきたんだ!!」
「違う! 単に山を越えて来ただけだ!
くそっ、この動揺ぶりでは戦にならん。全軍撤退しろ!」
「………………」
~~~涼州 官軍 周慎軍~~~
「おおっ! 韓遂の申していた通りだ。
官軍の補給部隊が本当にいるぞ。我が国民たちよ、勇んで襲うのだ!」
「補給線を断たれただ……と……?」
「だから言わんこっちゃねェ。
オレも手勢を少し補給線の防御に回しといたんだが、
さすがに無理だったか」
「すまねえ艦長、警戒してたんだが守りの薄い所を狙われちまった」
「しかたねェよ。オレらの兵だけで補給線の全てをカバーできやしねェ」
「か、勝手に兵を動かしたのか?」
「あぁん?」
「誰の許可を得て勝手な真似をしたのだ!」
「そんなことより城から反乱軍が出てきたぜ。
これじゃあ城攻めどころじゃねェぜ。逃げるしかねェよ」
「ま、待て孫堅!
命令を無視した罪はわかっているのだろうな。
敗戦したとあっては張温将軍に、いや朝廷に顔向けできん。
それもこれも勝手な真似をしたお前の――」
「やかましい!!」
「ひいいっ!?」
「てめェも大将の端くれなら、保身より部下の命を第一に考えろ!
命令無視の罪だと? 望むところだ!
無事に逃げられたら江東でも江南でも好きな所に飛ばしやがれ!」
「そ、その言葉忘れるなよ!
撤退だ! 撤退しろ!!」
~~~涼州 官軍 董卓軍~~~
「フハハハハ! 面白いほど上手く行ったな!」
「全くです。我々は韓遂から胡族の補給路を聞いてそれを叩き、
韓遂は我々から官軍の補給路を聞き、周慎を破る。
これで魔王様の株は上がり、官軍の名声は地に落ちたことでしょう!」
「魔王様バンザーーイ!!」
「賈詡よ、お前を見込んだ甲斐があったぞ。
よくやってくれたな!」
「韓遂殿に挨拶してきただけだ。褒められるいわれは無い」
「魔王様、この通り賈詡は大変使える男です。
参謀として取り立てればさらにお役に立つことでしょう!」
(確かに頭は切れるようだが、こやつめ。
隙あらば吾輩の喉笛を食い破ろうと狙っているように見えるわ)
「………………」
「フハハハハ! 我輩には李儒がおれば事足りる。
貴様は脳筋の張済の補佐につくがいい」
「かしこまった」
~~~洛陽の都~~~
「討伐軍の戦況はどうなっている?」
「芳しくありませんな。
本隊を率いる周慎が補給線を断たれて敗走しました。
一方で董卓は胡族を相手に優勢ですが、真面目に戦う気はなく、
小競り合い程度に留まっています」
「反乱した張純・張挙と烏桓の状勢は?」
「公孫瓚が素早く救援に向かったため、なんとか食い止めている。
だが多勢に無勢だ。援軍を送る必要があるだろう」
「どちらの戦線も増援を送らなければいかんな。
だが動かせる兵は少ない。都の守りを薄くするのは不安だ」
「李儒ら董卓軍の別働隊が都の近くにたむろしていますからな。
奴らを増援として使えれば一石二鳥なのですが」
「朝廷内に董卓の息の掛かった者が多い。
奴らにとって利益のない提案は揉み消されるだろう」
「せめて実戦経験の無い張温だけでも交代させたいところだが……」
「こんな案はどうだ。張温を太尉に昇進させるのだ。
漢室が始まって以来、
三公(太尉を含む政治の最高峰に位置する3つの官位)が都の外にいた例は無い。
慣例をたてにして張温を都に呼び戻すのだ」
「それは妙計だな。単なる昇進なら董卓一派も気づかずに賛成するだろう」
「ならば俺が張温に交代して指揮を取り、戦線を立て直して見せる」
「韓遂と胡族への備えはそれで良いな。
張純・張挙と烏桓への増援はどうする?」
「私が向かいたいところですが、皇甫嵩将軍が抜けるとなると、
これ以上、都の兵力は減らせませんな」
「鄒靖は匈奴ら異民族と親しい。
彼に匈奴への援軍を依頼させるのはどうだ?」
「鄒靖は烏桓とも親しい。
最悪の場合は鄒靖や匈奴も反乱軍に加わる恐れがある」
「そうだ、異民族と言えばあの男がいました!
彼を周辺の刺史として赴任させれば、異民族も従うのではないですか?」
「そうか、劉虞か。
確かに異民族から謎の信奉を受けるあいつならば、試してみる価値はあるだろう」
~~~幽州 反乱軍~~~
「新しく赴任してきた幽州刺史が面会を求めているだと?
馬鹿なヤツめ! 引っ捕らえて人質にしてしまおう!」
「いや待て。私どもはもともと漢の非道な政治に憤り決起した立場だ。
友好的な態度をとる外交官を捕らえるのは安定感が無い」
「どうするかは会ってから決めればいい。通せ」
「お初にお目にかかります。
このたび幽州刺史に任じられた劉虞です」
「!?」
「これは丁重な挨拶いたみいる。私はこういう者です。
え? 名刺をご存知ない?」
「メイシという物は私も存じ上げないが……。
劉虞様は皇族に連なり、少しばかり常識に疎いところがある。
非礼があったならお詫びつかまつる」
「それでいったいなんの用だ?
