03 長期休暇
わたしに聞かれては、不味い話があるわけね。
そうなると逆に興味が沸く。わたしはこっそり、食堂の扉に耳をあてていた。
ヴェイドさんと暮らして、もう数か月も経つわたしだが、いまだに彼のことについては分からないことがたくさんあった。
黒い髪ももたない彼が、どうして強い力を持っているのか。どうして水の魔術師なのに、色んな属性の魔術が使えるのか。天才魔術師という便利な言葉で片付けるには、少し程度がはなはだしい。
それを解き明かす鍵は、きっと彼の師であるリフレイアにある。わたしは直感でそう思っていた。そして盗み聞きに乗り出したというわけだった。
二人に直接訊ねるという方法もあるのだけど、すんなりと教えてくれるようにはとても思えないのだ。こうやってわたしを追い出したのが、いい例だ。
時の石。
あまりにも詩的すぎる単語だったが、いったい何のことなのだろう。
その石のことでやって来たと言うリフレイアさんが、一瞬だけ彼の耳もとに目をやったのは分かっていた。
ヴェイドさんは片耳にだけ、瞳の色と同じ色をした耳飾りを付けている。もしかするとあれのことを言っているの? でも見た目には、わたしが壊してしまった耳飾りと同じような魔石に見えたのだけど……。
考え込むわたしの周囲を、不思議そうに精霊たちが飛び交っている。
「なによ、あなたたち。盗み聞きを咎めるわけ?」
精霊たちはしゃべらない。彼らがそういう意味でわたしに付きまとうのかは定かではないが、後ろめたい気分のわたしは、ふよふよと舞う光達を見やり、
「――もちろん咎めるに決まってるよ」
「え?」
せ、精霊がしゃべった!?
突然の声に、わたしは思わず目を見開いた。その頬を何かがひたひたと叩くのを感じて、わたしは固まった表情のままゆっくりと顔を戻し……
「まったく、成人前のレディがするような行動かい」
仏頂面のヴェイドさんが、すぐ目の前に立っていた。
「ヴェ、ヴェイドさん」
やばいわ、あっさり見つかった。いつの間にそうしていたのか、食堂の扉を少し開いた彼は、冷ややかな目でわたしを見ていた。そのまま腕をつかまれたかと思うと、彼はわたしを引きずりこむ。
「フィオナ、ぼくは別の部屋に行っていろと言ったね?」
「だ、だって、いきなり内緒話なんてされたら気になるじゃない」
「ふーん」
見おろす水底の瞳が細められる。怒っているのかと一瞬思うが、その言葉じりにはどこかからかうような色を含んでいた。
「残念だけど内緒話はもうとっくに終わったよ。いつ気づくかなって思ったけど、きみときたら扉の前から一向に部屋に入ってこないから」
「……え?」
わたしは思わず眉をひそめた。
「まさかバレないとでも思ったの? この屋敷の精霊たちはみんなぼくの味方だよ」
要するに、聞き耳を立てていたのは最初からバレていたということだ。
話というのは実際、ものの数分で終わったらしい。彼はきっと、一生懸命聞こえもしない話に聞き耳を立てるわたしを、おもしろがっていたのだろう。なんという意地悪な魔術師。
むくれてやると、彼は小さく笑った。その奥で、テーブルに両ひじをついたリフレイアさんがにこにこと微笑んでいる。
「んふふ、好きな子をいじめる法則とおんなじね。私もヴェイドを、とってもいたぶりたいもの」
一緒にされるのはちょっと困るんだけど……。
それから間もなく、「じゃあね、フィオナちゃん。また来るわねー」と、言ってリフレイアさんは帰って行った。もちろん大魔術師らしく、一瞬にして姿がかき消える。
「迷惑だからもう来るな」
塩を巻くように悪態づいたヴェイドさんを、わたしはじっと見あげていた。結局、なんの話をしていたのかは分からずじまい。……残されたのは大量の、装飾型の魔導具だけね。結局、作るだけ作って持ち帰らなかった、嵐のようなリフレイアさんだった。
わたしは彼に言った。
「ヴェイドさんの言う通り、お師匠様はとっても元気な人だったわね」
「わかってくれて嬉しいよ」
憎々しげに言う彼だった。
「でも、あなたが言ってたよりも、ずっと優しそうな人だったわ」
――人の心を思い出した弟子を、盛大にお祝いしたい気分なんだから。
色々と言い争ってはいたものの、あのときのやさしい瞳が、ヴェイドさんに対しての彼女の本質なのだろう。わたしの言葉に彼は眉をひそめて訝しがったが、さっきの仕返しとして、理由は教えてあげないことにした。
◆・◆・◆
そして翌日。
「ヴェイド様の時の石……ですか?」
リースブルームの王宮の一角にて、ローザリアは不思議そうに首をかしげた。そんな彼女にわたしは続ける。
「たぶん耳に付けてる魔石のことだと思うんだけど、ローズはなにか知らないの?」
「そういえばあの方、そんなものを付けていらしたわね」
