シーン2:白紙になった世界
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20時に投稿しますので、よろしくお願いします。
監査官の少年が消えてから三日後。
その日のアーベルシュタットには、朝から異様な空気が張り詰めていた。
村の東側——帝国との国境に続く街道の先に、土煙を上げて近づいてくる一団があったからだ。
「リリア様! 帝国軍です!!」
図書館の二階の窓から望遠鏡で街道を見ていたエルドが、階段を転がり落ちるように駆け下りてきた。
「数は? 武装は?」
「騎兵が十騎ほど。でも、武装は貧弱です。それに……真ん中に馬車ではなく、一台の荷車を護衛しています。旗も掲げていません」
「軍事行動じゃないね」
私はカウンターから降りて、正面扉へ向かった。
「エルド、念のため村の男たちに鍬を持たせて待機させて。でも、こちらからは絶対に手を出さないように」
「分かりました!」
広場に出ると、すでに村人たちが不安そうに集まり始めていた。
やがて、土煙の中から帝国軍の騎兵が現れた。軍服は泥と埃にまみれ、馬も疲労困憊で泡を吹いている。侵略軍というよりは、敗残兵か難民のような痛々しい姿だった。
先頭の騎兵が馬から降り、ふらつく足取りで私の方へ歩いてきた。
肩の階級章から、若い将校であることが分かる。彼は私の姿——五歳の幼女——を見て一瞬戸惑ったが、すぐに片膝をついた。
「あなたが……この村の、知識の特異点を作ったという、リリア・アーカイブ殿か」
「そうだけど。帝国の軍人さんが、なんで国境を越えてこんな辺境の村に?」
将校は、乾ききった唇を舐め、掠れた声で言った。
「助けてほしい。王国の王都に行く時間はない。一番近くの『賢者』であるあなたを頼るしかなかった」
彼は背後の荷車を振り返った。
荷車の上の藁の山に、ボロボロの服を着た一人の少女がうずくまっていた。私と同じか、少し年上くらいの年齢だ。彼女は毛布に包まり、焦点の合わない目で虚空をじっと見つめている。
「彼女は?」
「……『消滅』した第七の村、ルージンの唯一の生存者だ」
将校の言葉に、私の脳裏で三日前の監査官の言葉がフラッシュバックした。
『村が、一晩で消える。暴走ではない。意図的な消去だ』
私は将校の横を通り抜け、荷車に近づいた。
少女の目は、恐怖で怯えているというよりは、もっと根本的な何か——自分が立っている世界そのものを疑っているような、虚無の色に染まっていた。
「ねえ、お姉ちゃん」
私は荷車の縁に両手をついて、彼女の目の高さに顔を合わせた。
五歳の子供の姿が警戒を解くのに役立つことは、この村で嫌というほど学んでいる。
「何があったの?」
少女は、ゆっくりと私の方へ首を向けた。
「……ないの」
声は、枯葉が擦れるようなかすかなものだった。
「朝、起きたら……お母さんが、いなかった。お父さんも、弟も。探そうと思って家の外に出たら……家も、なかったの」
「燃えてたの? それとも、壊されてた?」
「ううん。ただの、土だった」
少女の言葉に、エルドや周囲の村人たちがざわめいた。
「土?」
「うん。……昨日まであったはずの井戸も、村の広場も、全部ただの荒野になってた。最初から、そこには誰も住んでいなかったみたいに。足跡一つ、残ってなかった」
少女は自分の両手を強く抱きしめ、ガタガタと震え始めた。
「私、怖くなって、隣の村のおばあちゃんの家まで走ったの。でも、おばあちゃん……私のこと、知らなかった。『ルージンなんて村は、最初から存在しない』って」
「……っ」
私は息を呑んだ。
背筋を、氷の刃で撫でられたような悪寒が走る。
物理的な破壊じゃない。
記憶の改竄と、空間の書き換え。
魔導知識核という「世界を管理するデータベース」から、その村に関するデータ(レコード)が、村人の命もろとも完全にデリートされたのだ。
「なぜ彼女だけが残った?」
私は振り返り、将校を問い詰める。
将校は首を横に振った。
「分からない。ただ、彼女が発見された時、彼女はこれを握りしめていた」
