掌編(孫翊伝) 孫翊殺人事件
~~~建業の都~~~
「この中に孫翊様を殺害した犯人がいる」
「本当アルか?」
「さ、殺人犯と同じ場所になんかいられるか!
私は部屋に戻らせてもらう!」
「つーかさ。戦場でなら全員が殺人してなくね?」
「それとこれとは話が別だ」
「朱治さんよぉ!
いったいなんの証拠があって俺たちを容疑者扱いしてやがんだ!?」
「孫翊様の屋敷の家人や守衛たちから事情聴取をした。
孫翊様が殺害された夜に、屋敷を出入りしたのはこの6人だけだ」
「むざむざ主人を殺されるなんて無能な守衛だな!」
「孫翊様は武術の達人だった。
それに同僚が犯人ならば、守衛も油断したことだろう」
「ああ。孫翊様は背後から刺されていた。
あの方ほどの達人が、見知らぬ刺客に背中を見せるはずがない」
「だ、だから犯人は気を許している相手だと言うのですか?」
「その可能性は高い」
「だったらオレは違うっしょ。
オレは寝返ったばっかで誰にも信用されてねーし」
「そんなことないアル。孫翊様は優れた武人なら親しくするアル。
甘寧も何度も屋敷に招かれてるアルよ」
「ち、ちょっと待って下さい!
孫翊様は我々6人と会っているのでしょう。
それなら一番最後に会った方が殺したことになるはずです!」
「最後に会ったのは陳武だが、別れた時には生きていたと聞いている」
「そんな証言あてになるものか!」
「孫翊様の屋敷は広い。帰ったふりをしてどこかに潜み、
陳武が去った後に殺したとすればつじつまは合う」
「ならば屋敷から最後に出た者が犯人であろう」
「最後に出たのは甘寧だが、彼は孫翊様にはじめに会っている。
別れた後に兵舎で遊んでいたそうだ」
「孫翊様の配下にサーファー仲間がいるんで、話してきたんスよ。
チョリースって」
「つまり誰にでも機会はあるというわけだ。
……優秀なお前たちを疑いたくはない。
下手人がいるならどうか名乗り出てはくれないか」
「名乗り出たら殺されるんだろ?
だったらわざわざ自分から吐く奴なんていねえよ」
「ならば――」
「犯人はてめェだ!」
「ぬおおっ!?」
「いかにも犯人ってツラしてんじゃねえか。
もうこいつでいいだろ朱治」
「な、何を藪から棒に……。
だいたい孫尚香、サマがなんで首を突っ込むんだ!」
「義姉ちゃんに依頼を受けた。旦那の孫翊を殺された義姉ちゃんだ。
アタシの代わりに犯人を見つけてくれってな。
だいたい孫翊はオレの兄貴だぜ。身内のオレが関わるのは当然だろ」
「尚香、気持ちはわかるが、お前の保護者代わりとしては感心しないな。
顔だけで決めつけるのは良くない」
「そうだそうだ!
悪人ヅラなら甘寧や谷利だって俺といい勝負だろ!」
「あぁん?」
「しかも甘寧は降将、谷利は元罪人だ!
孫翊サマを殺したっておかしくねえ」
「…………ほう」
「もう面倒くせーしさ、
全員で殺し合って、真っ先に死んだ奴が犯人でよくね?」
「そんな無法を認めるわけにはいかん」
「なら、アンタを殺せば認められるわけだな?」
「……本気で言っているのか?」
「孫皎まで熱くなってどうするのだ。
孫権様から事件の解決を任されたのは私だ。
私の指示に従ってもらおう」
「未亡人の義姉ちゃんから依頼されたオレの指示もだぜ!」
「わかったわかった。尚香の意見も尊重する。
……それにしても解せないのは、
孫翊様の身体に多数の傷があったことだ。打撲痕に見えるのだが……」
「……白状するアル。孫翊様を殺したのはワタシかも知れない」
「ななななんですって!?」
「あの日、ワタシは孫翊様と手合わせしたアル。
ワタシの奥義が炸裂した手応えがあったアル。
でも孫翊様はすかさずカウンターを返して来たアル」
「傷はその時についたものか」
「孫翊様はなんともない様子で、ワタシはその後すぐに帰ったアル。
ひょっとすると帰った後に、ワタシの奥義が実は効いていて、
倒れたのかも知れないアル……」
「孫翊の兄貴は我慢強かったからな。
昔、オレに鼻を折られた時も平然と笑ってたし」
「待て。孫翊様の死因は背中を刺されたことだったはずだ。
陳武の奥義は関係あるまい」
「だがこう考えることはできる。
孫翊様は陳武の奥義で倒れた。その後に犯人がやってきて、背中を刺した」
「それならば気を許した相手でなくても背中を見せることになるな」
「つまり……ええと、つまりどうなるんだ?」
「誰にでも殺せたということだ」
「……やっぱ殺し合いで決めればよくね?」
「それが一番手っ取り早ェな。
要するに犯人にしてェ奴を殺せばいいんだろ?」
「き、気のせいか俺を狙ってないか……!?」
「この場で一番弱いのはお前だろうしな。殺しやすい」
「か、賈華だって弱そうじゃねえか!」
「賈華は暗殺部隊の所属だ。弱そうに見えるのはそう装っているだけだ」
「…………滅相もない」
「ま、マジで?」
「さあ武器を抜けよ! 丸腰じゃあ気が引けるしよ!」
「クッ……。た、ただでは殺されねえぞ!」
「待った!!」
「今さら止めんなよ朱治!」
「違う。犯人がわかったから止めたのだ」
「なんだと?」
「孫翊様の背中の傷は、明らかに左利きの者による刺し傷だった。
いま、全員が武器を抜いたから構えでわかる。左利きは一人しかいない。
犯人は……お前だ」
「なっ……お前だったのか! 辺洪!」
「そういえばずっと黙ってたアル。怪しかったアル」
「逃げたぞ! 追えっ!」
「逃がさねーし!」
「……逃がしません」
「甘寧と賈華に追われては逃げ切れまい。
これで解決だな」
「あいつら殺しちまわねェだろうな。
殺すなら義姉ちゃんの前で処刑しねェと」
「ふう、一時はどうなることかと思ったぜ!
顔のせいで犯人にされたらたまらねえや!」
「その通りだ。だから証拠を突きつけよう。
……犯人はお前だ」
「…………へ?」
「読めねェのか?
兄貴のそばに落ちてた密書だ。辺洪のバカが落としてったんだろうよ」
「孫翊様を殺すよう命令しているな。
そのための屋敷内の潜伏場所や、
孫翊様の隙を狙えるよう生活パターンも事細かに書かれている。
機会をうかがっていた辺洪は、陳武と手合わせ後に倒れたのを幸い、
孫翊様を殺したのだろう」
「密書の筆跡を調べた。お前と一致している。
だが実行犯がわからなかったから、こうして容疑者を集めたのだ」
「ば、馬鹿な…………」
「だから最初に言っただろうが。てめェが犯人だってな!!」
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かくして孫翊殺人事件は解決した。
実行犯の辺洪はもちろん、媯覧も処刑され、
孫翊の墓前に首が供えられたことは言うまでもない。