彼女はそう言うと、考えこむように口もとに手をあてた。
そんな仕草でさえ、とても洗練された動きに見えてしまい、わたしは思わず見とれてしまう。なにしろ彼女は美しい赤みがかった金髪と碧眼の瞳をもつ、正真正銘の王女なのだ。
ローズ、とわたしが親しみを込めて呼ぶようになってから日も浅かったが、わたしは彼女とよく会っていた。彼女の兄から“妹が二人いるみたい”と言われるだけあって、好みも考え方もよく似ているのだ。もっとも、本の好みだけは壊滅的に合わなかったのだが、それは別のお話。
いまわたしたちは、王宮薬師長のセルネさんの部屋にお邪魔していた。
薬師免許を取ると決めたわたしは、最近しょっちゅうセルネさんのところに出入りしていたのだけど、なんでそんな場所でローザリア姫と会っているのかというと、彼女は毎日、セルネさんからちょっとずつ“美容液”をもらいに来ているのだった。
王女様なんだから、そんなの侍女に任せればいいのにと思うが、婚約が正式に発表された彼女的に“このわたくしが婚約者のために努力するだなどと知られては云々”という、よく分からない主義にかかわるらしい。好きにしてよ……。
当のこの部屋の持ち主はというと、会話に勤しむわたしたちをそっと静観し、日向ぼっこを決め込んでいた。孫二人が遊びに来たようなものなのだろう。
ローザリアは、セルネからもらった化粧水の瓶をゆらゆらと揺らしながら、そっと息をつく。
「ヴェイド様はあまり装飾品を付けませんから……わたくしも確かに、めずらしいと思ったことがありますわ」
「その時、なんで付けてるのかは聞かなかったの?」
「彼も魔術師ですもの、そういった意味で付けているのだと。詳しくは訊きませんでしたわよ」
「そうだったの」
わたしは少し落胆したが、無理からぬことだ。
魔術師は自分の魔力を補うために、魔石のついた指輪や耳飾りなどを付けることがよくあった。そこに封じられた魔力を使って、魔術を発動させる。
「じゃあ、あの耳飾りも、魔力が封じられたものなのかしら」
「そこまでは分かりませんわね。あの方が他から魔力を得る必要があるのかどうか、まずそこから考える必要がありますわ」
それもそうだとわたしは思う。
わたしの知る限り、水の魔術師ヴェイド・フロディスという人物は、とても強い魔力を持っている。どれほどかというと、大人数の魔術師でようやく発動させる転移陣をひとりでばんばん使っちゃうぐらい。歩くのは無駄だと言い切る彼は、めちゃくちゃな魔術師なのだ。
「耳飾り、ねえ……」
あの石はいったい、なんだというの。思わずため息をつくと、耳もとからささやき声が掛けられる。
「フィオナも耳飾りがほしい?」
「あ、アレク……」
わたしはげんなりと振りかえった。
自信ありげに笑う、いつも通りすぎるアレイスト王子がわたしの顔をのぞきこんでいる。
金髪碧眼。そんな格好いい王子さまを間近にしても、彼の性格――おもしろいという理由でわたしをヴェイドさんにけしかけたり、大事な指輪を蹴とばしたり――を知っているわたしは、ちっとも心動かされない。男はいつでも子ども、というのが彼の座右の銘だった。
そしてこの王子、いったいどこから出てきたのか? というのは愚問である。
彼もまた、ヴェイドさんのように転移陣をばんばん使う意味不明な魔術師の一人なのだ。以前会ったときは黒いローブだったが、いまは上等な上着と下衣に身をつつんでいる。今月から魔術師長の補佐官に着任したという彼だったが、今日はお休みをもらっているのだろう。
「ねえアレク。この間から、やけにわたしに構うわね」
目をすがめるわたしを見て、楽しそうに笑ったのは意外だけどローザリアだった。
「お兄さまはわたくしが嫁ぐからって、寂しいのですわ」
「そうだな、僕の心は張り裂けそうだ」
勘弁してよ。
「勝手に張り裂けるがいいわよ」
破裂してそのまま泉のなかにでも落ちるがいいわ。
妹だいすきのお兄ちゃん王子は、わたしの言葉に大げさに傷ついたような顔をする。
「ひどい言いぐさだよ、フィオナ。これから頑張ろうって僕に、激励の言葉もないのか?」
「頑張ろうって、なにを?」
今度はわたしが首をかしげる番だった。
不思議そうにするわたしを見て、アレクは言う。
「君も知ってるだろう? フロディスが長期休暇を申し出たんだ。やつが不在の間は、補佐官の僕が、魔術局を管理することになるんだよ……」
彼はうんざりした顔で、魔術師長――ヴェイドさんについてぐちぐちとこぼした。
「まったく、着任早々にひどすぎる。僕が慣れるまでもう少し待てないのかって話だよ」
でもわたしは、彼の愚痴につきあっている場合ではなかった。
長期休暇?
それはまったくの、初耳だったからだ。
.
間延びした回




