シーン4:シミュレーターの憂鬱
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20時に投稿しますので、よろしくお願いします。
春の風が止んだ、絶対的な空白の境界。
そこに立っているのは、間違いなく前世で私——鈴木——の同僚だった男だ。
「……柏木」
私は、五年ぶりに——いや、前世での死から数えればもっと長い時間を経て——その名前を口にした。
「驚いたよ。君のあの『自己増殖型エネルギーネットワークの分散制御理論』。生前はただの机上の空論だと思っていたが、まさかこの異世界の魔導知識核にぶち込んで、システムそのものを安定化させるとはね」
柏木は、空白の中から一歩、現実の土の上へ踏み出した。
彼が歩いた跡には、草も土も存在しない。ただ虚無が足跡の形に切り取られているだけだ。
「……あなたが、この世界の設計者側にいるの?」
「正確には『運用チーム』の一員さ。君が過労で倒れた後、僕は国の極秘プロジェクトに引き抜かれた。君も知っているだろう? 次世代の量子コンピューターを使った、完全な仮想文明シミュレーターの構築計画を」
「……」
私の記憶の底から、前世のニュースの断片が蘇る。
地球の資源枯渇と環境破壊を解決するため、仮想空間上に『魔法』という未知のエネルギー法則を持つ世界を構築し、そこで人類がどのように進化・あるいは自滅するかをシミュレーションする計画。
「つまり、この世界は本当に箱庭……現実の地球を救うための、ただの計算結果だって言うの」
「その通りだ。ここは、僕たちが作った第十五回目のテストサーバー。目的は一つ。『魔法という無限のエネルギーを与えられた時、人類は暴走せずに文明を維持できるか』の観測だ」
柏木は肩をすくめた。
「過去十四回のテストはすべて、技術の暴走による自滅で終わった。三十年前のグランベルクのようにな。だから僕は、庭師という監視プログラム(AI)を配置して、わざと知識に『欠落』を作り、ゆっくりと自滅のプロセスを観察しようとしたんだが……」
彼は眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、私を冷たく見下ろした。
「君という不確定要素が、僕のテストサーバーに迷い込んでしまった」
「……私は、迷い込んだわけじゃない」
私は拳を強く握りしめた。
「私は死んで、この五歳の身体に生まれ変わった。エルドも、マリナも、ヴァルグラムも、みんな必死に生きてる! 悲しんで、喜んで、血を流して! これをただのデータだなんて、絶対に認めない!」
「君が認めようが認めまいが、現実のサーバー管理画面では、君たちはただの『パロメーターの波形』でしかないんだよ、鈴木」
柏木の目が、ひどく冷酷な光を帯びる。
「君がこの世界で『分散制御』を成功させたせいで、このテストサーバーの文明は『安定期』に入ってしまった。暴走せずに進化を続ける、退屈な平和。……それは、僕たち現実の研究チームが求めているデータじゃない」
「だから、削除するって言うの?」
「ああ。失敗ではなく『想定外のエラー』による終了だ。君の理論は美しすぎる。このシミュレーターには不釣り合いだ。だから、世界ごとゼロに戻して、第十六回のテストを始める」
柏木が右手を軽く振る。
その瞬間、私の背後——王国側の方角の空に、巨大な黒い亀裂が走った。
空間そのものが、ガラスのようにひび割れている。
「リ、リリア様! 空が……!」
エルドが悲鳴を上げる。
マリナがイネスを抱きしめたまま、その場にへたり込んだ。
「あれは……」
「削除プロセスの第二段階だ。帝国だけでなく、王国の中心——王都と、君のあの忌々しい辺境の村も、同時にデリートの対象に指定した」
柏木の言葉に、私は奥歯が砕けるほど強く噛み締めた。
アーベルシュタットの村。今頃、春の種まきの準備で皆が笑い合っているはずのあの場所が、今この瞬間にも「最初からなかったこと」にされようとしている。
「……ふざけんな」
私は、手に持っていた羊皮紙——書きかけの空間情報解析式——を、地面に叩きつけた。
「私がせっかく計算したのに! 村のみんなが、やっと本を読んで笑えるようになったのに!! それを、あんたたちの都合で勝手に消していい理屈なんて、どこにもない!!」
「理屈は僕たち(管理者)の側にある。君はデータだ」
柏木は冷たく言い放つ。
「違う。理屈は『理解した数』の多い方が勝つ。それが、あんたたちが作ったこの世界のルールだろ!!」
私はルビを肩から下ろし、大きく息を吸い込んだ。
「エルド!! さっきの数式、まだ半分しか書いてないけど、今すぐ王都のヴァルグラムに魔法通信で送って!!」
「半分だけでですか!?」
「いいから! ヴァルグラムなら、あの式の残り半分が『世界の削除コマンドをキャンセルするためのカウンタープログラム』だって、一瞬で理解できる!」
私は柏木に向かって、五歳の小さな身体を盾のようにして立ちはだかった。
「あんたは現実世界の端末からコマンドを打ち込んでるのかもしれない。でも、ここは異世界の内部だ。こっちのルールでは、何十万人という人間が同時に一つの『理屈』を理解した時、その思考の熱量が物理法則を書き換える!」
「……無駄だ。システム権限は僕にある」
「やってみなきゃ分からないだろ!!」
私は叫んだ。
王都のヴァルグラム。塔の術師たち。アーベルシュタットの村人たち。
彼らはもう、三十年前の無知な大衆ではない。知識を共有し、共にブレーキを踏むことを覚えた、強靭なネットワークの一部だ。
「私たちが、この世界を『ここにある』って証明し続ける! あんたの薄っぺらいデリートコマンドなんか、百万人の生きた『理解』で全部上書きしてやる!!」
空の黒い亀裂から、世界を無に還す光が降り注ごうとしている。
でも、私の目には、その絶望の光に対抗するように、王国のあちこちから立ち昇る無数の「青い光」の柱が見えていた。
この世界を、ただのデータで終わらせはしない。
私の前世の知識と、今世の絆が、神という名の設計者に最後の論理戦を挑む。
「かかってこい、柏木。私の理屈の強さを、その目で観測しろ!!」
圧倒的な光の激突が、世界の境界線を真っ白に染め上げた。
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