ただ挨拶に来たわけではあるまい」
「いえ、ただ挨拶に参っただけです。
これからは国境を接する隣国同士です。
お互いに協力できることがあれば、ともに手を取り合いましょう」
「フン! それは皮肉のつもりか?
お前にできる最大の協力は、人質にされ取引の材料に使われることだ」
「やめよ張挙!」
「ひいいっ!? な、なんだ急に大声を出しやがって!」
「劉虞様の噂は俺の耳にも届いている。
俺たち異民族にも分け隔てなく接し、強きをくじき弱きを助ける、
素晴らしい御方だ。彼に指一本でも触れたら許さぬぞ!」
(劉虞様、これを……)
「丘力居様、ですね」
「!! お、俺の名を知っているのか」
「あなたこそ施しを好み、慈悲にあふれた素晴らしい烏桓王だと聞いています。
お目にかかれて光栄です」
「な、なんともったいない……。
約束しよう、俺の目が黒いうちは烏桓は、
いやこいつらにもあなたに手出しはさせないと!」
「な、何を勝手なことを――」
「あぁん?」
「い、いや、わ、私どもも、劉虞様と、
ぜひ、安定感ある関係を、築きたいと、思うにやぶさかではありません……」
「有意義な会見になりましたな。
それでは我々は失礼いたそう」
(俺は見たぞ。この男が劉虞に丘力居の情報を伝え、
話を誘導していた。厄介なことになったな。
だが丘力居ら烏桓の協力抜きでは戦えん……)
~~~涼州 官軍 張温軍~~~
「で、では私は、都に帰っても良い、のですな?」
「ああ、慣れぬ遠征軍を率いご苦労であった。
後は俺が引き受けよう」
「やった! 生き延びた! 生きて帰れるぞおおっ!!
…………あ、いや、これは、なんというか、その」
「さっさと帰られよ。太尉がいなければ政治が滞る」
「そ、そうですな! 一刻も早く太尉の職務を果たさなくては!
それでは失礼いたす!」
「フン、図りおったな皇甫嵩」
「貴様こそやってくれたな。俺の到着前に孫堅を更迭するとは」
「さあな。吾輩は遠征軍の副将たる周慎の意見を聞いたまでだ」
「そ、その通りだ!
孫堅は俺の指示に背いたから更迭してやったのだ!」
「無能な上官は逆臣の次に始末が悪い……」
「な、なんだと!?」
「ほっほっほっ。口喧嘩はそのくらいに。
味方同士で争っている場合ではありますまい」
「ああ。ともかくこれからは俺が遠征軍の指揮を取る。
指示には従ってもらうぞ」
~~~涼州 反乱軍~~~
「官軍は指揮官を交代させたそうだ。
なんでも黄巾賊の討伐で大功を立てた勇将らしい」
「ただでさえ天の怒りを買っているというのに、
そんな奴が相手では勝ち目はないぞ」
「しかもこのタイミングでの交代だ。
……もしや、その新しい指揮官というのは、天の使いなのではないか?」
「あ、ありえる話だ……。
宋建にも裏切られ、俺たちにはもう滅びの道しかない!」
「かくなる上は……官軍に降伏するしかあるまい!」
「ああ。韓遂と辺章を殺し、その首を差し出せば、
きっと天も怒りを鎮めることだろう!」
「言ってる~~~!!」
「な、なに!? か、韓遂……!?」
「きっと今ごろ僕らを殺して寝返ろうって算段してますよって言ってたら、
本当に言ってる~~~!!」
「ああ、言ってたな」
「ヘ、辺章も……。
ええい、好都合だ! ここで殺してやる!!」
「え? 本気ですか?
あなたたちの寝返りを予測してた僕が、
なんの備えもしないでここに来たと思ってるんですか?」
「愚かなことだ」
「処置なし、ですな」
「ぐげええええっ!?」
「ぎゃああああっ!!」
「やれやれ、これで胡族の協力を得られなくなっちゃいましたね。
でも正当防衛だからしかたないですね。黙ってたら殺されてましたもん」
「…………韓遂」
「はい? なんですか、そんな深刻な顔して」
「いずれ俺も殺すつもりなら、ここで殺せ」
「へ? どうしたんですか藪から棒に。
嫌だなあ。僕は誰でも見境なく殺したりしませんよ~」
「とぼけるな。お前の恐ろしさは知っている。
遅かれ早かれ、俺はお前にとって邪魔な存在になる。
暗殺の手を怯えて過ごすのは御免だ。殺すなら今すぐ殺せ」
「…………あなたには、病死してもらうつもりだったんですけどね」
~~~~~~~~~
かくして反乱軍は崩壊の兆しを見せ始めた。
官軍も一枚岩とは言えないが、逆襲に転じ始める。
だが反逆児・韓遂にはまだ反撃の一手があった。