将校が懐から取り出したのは、一冊の古い本だった。
装丁はボロボロで、タイトルも読めない。だが、その本から微かに漏れ出ている魔力の波長を見て、私は確信した。
「……禁書だ。王都の地下にあったのと同じ、世界の理を記した『設計図』の一部」
私はその本を受け取った。
間違いない。この本が、彼女という存在を「削除対象」から一時的に保護するプロテクトの役割を果たしたのだ。
「帝国軍がこれを……?」
「いや。三日前、黒いローブを着た男が、突然帝都に現れてこの本をばらまいたのだ。『世界が消える前に、これを持て』と」
黒いローブの男。
それはおそらく、王都から逃亡したあの『庭師』だ。
彼は世界の限界テストを続けるために、歴史のリセットを目論む「監査官」の勢力と敵対し、この本をアンチウイルスソフトのように配り歩いているのだ。
なんて最悪な盤面だろう。
プレイヤーが三人いる。
知識の連鎖で世界を最適化しようとする私。
知識の暴走で限界テストを続けたい庭師。
そして、この世界を根本から削除しようとする監査官たち設計者。
「……リリア館長。これ、どういうことですか」
エルドが青ざめた顔で私を見る。
村人たちも、今まで聞いたこともない「村が最初からなかったことになる」という怪談のような話に、怯え始めている。
「……世界が、バグを取り除こうとしてるんだよ」
私は禁書を胸に抱きしめ、小さく呟いた。
知識核の設計者たちは、この世界が知識によって「安定」することを望んでいない。彼らにとって、私が組み上げた分散制御のネットワークは、シミュレーターの意図しないバグなのだ。
だから彼らは、そのバグの発生源——つまり、進化の起点となるような村や都市を、歴史ごとデリートし始めた。
「帝国から始まってる。でも、いずれこの王国にも、そしてこのアーベルシュタットにも『削除』の手は伸びてくる」
私は顔を上げ、帝国の将校と、エルド、そして村人たちを見渡した。
「逃げる場所はない。隣の国に逃げても、世界そのものが書き換えられたらおしまいだから」
「で、では……どうすれば……!」
将校が絶望的な声を上げる。
私は、手の中の禁書を見つめた。
ただ待ってデリートされるつもりはない。理屈は通す。この世界が巨大なデータベースなら、管理者権限をハッキングして、向こうのデリートコマンドを無効化すればいいだけだ。
「エルド。マリナ」
私は振り返り、二人の名前を呼んだ。
「王都のヴァルグラムに、至急の魔法通信を送って。……『分散知識核のネットワーク構築を前倒しする。帝国との国境を越えて、通信網を繋げ』って」
「て、帝国とですか!? しかし、国家間の条約が——」
「条約なんて言ってる場合じゃない! 世界が消えるかどうかの瀬戸際だよ!」
私は声を張り上げた。
「相手は物理じゃ倒せない。私たちがやるべきことは、世界中の人間の『理解』をネットワークで繋ぎ合わせて、この世界のデータを『固定化』することだ。誰かがデリートしようとしても、何百万人が『ここに村はある』って理解して支え合えば、システムは勝手に書き換えられない!」
私の言葉に、村人たちの目に宿っていた怯えが、少しずつ別の光に変わっていく。
彼らはすでに、知識が自分たちを守る武器になることを知っている。
「帝国の軍人さん。あなたの馬車、貸して」
私は荷車に近づき、怯える少女の手をぎゅっと握った。
「帝国に行く。消された村の座標に行って、向こうのシステムに直接ハッキングを仕掛ける」
「リ、リリア様! あなたご自身が帝国に行くなんて危険すぎます!」
エルドが止めるのを、私は片手で制した。
「座して死を待つよりはマシだよ。それに——」
私は、頭上の抜けるように青い春の空を睨みつけた。
「私が苦労して作った『安定』を、勝手にリセットしようとするふざけた神様の顔を、一度引っ叩いてやりたいからね」
新しい戦争が始まる。
今度は人間同士でも、国家同士でもない。
私たち人間と、この世界の法則そのものとの、存在を賭けた情報戦が。
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